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恋するフォーチュンミルフィーユ

「うきゃ」


 可愛らしい悲鳴を上げエレノアが落下していく。


 くそ! 間にあえ!


 高機動術式スラスターを全開にして落下するエレノアになんとか追いつく。抱き締めると今度は逆制動をかける。


 駄目だ。止まらん


 落下を完全に止めることは不可能だった。エレノアをお姫様だっこした状態で着地の体勢をとる。


 ガシュ!


 衝撃と共に土煙がもうもうと立ち上る。地面にくるぶしのところまで埋まってしまった。それでもさすが魔導甲冑と云うべきか、体へのダメージは皆無だった。安堵の息を吐くとエレノアが無事かを確認する。外傷の大破見当たらずこちらも大丈夫のようだった。一先ず安堵すると、かのじょがふっと開いた。そうして紫水晶アメジストのような瞳がこちらを不思議そうに見つめた。

 

「大丈夫ですか」

「ふぇ……あの、あの、いったいこれはどういうことです?」


 間の抜けた問いに少し呆れる。

 

「どういうこと、とはこちらのセリフですよ。

部屋に行ったら、どこにもいなくて、窓の外から悲鳴が聞こえたので覗いてみたら、あなたが柱にしがみついていた、いや、ずり落ちる最中だったというべきですかね。

それで急いで助けたわけです」

「助けたって、落ちるわたしを……?」

「そうです。窓から飛び出て、空中でキャッチして、そのまま地面に着地しました。

魔法の甲冑を着ていなければ二人とも大変事になっていたところです」

「はぁ、それは、それはお手数おかけしました。恐縮します」

「本当に、あなたは、いつもいつも私の思いもよらぬことする人ですねぇ」

「あはは、すみません」

「一体全体、なにをやったら窓の外からおちるなんてことになるんですか?」

「え、えっと、それは、その……」


 エレノアは口ごもる。実に言いにくそうで少し待ったがもじもじするだけで一向に言葉が出てこなかった。


 まあ、それはいい。今はこちらの話が先だ。先ほどの話の続きだ。


「もう聞いているとは思うのですが、私の口から言わねばならないことがあるのです」


 私の言葉にエレノアの表情が強張った。慌てて私から身を剥がすと、ごめんなさい、と謝るのだった。


「ごめんなさい。あなたのお嫁さんになるつもりできましたけど、今は困るんです。あなたと結婚することはできません」


 頭をハンマーで殴られたようなショック。よく見かける陳腐な表現だったが、人は本当にそんなショックを言葉だけで受けれるのを思い知らされた。

 ぐらぐらと世界が回り、耳の奥でぐわんぐわんと鐘のが鳴っている用だった。そのまま崩れ落ちそうになるのを耐えることができたのは魔導甲冑の鎮静化術式が自動発動したおかげだろう。


「なぜですか?」


 結果を前にそんな理由を聞くことになんの意味があるのか、と思わなくもなかったが聞かずにはいられなかった。


「わたし、好きな人ができたのです」

「好きな人……ですか?」


 断られたのはショックだったが好きな人がいると言うのはもっとショックだった。

 昔から想い人が居たと言うのか? 

 それともこの屋敷に来てからできたのか? 

 いや、できたと言うからにはこの屋敷に来てからのことなのなのだろう。だとしたら誰だ?

 ヘンドリックか?! いや、さすがにそれはないか。だとしたらピート……、コックとして呼んだのはその為なのか。いや、落ち着け。屋敷の使用人とは限らない。もしかした、病院の若い医者か?! 

 か、可能性は高い。う~ん、そうなのか。

 妄想がぐるぐると頭の中を駆け巡る。いくら考えてもまとまらない。


「その人の名前を教えてもらっていいですか」


 エレノアは少し動揺した素振りを見せたがすぐに凛とした顔つきになった。彼女の中でなにかが決まったように思えた。


「家令のゼノさんです。この屋敷で一緒にいるうちにあの人のことが好きになってしまったのです」


 ゼノ? 誰だ!? と一瞬思った。


「ゼノが好きだと?」


 ゆっくりと言葉を繰り返す。繰り返しながらゼノとは自分の事だよなとようやく思い至った。


 私の事で良いのだよな……


 ぱくばくと心臓が過剰反応をし始める。


「はい」


 迷いのない返事だった。


「そのことは彼に伝えたのですか?」


 いや、伝えていないことは自分が一番知っているだろうとすかさず自分に突っ込みを入れた。


「……まだです」

「なら、ゼノがあなたを拒否するってこともありますよね。

断られたどうするつもりですか?」


 そんなことにはならない事も分かっているのになぜかそんな意地悪な質問をしてしまった。

 それはこっちだけが振り回されるのが癪に触ったからなのだりうか? なんとも子供じみた考えだ。しかし、エレノアはその質問に真摯に答えた。


「それは困ります」

「今、目の前の確実な果実ではなく、とれるかどうかわからない果実に手を伸ばそうとしている、と思いませんか?」


 また馬鹿な事を口走る自分。

 自覚はあるが止められない。

 今の指摘は半分自分も同じような事をしている気がする。それ故にだろうか、それに対するエレノアの答えを聞いてみたくなった。自分では答えを出せない問いに彼女はどんな解答を用意しているのか興味があった。


