It´s so my life
「クラリス! クラリス!」
ゼルヴォス様の声が聞こえる。わたしはそそくさと立ち上がる。おっと、仮面を付けねば。
机の上の面を手に取る。付ける前に一瞬だけ鏡を見る。顔の右側、額から頬にかけてひどい火傷の跡が残る。右目は白く濁り視力は殆どないのです。醜い醜いわたしの顔。
わたしはこの顔が嫌い。
瓦礫の下から瀕死の状態で救出された時に負った傷。意識を取り戻し、この顔を見た時、死にたいと思ったものです。それを思い止めたのは……
「クラリース!!」
ゼルヴォス様の声が1段大きくなる。物思いに耽っている場合ではなさそうです。
仮面を手に急いで部屋を出ました。
隣室へ入ると、ゼルヴォス様が部屋をうろうろと歩き回っている姿が目に入りました。猫背な背中をさらに屈めてなにかを探しているようです。
「ああ、クラリス、あれを落としてしまったのだが、どこにも見当たらないのだよ」と、私が入ってきたことに気づいたゼルヴォス様がおっしゃりました。
なにか床に落としてしまって、それを探しているのは分かったけれど、はて、『あれ』とは何でしょうと少し困りました。困りながらもテーブルへ目を向けてみると、そこには星辰図と魔導生成に関する文献が数冊置かれています。それでなにをしようとしていたかの察しはつきました。
と、なるとお探し物の『あれ』は『あれ』のことで、『あれ』の形状なら落ちた拍子にコロコロと……
頭の中で軌跡を描くと視線は右隅の本棚で止まりました。本棚の下を覗いてみると果たして丸い物が見えます。手を差し入れて『星詠みの水晶球』を拾います。
「お探しのものはこれですか?」
「うむ、それだ。さすがクラリスだな」
ゼルヴォス様は水晶を受け取るといそいそと席に戻っていきます。見た目は70歳の老人。しかし、実際は24歳の若さです。これもみな、マルドゥール家にかけられ呪いのせいでした。
ゼルヴォス様の曽祖父にあたる二代目当主ゼビオ様が、とある事情で魔法に長けるイルシャーリアンの王族の怒りを買い呪いをかけられたのが発端だと教えられています。
以来マルドゥールの当主はみな呪いに苦しめられることになります。ゼビオ様は全身に鱗が生えた醜い姿になったそうです。そして、三代目、つまりゼルヴォス様から見ると祖父に当たる方は今のゼルヴォス様のような姿で生まれてきたと聞かされています。
また、ゼルヴォス様のお父上のゼビウス様は月の満ち欠けに従い知性と容姿が変貌する呪いを受けていたらしいです。その結果狂気に駆られて妻を殺してしまいそれを苦に自ら命を絶つという悲劇に見舞われています。
そして、当のゼルヴォス様は星や月の位置の影響を受け二つの姿を行き来する呪いを受けていました。
一つは今の70歳の小さな老人。しかし、魔法の知識、特に死霊術に長けたゼルヴォス様。
もう一つは、筋肉隆々の顔もいかつい大男。知性も筋肉でできているかのように何でも力任せに解決しようとする狂戦士。この姿の時はゼファード様と呼ばれています。
どちらも癖があるが、言葉が通じる分ゼルヴォス様の姿の方がありがたいと思うのです。ゼファード様になるとどうにも御しがたいところがありました。身の回りの世話をするにしても、手綱をつけたは良いが猛牛に引きずられる牛飼いのような気分にさせられることが多くて滑稽と言うか悲しいと言うか……。
わたし個人としては無愛想であってもコミュニケーションが取れるゼルヴォス様の時の方が断然気が楽でした。
ゼルヴォス様がこちらを向いてなにが言いたそうな顔をしております。話を聞きに歩み寄ろうとした時です。鈴の音と共に壁にかれられた鏡の表面が揺れると一人の男の顔が現れました。
カディス様です。
マルドゥール家と同格の大伯爵様で、ゼルヴォス様の数少ない御友人の一人。
「ゼルヴォス、それかゼファード。居るかぁ」
なんともふざけた挨拶です。が、別にゼルヴォス様を軽んじている訳ではなく、なにかと微妙なゼルヴォス様の立場を考えて、あえて滑稽な風を装っておられカディス様独特の配慮なのです。なので、軽薄な挨拶も許しましょう。
「これは、カディス様。
本日はゼルヴォス様ですが、なにか御用でしょうか?」
「おお、今日はゼルヴォスなのか。それは好都合。実は折り入って相談事があるのだ。ちょっと取り次いでもらえないだろうか」
2024/01/06 初稿
2024/01/13 文体変更




