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new moon night

 真夜中。

 満天の星空。

 新月だけに星が一段と輝いています。

 天球図と星の位置を見比べて星域魔方陣を位置を調整。やがて天窓からキラキラと星の魔力が落ちててきます。わたしはこの光景を眺めているのが好きでした。銀の粉のような魔力が魔方陣の中心に少しずつ積もっていくのは見ていて楽しいのです。けれどやることは結構大変。数分単位で星の動きに合わせて魔法陣の位置を調整しなければ魔力をうまく集められないのです。それを新月の度に夜を徹してやらねばならない。春、夏、秋はともかく冬は凍えながら魔法陣を調整するのはなかなかにつらいことでした。

 それでもマギアプレートの開発や解呪のための魔導研究に魔力は必要不可欠で、欠かすことできない作業なのです。ゼルヴォス様がおられる時なら、2人で分担することもできるのですが今回はわたしが一人でやらねばならなくなりました。ゼルヴォス様は感覚共有コモンセンスによる反乱陣営の動向調査でお忙しいので、それも仕方がないことですた。

 魔法陣を次の位置へ調整して、立ち上がります。これで次の調整まで1時間ほど余裕ができました。

 この時間を使ってゼルヴォス様のお夜食を作りましょう。

 急いで下の階へ降り、本館から送られてきた夜食の籠を開けます。

 中にはスープの入った瓶とパンが入っていました。

 しかし、スープは汁だけで中身はなく、パンもパサパサの古いもの。その内容に眉を顰めたくなりました。

 あれほど、良いものを用意してくださいとヘンドリックにお願いしたのに一向に改善が見られませんね。

 わたしはどうでも良いのです。粗食でもかまいません。けれどこれはゼルヴォス様、屋敷の主人が食べるものなのです。それをなおざりにするとはどういう了見でしょうか?

 本当に理解に苦しみます。

 とはいえ、この夜食を食べるのが屋敷の主人だと知っている者は、ゼルヴォス様とわたし以外ではヘンドリックとアリシアの四人だけで、夜食をつくるコックたちはまさか、館の主人が口にするとは思ってもいないのでしょう。だから侮って、いつまでたっても改めようとしないのでしょうね。

 離れに誰がいるのかを教えてやれば変わるのでしょうが、それは秘密なのです。

 屋敷の主人が呪われているなどということが世に知られては良いことがない。

 それは歴代のマルドゥール家の教訓でした。

 呪いが始まった時に一時期領民が領主に不満を持ち反乱騒動が起きたのです。以来、マルドゥール伯爵家に呪いがかけられているということは秘密とされるようになったと聞いています。

 知っているのは連邦でも上層、大伯爵クラスの貴族ぐらいでしょうか。

 領民に至ってはかってそんな当主もいました程度で半ば昔話化していました。

 故に北の離れにいるものは魔法関連の仕事をする使用人、というのが屋敷の建前になっているのです。

 顔を見たこともない、文句も言ってこない相手に対して適当な仕事をしたくなるコックたちの気持ちもわからなくはありませんでした。決して褒められたことではないですが……


 夜食の用意はこちらですることにしましょうか

 

 最近の手の抜き方にはさすがに腹に据えかねます。籠の中身をつらつら眺めながらそうすることを考える今日この頃です。

 とはいえ今夜はこのお夜食で我慢してもらうしかありません。

 せめてスープだけでも温めると、ゼルヴォス様の部屋へ向かいました。


 部屋に入ると、ゼルヴォス様は椅子に深々と体を預けていました。

 リラックスしているわけではも寝ているわけでもありません。

 自分が使役している生きる屍(アンデッド)と感覚を共有させる術式を使われているのです。

 アンデットといっても何も人間とはかぎりません、ネズミでも昆虫でも死んでさえいればなんとでもどれだけはなれていても感覚を共有できる。それがコモンセンスのすごいところです。。

 それお使いになられて、ゼルヴォス様は反乱に関わっていると疑われている領主のところでアンデッド、たいてい死んだネズミを送り込んで内情を探らせているところでした。

 この術式は連邦広しと言えど使えこなせるのはそうはいません。その数えるぐらいしかいない術者の1人がゼルヴォス様なのです!


「ゼルヴォス様、ゼルヴォス様。お夜食をお持ちしました」


 控えめに声をかけてみたけれども、ゼルヴォス様は身動ぎひとつしません。

 コモンセンス中は術者本来の感覚は阻害され気味になるので、わたしの声が聞こえないのかもしれません。

 せっかくのスープが冷めてしまうので、もう一度声をかけてみましたが、やはり反応はありませんでした。。心残りですが時間切れです。夜食は手近のテーブルに置いて外にでることにしました。

 魔方陣の前まで戻り、魔力の溜まり具合を確認して、次の位置へ魔法陣を調整します。

 一連の作業を淡々とこなし終え。ふと天窓を見上げました。

 空には満天な星が瞬いています。

 それはとても美しいのでした。そして、これはこれでとても良いものだと思うのでした。でも、なにか物足りない気もしました。一体それはなんなのだろうと少し考えました。そして、思い至ります。

 

「ああ、そうね。月がないのね」


 合点がいきました。

 そうです。今夜は月がないのです。

 どんなに賑やかな星が瞬いていても月と言う唯一無二の光がない夜の空。それは今のわたしのどこか空虚な心と同じに思えました。


 そっと目を閉じ、空から魔法陣に振り落ちる魔力に耳を澄ませます。勿論、いかにイルシャーリアンのわたしでもそんな音は聞こえません。ただ、心の中で想像するだけです。今はこのもの悲しい(とき)が早く過ぎ去るのを静かに待つしかできないのです。


「ねぇ、ゼルヴォス様。わたし、寂しいのですよ」


 思わず漏れた言霊と微かな吐息が新月の夜の空へと消えていきました。

 

 


204/01/20 初稿

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