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ためらいと決断 

「ああ、アリシア、お早う」

「お早うございます、ゼノ様。もうお目覚めですか?」

「なんとなく目が覚めたのでね。良い天気になったね」

「左様で。もやが出ておりましたが晴れたようです」

 

 アリシアは運んできた朝食の用意をしながら如才なく答える。この道何年、いや何十年の歴史を感じさせる洗練された淀みのない所作だった。だが、しかし、なにか違和感があった。


 いつもこんな感じだったろうか……


 パンを齧りながら何度かアリシアを盗み見しながら思った。アリシアがどうと言うのではなく、もっと根本的になにかが違っているように思えるのだがそれが何かが分からなかった。




 昼も離れの自室で取った後、カディスと連絡をとった。


「もう残党も全て掃討できた。これでこの騒動も完全に解決だ」


 通話鏡に写るカディスはにこやかに笑いながら言った。


「君にも色々と苦労をかけたがそれもこれで終わりだ。今回の件は君が居なかったら全く違った結果になっていたかもしれない。本当に感謝するよ。

特に最後の呪いの解決は元老委員会のお歴々も非常に評価している。報奨とか期待してくれていいぞ」

「どうせ勲章の1つか2つで誤魔化すつもりだろう」

「いやいや、今回はそんな事にはならんって」

「どうかな。まあ、期待しないで待つことにするよ。下手に期待すると残念な思いをしてしまうからな」

「手厳しいなぁ。ま、それはそれでいいさ。

でもさ、残念と言えば残念な事だよな」


 カディスの笑い顔がにまにました気色の悪いものに変わった。


「なんだ。その含みのある言い方。なにが残念だって言うんだ?」

「君の若奥様の事さ。彼女、美人だったろ。

その彼女ともこれでお別れじゃないか。これを残念と言わずなんと言うんだ」


 痛いところを突かれて、言葉が出なかった。そのリアクションがいけなかったのだろう。カディスは全てを察したように目を丸くした。


「えっ! もしかして本当に残念に思っているのか?! 参ったな、ミイラ取りがミイラ……いや、瓢箪から駒か」

「ば、馬鹿な事を言うな。そんな筈があるわけないだろう」

「いやいや、お前さんもそろそろ身を固めるべきだろう。何で今までそうしなかったのか……ふむ、なにか理由があった気がするが……思い出せん。

まあ、思い出せんと言うことは大した事ではなかろう。どうせ独り身で自由気ままな生活を謳歌したいとか、そんな下らん理由だろさ」


 慌てて否定したが、もう遅かった。エレノアのの別れを残念がっていると言うのが、カディスの中では決定事項になってしまったようだ。半ば間違っていない分、否定もしにくかった。


「しかし、彼女と約束したんだ。事が終われば無事に帰すと」

「無事もなにもお前さん、どうせ手なんか出していないんだろ」

「当たり前だ!

手を出すどころか素顔をすら晒してない」

「どう言うことだ?」

「結婚式は黒甲冑で出た。素顔で合う時は家令スチュワートと名乗っているから、彼女は私がマルドゥール伯爵その人とは知らないでいる」

「……呆れたね。なんでそんな面倒臭い事をしたんだ」

「全てが終わった後に彼女に変な噂がたたないようにできるだけ接触を避けたんだ」

「避けたって、完全に籠絡されていて良く言う」

「籠絡されてはいない!

それに彼女の方が何かと絡んできたんだ」

「ほう。じゃあ、脈ありじゃないか」

「だから、脈ありとかそう言う話ではない」

「いや、どう聞いてもそう言う話だろ。

丁度良い機会じゃないか、事が終わったんだから改めて申し込んでみろよ。

それで断られたら諦めろ。あははは」

「笑うな! そんな事ができるか!」

「なんで?」


 なんで? と聞かれて答えに窮した。


「今さら好きになったって言うのがみっともないからか?

人を好きになるのはみっともなくも恥ずべき事でもないと思うぞ」

「しかし……こちらが一方的に好きだとか言っても相手は迷惑なだけだろう」


 そうだ、そもそもエレノアが自分の事をどう思っているの分かったものではない。どちらかと言えば嫌われている自信があるほどだ。


「なに言ってんだ。好かれるから好きになるんじゃないだろ。好きになったから好きになってほしい。順番が逆だ。まずお前さんから透きだと伝えなければ始まる話も始まらないだろうが」


 カディスの言葉にぐっと、言葉を飲み込む。なんだろうか今日のカディスはキレが違う。そう言えばこいつ、色々な貴婦人に当たっては砕けていたな……


「だが、しかし……」


 それでも、なんとか反論をしようと頭を巡らせる。そして、思いついた。


「しかし、彼女はイルシャーリアンなんだ!」


 少し後ろめたさを感じつつ私はエレノアの秘密をカディスに打ち明けてしまった。さすがのカディスも、イルシャーリアン! と呟いたきり黙り込む……と、思ったのだが、すぐに「だから?」と言ってきた。


「だからなんだってんだ。確かにイルシャーリアンと戦争してた事もあったが、今はそんな時代じゃ無いだろう。一体何時の時代の人間だよ。

ま、確かにいまだに個人的に怨みあってる連中もいるけどな。

でもそりゃ、個人の問題だ。

それにだ。そんな事を理由に上げてくること自体がお前さんが結婚したいと考えている証拠じゃないのか?

そんな理由にもならない理由を考えている暇があったらちゃんと彼女と話をしろよ。

なに、それで撃沈したならしたで、この僕が良いところを10人でも20人でも見繕ってやるって。

君は自分が思っているより凄い優良物件なんだぜ」


 数少ない友人の言うことには耳を傾けるものだ、とカディスは最後にうそぶきながら通話を切った。

 ただの鏡になった通話器をぼんやりと見つめながら思う。


『好かれるから好きになるのではない』

『まずは彼女と話をしろ』


 全て正論である。しかし……、慌てて首を横に振り、思考を止める。また、理由にならない理由を考えようとしていた。カディスが指摘したように、無理やり駄目な理由を考えようとすること自体がそれがやりたいと思っている証拠だ。

 ならば……


「ならば、やるべきことをやるだけだ」


 


 

2023/09/30 初稿

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