useless girl
「つまり、辺境の領主たちと蛮獣人族が結託して反乱を起こそうとしている、と?」
「うん。まあ、今はその兆しがある、程度なんだがね」
「それで儂に調査しろと言うのか」
「そうそう。得意の死霊術で内情を探ってほしいんだよ」
「断る」
即答でした。答えを聞いたカディス様はポカンと口を開けたまま一瞬固まってしまいます。けれど、すぐに立ち直りました。この打たれ強さがこの方の持ち味です。
「いや、なんで?」
「大方、感覚接続での密偵を期待しているのだろうが、あれは面倒臭いし、疲れるし、後で気分も悪くなくから嫌だ」
「そんな個人的な理由かよ!
こっちは連邦の存亡に関わるかもしれない重大事項なんだぞ」
「関係ないな」
「関係ないだと? 君は連邦の中枢を担う伯爵家の当主なんだぜ。それが関係ないって言葉で済むと思うのかい?」
「……思う」
「思うなよ……」
お二人はそのまま睨みあい黙ってしまわれた。
これは時間がかかりそうなのでこの間にお茶でも淹れましょうか。
そっと部屋を出ると隣の部屋へ。
離れでは本格的な調理は出来ないけれどお茶を淹れるぐらいはできるのです。
ケトルに水を入れ湯沸し器に置くます。
その湯沸し器には焔のマギアプレートが組み込まれています。普通は湯沸し器に魔力の込められた蓄魔池をセットしてお湯を暖めるのだけれど、精霊人族であるわたしにはバッテリーは必要ありません。
意識を集中させると左手が徐々に熱を帯びてきます。周囲の魔力が手に集まりだした証拠なのです。その左手を湯沸し器に添えてしばらくすると湯沸し器から湯気が立ち始めます。
左手で魔力を集め、右手で魔法陣を編み上げ行使する、それがイルシャーリアンの特質でした。だから本来のイルシャーリアンには湯沸し器すら必要ないのです。ポットの底に焔の魔方陣を描き魔力をこめればそれで用は足ります。けれど、わたしには魔方陣を編み上げるべき右手が無いです。
今付いているのは誰のものかも分からない他人の手。少なくともイルシャーリアンの物ではないのは確か。もしもイルシャーリアンの物であれば、手の甲に何らかの紋様、例えば薔薇だとか竜とか山、雲……とにかくなにかを連想させる形をした痣があるはずです。その紋様は魔方陣を編み上げる為の道具であり、イルシャーリアンの血統を示す証しでもあった。
そんな、イルシャーリアンがイルシャーリアンである象徴とも言うべき大切な右手をわたしは永遠に喪っていました。言わば、出自不明のuselessな存在。それがわたし。
茶葉を用意して湯を注ぎます。
芳しい香りを思いきり吸い込みます。
「完璧ッ!」
だがしかし、たとえポンコツであっても茶を点てることは出来るのです。
誇らしい気持ちに然と頬が緩みます。
これならば必ずやゼルヴォス様も満足していただけるでしょう。
お茶に付け合わせのお菓子も小脇に抱え、意気揚々と部屋に戻りました。
「……それから儂の領から実働部隊を提供するのは同意するがその運用資金については全額連邦負担だ」
「ああ、良いよ。ちなみにマルドゥーク領の軍事支援には君も入っているのをお忘れなく」
どうやら受けることで話はついたようです。
「今の内容を契約書にして送ってくれ。元老委員会の署名入りのだぞ。
それから調べるべき相手の名前と所在地をリストにしてくれ。内偵をいれる」
「ああ、分かった。ではまた後ほど」
通話はそれで終了したのでお茶をお出しする。
ゼルヴォス様はさも当然という風にお茶を取り一口飲みます。
「面倒事に巻き込まれた」
ゼルヴォス様は吐き出すように呟かれました。
おや、面倒事と言いながらだいぶご機嫌なご様子です。
「とは言え、中央魔法学院の書庫の蔵書の写しを取る許可を取りつけれた。無制限にだ!
これは願ってもない事だ。儂の呪いを解く為の参考になると思う。
さて、こうしてはおられん。すぐに準備をせねばならん。
カディス(あいつ)も抜け目のない奴だから成功報酬と言いよった。
だからせいぜい成果見せてやらねばならん。
すまぬが深夜の魔力収集の準備はお主にやってもらうことにしたいが、良いかな?」
勿論ですとも!
わたしのような出来損ないがゼルヴォス様のお役に立てるならばどのような事でもやります!
と、心の中で思いました。もしもわたしに尻尾があったならきっと空を飛べるほどブンブンと激しく振っているでしょう。でも、そんな思いはおくびにもださず、一言、「はい」と答える。できるだけクールに。……だって知られたら恥ずかしいじゃないですか。
「うむ。では頼むぞ」
幸いゼルヴォス様はわたしの思いに気づくこともなく部屋を出ていかれた。
1人残ったわたしは所在なさげに片付けを始める。すっかり飲み干されたカップを見て、ふと思いに耽ります。
わたしの淹れた完璧なお茶を美味しかったですか、ゼルヴォス様?
2024/01/13 初稿




