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本当の願いは 

「なんだ、クラリスか」


 入ってきたのはクラリスだった。

 一人呟きながら、そもそも、今自分がこの離れに戻っているのを知る者はクラリスの他、ヘンドリックとアメリアだけなのを思いだした。だから、エレノアが見舞いに来るなどありえない。


 一体、自分はなにを期待しているのだ


 冷静に考えると苦笑せざるを得なかった。


「奥様だと思いましたか?」


 その心を見透かす様にクラリスは言った。


「えっ?! なんでそんな事を思うのだ。

そ、それより、何の用だい?」


 予想外の指摘に内心どきりとしながら矛先を変えようと話題を変える。


「少しお話しをしたくなりましたので」


 と、言ったきりクラリスは黙りこんでしまった。そのまま、一向に本題に入ろうとしなかった。


「うん? だから、なんの話しだい?」

 

 少し待ったが、ついに焦れて先を促す。


「……特になにも……」

「なんだって?」


 なんとも要領を得ない答えだった。普段のクラリスではあまりない反応だった。

 一体なんだと言うのだろう。


「言っている意味が良く分からないな」


「わたしが取り留めもない話をしてはいけませんか?」

「い、いや、そんな事はないが」

「わたしはゼノ様と……」


 そこまで言って、またクラリスはうつ向いて黙りこんでしまった。少しうんざりしたが、今度は辛抱強く待つことにする。

 1分程、いや、もっと短い2、30秒そこらだったかもしれない。

 彼女は顔を上げると言った。


「ゼノ様はエレノアの事をどう思われているのですか?」


 あまりに直接的な質問にこれまた面食らった。彼女がする質問としてはあまりに唐突すぎる。


「エレノアの事をどう思う……と突然問われてもだね……

そ、そうだな。彼女は良い人だと思うよ。

純粋で誰にでも優しい。ちょっと頑固で思い込みが激しいところもあるけれど、それが概ね良い方向へ周りも含めて向かわせてくれる傾向がある……」

「わたしが聞いているのはそんな当たり障りのない人物評ではありません。

ゼノ様はエ、エレ……あの人の事が好きなのではないですか? と聞いています」

 

 絶句した。

 こんなのが来るとは思いもしなかった。


「なにを……」


 なにを言っているのだ、と一蹴しようとして口ごもる。

 改めて、面と向かって問われた時、自分は本当にどう思っているのだろう、かと考えた。

 ゆっくりと自分自身に問いかけてみた。

 『お前自身は、エレノアの事をどう思っているのだ?』、と。


 

 好きだ


 そう。好きだと言えた。

 そして、それがさっきまでずっと悶々としていた気分の答えだった。クラリスの質問で図らずもその答えに辿りついた。


 そんな事は気づいていただろうに


 頭の後ろの方から誰かが呟いた気がした。


「結婚は考えないのですか?

いえ、本当の、本物の結婚の事です」


 が、私の頭の誰かよりもクラリスは更に1歩も2歩も踏み込んできた。


「結婚!?」


 上擦った声が出た。


 そんな突拍子もないことを! と、即座に否定しようとして、その言葉を飲み込んだ。


 突拍子もないことなのか?


 いや、そうではあるまい。好きだ、となれば次に思い描く未来図としては至って普通だ。だが……


「いや、しかし……、それはできない」


 そう、できない


 葛藤の末、絞り出されたそれが答え、結論だった。


御身おんみの呪いのせいですか?」


 クラリスが静かに問う。


「そうだ。今の私では彼女の負担にしかならない。そもそも、受け入れられまい」

「……。

呪いがなければどうなのでしょうか?

結婚をお考えになりますか」


 最初の言葉は小さくて良く聞き取れなかったが、途中からの言葉には少しカチンときた。

 『呪いがなければ』とか『呪いが解ければ』等という仮定を軽々しく使われるのは遺憾以外の何物でもない。呪いを解く事にマルドゥールの当主たちがどれ程の労力を注ぎ込んできたと思うのだ。そして、なにより共に呪いを解く為に奔走しているクラリスがそんな仮定を口走ったことに少し裏切られた気がした。


「そんな仮定の話をしても仕方あるまい。

呪いを解くことはできないのだから」

「そうではなく……」

「そうではないなら一体なんだというのだ!」

 

 大声にクラリスは少し体を震わせた。

 苛立ちで自分を抑えるのが難しくなってきていた。このままだと取り返しのつかないことを口走りそうで怖くなった。


「……すまない。こんな話はもう止めよう。

少し一人にしてもらえないか。少々疲れた」


 ベッドに横になる。身動ぎもせずただ黙って天井を見つめた。しばらくするとドアが開き、静かに閉まる音がした。そして今度は本当に孤独な静寂が訪れた。



 その夜、夢を見た。

 枕元に誰かの気配を感じて目を開けた。

 女のようだった。顔に白いマスクをしている女だ。


「ああ……君か」


 名を呼ぼうとして口ごもる。どうしても名前が思いだせない。良く知っているはずなのに、と不思議だと思っていると、女の姿がグニャリと揺れると違った姿になった。濃い蜂蜜の様な金髪。


「ああ、エレノアだったのか」


 なんとも言えない安心感と充足感に包まれながら、私はまた深い夢の中へ落ちていった。






 朝、目を覚ました。

 ここ最近ない体の軽さに寝ているのが勿体なく、ベッドを降りた。カーテンを引き窓を開けると冷たい空気が頬を撫でる。

 もやが出ていた為、朝日を見ることができなかったがしばらく眺めていると、もやも晴れ、太陽が顔をだした。そう言えばずっと太陽など見上げた事がないのに思い当たった。

 

 自分のような者には太陽は眩しすぎる……


 そう思って、ふと違和感に襲われた。

 なぜ相応しくないのか、思い出せない。


 自分のような、とほ、一体『なに』のような者の事をいっているのだろう? 勝手に頭の中に湧いて出たフレーズなのに、『』の中に入る言葉が思い出せない。ずっと自分の人生に重くのし掛かっていた『なにか』があった筈だと思いつつ、思い出せない。きれいさっぱり抜け落ちてしまっていた。


 ノックの音がした。 


 振り向くとドアが開き、女性が入ってくきた。黒を基調にした服。白髪が混じる髪はきちんと結われて一分の隙もない。長年、屋敷の家政婦ハウスキーパーとして勤めてきた貫禄が滲み出ている。


「ああ、アリシア、お早う」



2023/09/23 初稿

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