「そうですね。その通りです。でも、まず自分の気持ちに正直でありたいのです。

それで何もかも失ったとしても、仕方ないです」


 雷に打たれような衝撃が走る。

 前にもこんな感覚に襲われた事があった。


 そうだ、世界中の溺れている人を助けられないからと言って目の前で溺れている人を助けない理由にはならない。そう言われた時だ。


「馬鹿なことやったなぁって、反省して、それから……ちょっと泣いちゃうかもしれませんね」


 エレノアは「えへへ」、と笑った。

 

 ああ、そうなのだ。自分は、意に沿わない事があっても飲み込んで笑顔で乗り越えて行こうとするそんな彼女の傍に居たいのだ。

 霧が晴れるように心の視界が拡がっていく気がした。もう私にも迷いはない。

 

「うん、あなたにはその笑顔が似合います。だれも泣き顔なんてみたいとは思わないでしょう。

わたしも、そして、ゼノもね」


 兜を脱ぎ、素顔を晒す。


「ゼノ! え。なんで、あなたなの?!」

「なんでというと、私が伯爵だからです。

事情があって今まで秘密にしていたのです」

「事情と言うのはなんなの?」


 それは、と言おうとして思考が止まる。


 あれ、なんだったろう……


 確かとんでもなく重い事情があったはずなのに思い出せない。


「一口で説明するのは難しい、とだけ今は言っておきます」


 後でゆっくり思い出すとして、この件は今はそれだけに留めておこう。


「それより、先に片付けたいことがあるのです。

もう一度、聞かせてください。

エレノア、私と結婚してもらえないだろうか」


 エレノアは硬直したまま、なにも言わない。

 Yes か No。のどちらの返事が出るのか固唾を飲んで待つ。と(アメジスト)の瞳に涙が溢れ頬を伝って一筋流れた。

 焦った。

 笑って欲しいのに泣かせてしまうとは!


「済まない。泣くほどに嫌だった?」


 慌てて弁明をする。そんなつもりはない。いつでも撤回する。忘れてくれと言いかけるがエレノアの声がそれを遮る。


「ちがう。

違うの。逆よ。泣いちゃうほど、嬉しいの」


 それは……それはYesと言う意味だろうか


「じゃあ、聞かせて欲しい。

エレノア、私と結婚してくれるかい?」


「はい。喜んで」


 満面の笑顔で、彼女はそう答えた。






「汝、エレノア・ヴェルデンティーノはゼノ・マルドゥールを生涯の伴侶として共に歩むことを、富めるときも、貧しきときも、健やかなるときも、病めるときも……」

 

 神父の声が式場に厳かに響く。

 隣にはエレノアが居る。彼女とは二度目の結婚式だが、実は一度目の結婚式がどうであったのか今一つ記憶が曖昧になっていた。不思議な事に、エレノアや式に参加したヘンドリックやアメリヤ、エレノア自身そうだった。


『まっ、新鮮な気持ちでやれるからそれはそれで良かったじゃない』とはエレノアの弁だ。まあ、確かにそうなのかも知れない。


「戦乱の嵐吹き荒れ万馬の兵に囲まれたとしても変わらず愛を違うか?」

「誓います」


 エレノアが揺るぎなく答えた。


「汝、ゼノ。変わらぬ愛を違うか?」

「誓います」


 神父は満足そうに頷く。


「誓いの接吻キスを」


 これはエレノアの故郷の風習らしい。夫婦になる二人は最後に口づけをして締めるらしい。なんとも奇妙な習わしだが、彼女曰く、その方が双方とも顔を見れて良いじゃないの、との事だった。

 豊かな金色の髪。ふくよかで薔薇色の頬に宝石のように美しく輝く瞳。

 確かにこれは良い提案アイディアだ。 

 

「どうしました?」

「いえ、貴女に見とれていました。幸せにします」

「あら、わたしこそ幸せにしますわ」


 エレノアはクスクス笑いながら言った。


「人の幸せと言うものは一人がどんなに頑張っても駄目だと思うのです。ほら、この服にしても、テーブルに並ぶ食べ物だってわたしたちの知らない人の力があってからここに存在するのでしょう。

それと同じであそこで祝福してくれているエッダやエレオノーラ、ヘンドリックさんやアメリアさん。みんなの幸せがわたしたちをより幸せにしてくると思いませんか?

例えるなら、異なる味の層が幾重にも重なってさらに美味しくなるミルフィーユケーキのようなもの、かしら。

だからわたしを幸せにしてください。わたしも貴方を幸せにします」


 エレノアが抱きついてきた。それに応えるように私も彼女をぎゅっと抱きしめる。


「恋する運命の(フォーチュン)ミルフィーユ、か」

「甘かったり、少しほろ苦かったり」

「成る程、それは美味しそうだ」


 そっとキスをする。彼女の熟れた林檎のような唇は蕩ける程に甘かった。


「でも、ご用心。食べ過ぎは体に毒ですから」と彼女は悪戯っ子のように言った。


2023/10/14 初稿

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