終局
次に意識を取り戻したのはベットの上だった。
見覚えのある場所。そこは私の部屋だった。本館ではない離れにある別室。ここしばらく本館の部屋ばかり使っていたので少し懐かしい。
すると屋敷に戻ってきたのか……
意識を失う直前の記憶が少しずつ甦ってきた。
呪いの塊が破裂する前に自分の身で引き受けたのだが……こうしているのを見ると助かったのか
ふと腕を見ると張りのある若々しい肌をしていた。顔に手をやるとすべすべした感触であった。ゼルヴォスのそれではない。
また、ゼノに戻っている
意外であった。星の巡りでは後2週間ほどはゼルヴォスのままのはずなのだが、また呪いの働きがおかしくなっているようだ。
ドアの開く音がした。
見るとクラリスが部屋に入ってくるところだった。私が起きているのを気づいたのかドアのところで固まったように見えた。が、それも一瞬の事だった。
「お気づきになられましたか。
ご気分の方はいかがでしょうか」
普段の、何事もないかのような落ち着いた声だった。
「悪くはない。特にあれだけの呪いを受けた後の目覚めとしてはむしろ上々と言うべきかもしれない。
ところで、ここは私の部屋だよね」
「はい」
「魔法局で解呪してから運ばれたのかい?」
「いいえ。転移は失敗しました」
そうか、と思った。
確か転移門をくぐった瞬間に意識を失ったのだ。失敗して当然だろう、と思う。
「やはり失敗したのか。それでどこへ転移したんだ?」
「屋敷です」
「屋敷? 屋敷とはこの屋敷のことかい?」
「はい」
「よく戻れたものだ。できすぎだ」
「……そうですね」
クラリスは奇妙な間を空けて答えた。少し違和感を感じたが話を続ける事にする。
「それにしてもよくも一人であの数の呪いを解いてくれたものだ」
すると、また奇妙な沈黙を入れてからクラリスは口を開いた。
「……いえ、一人ではありません。エレノア様が力を貸してくれました」
「エレノアが?!
バカな。彼女にそんな事ができるとは思えないが」
「あの方はイルシャーリアンです」
「なんだって!」
確かに魔法が見える、みたいなことを言ってはいたが、まさか本当だったとは……
今の今まで口からでまかせだと思っていた
しかも、魔法が使えるだけではなくイルシャーリアンであったとは!
にわかには信じられないが、逆に彼女がイルシャーリアンであるのならば、私の呪いに関する情報を持っているかもしれない、と期待できた。しかし……
「彼女とは話しました。ですが残念ながら呪いについてなんの有益な情報を持ってはいませんでした」
クラリスが私の期待を先回りするように答える。私の呪いを解く協力者としては当然の行為だ。その辺の調査は例え私が意識を失っていようと抜かりはないようだ。
従ってクラリスが『ない』と言えば、それは信用するしかない。結果としては落胆しかなかったが……。
しかし、それも一瞬のことだった。
すぐにもう一人のイルシャーリアンがいることを思い出したからだ。
「そ、そうだ! もう一人、あの呪術師はどうなった?
町は呪いから解放できたのか?
いや、いや、それよりはあれからどのくらい日にちが経っているんだ?」
途端に疑問が関を切ったように次々と湧き上がった。
「3日です。
例の呪術師の名前はマリウス。 町は無事解呪されました。
カディス様にお願いして身柄を保証してもらっております。無事ですのでご安心を。
実は直接マリウスともお話をしております。
町の解呪の件がありましたから……」
そこでクラリスは淡々と言葉を続けていたが、そこでまた言葉をきった。そして一息吸い込むみ、息と一緒に最後の言葉を吐き出した。
「……特にめぼしい話は聞けませんでした」
こちらも空振り
やはり落胆しかなかったが、その気持ちを押し隠し、平静をよそおう。
「そうか……ならせめてあの謎の呪いについて聞いておきたいところだね。後学の為にも。
それについてはなにか分かったのかい?」
「……いえ、まだ詳しくは聞いておりませんゆえ、分からないままです」
「ふーむ。そうか、良い話はないなぁ」
暗くなり勝ちな空気を和ませる目的で少しおどけた風に言ってみた。すると、「あります」とクラリスは言った。
「あります。反乱が鎮圧しました。例の町が使えるようになったお蔭で相手の戦意が喪われて一気に総崩れになったそうです。
今回の反乱はほぼ鎮圧できたと先ほどカディス様よりご伝言がありました。
おめでとうございます」
「えっ? ああ、ありがとう。
そうか終わったか……」
ついに反乱が終結したと聞いて少し複雑な気持ちになった。それは確かにめでたいことなのだが、それは今の状況の終了も意味していた。すなわち偽装結婚の解消だ。
「なにか気になる事がありますか?」
「えっ? いや、特になにもない。なにもないさ」
クラリスの問いに慌てて答えた。まるで自分に言い聞かせるようにも思えるように。
青白い月光が窓から差し込むのをベッドの上でぼんやりと眺めていた。
いつかこんな日が来るとは分かっていたろう?
自分に何度も言い聞かせる。
もともとは打算ばかりの偽装結婚なのだ、目的が達成されれば速やかに解消され、エレノアはこの屋敷を出ていく事になる。それが最初の約束だった。
全ては当初の計画通りだ……いや、本当に計画通りなのか?
自問する。
計画通りというのなら、なぜこれほど胸がざわつくというのだ?
「計画など当の昔に狂っている」
思わず声が漏れた。
エレノアと出会い、接する内にいつの間にか惹かれていた。彼女を愛してしまったのだ。
もう偽装結婚を演じる必要がなくなったからと言って、『はい、そうですか』と簡単に割りきる事などできない。彼女を手放したくなかった。
「ふっ、手放すだと……」
甚だしい勘違いに自嘲の呟くが再び零れ出た。
手放すもなにも、彼女を手に入れた事など一瞬でもないではないか。偽装結婚もまた結婚の内と開き直ったとしても彼女が結婚を承諾したのはマルドゥール伯爵家の当主だ。それに対して今の自分はその伯爵家の家令のゼノでしかない。
この件について自分は1度たりとも彼女と真剣に向き合ったことがないではないか
「その上、呪い持ちと来ている」
余りのどん詰まりぶりに笑うしかない状況だった。
告白するとなれば当然呪いの事を説明する必要がある、そうなれば只でさえ低い受け入れてもらえる可能性が殆どゼロになるのではないかと思う。
それならば言わない方がよい。言えばどちらも傷つくだけだ。自分が傷つくのはかまわないのだが
、彼女も傷つくのは忍びない。
彼女は嫌なことは嫌と言う勇気を持っているが、それと同時に、他人が悲しむのを自分の事のように悲しむ優しさも持っている。私の期待に応えられない事を気に病むだろう。無駄にそんな嫌な思いをさせるぐらいならなにも言わずに置くべきだ。
と、ドアがノックされた。
こんな夜更けに誰だ、まさかエレノア嬢?
「どうぞ」
早まる鼓動を感じる中、ドアが音を立ててゆっくりと開いた。
2023/09/16 初稿




