謎の死体
「ようやくついたか」
港をざっと見回してみる。
軍服姿の人間が幾人が見えたが、それだけでこの辺はいたって平穏だった。戦闘区域は馬車で1日ほど行った先と聞いているのでここらはこのぐらいなのだろう。
仮設置されていた正規軍の連絡所から問題の町を監視する砦まで馬車を出してもらうことになった。
馬車に揺られること3時間。大分日が傾いた頃にようやく砦についた。
「良くおいでくださった」
砦の責任者であろう四角い顔の男は、儂ら、猫背で死んだような顔色の小男と仮面をした怪しげな女、に不安そうな視線を投げかけたが、すぐにひきった笑顔見せてそう言った。
まあまあ想定内の反応だ。
つまらない非生産的な挨拶をざっくり省略して早々に情報収集に入る。とはいっても、すでに知っている情報以上のことを入手することはできなかった。
「なるほど、この町が交通の要衝だということは良く分かった」
問題の町は丁度山と山の裾野の僅かな隙間にできた平地を塞ぐように建てられていた。東西はすぐに切り立った崖になり、南北を貫く主街道を分厚く高い城壁と城門で守る城塞都市であることを地図と実際に目の前に広がる風景から理解した。
この城塞都市が使えないとなると、この先に進軍している部隊に対する補給は東西の山脈を大きく迂回する必要があり、その手間と労力は並大抵のものではない。つまり、なんとしてもこの町を取り戻す必要がある。それも早急にだ。
「それで住民や兵士たちに異常が出始めたのはいつ頃のことなのだ?」
「記録では2週間ほど前ぐらいです。住民や兵士たちがばたばたと倒れ始めたのは……」
「住民も兵士も見境なしか。今では生きている者は誰もいない死の町と化していると考えてよいのかな?」
「みんな、町に立ち入った途端に調子を崩してしまいます。
魔法封じの呪符や結界で防御した者たちもみな同様で、危険すぎて何が起こっているのか調査すらできない状態なのです」
砦の指揮官は神経質そうに頬を痙攣させながら答えた。
魔法封じの呪符とかを貫通するとなると有害な魔法ではなく呪い系の類だと、判断したわけだ。その判断自体は間違ってはいない。だが、呪いと決めつけるには情報が足りていないようにも思えた。
「町に入って倒れた者たちの症状はどうなのだ」
「町に入って暫くすると気分が悪くなり意識を失い、そのまま死に至ります。なんとか戻ってきた者も暫くするとやはり意識を失い死んでしまいます」
「町から出ても駄目なのか。それは、それは……」
町から出てきた後に死亡した兵士たちの様子を確認させてもらうことにした。
司令官につれられて砦の片隅のテントに入ると5人ほど兵士が寝かされていた。勿論みなこと切れている。見た目はきれいなものだった。魔法の火炎や電源を受けた時にできる通常魔痕と呼ばれる傷は一切なかった。実は魔法とか呪いではなく単純な遅効性の毒や病気の類いの可能性もあるだろうと念のために探知魔法を使ってそちら方面も調べてみたがなにも検出できなかった。
「なるほど、魔法や毒、病気による致死ではないのはまちがいないようだ」
「そのようです。ただし、呪いの痕跡も見当たりません」
クラリスの指摘に儂も同意する。そして、同時に困惑もした。呪いによるものなら呪、壊、穢、棄、破のどれかの断片、残りかすのようなものがあるはずなのだがそらも全く見つからない。古代呪法も疑ったが例の結び目も見当たらない。
「なるほど、訳が分からん」
中央の魔法使いや呪術の専門家達が匙を投げたのも分かる気がした。
儂は呪文を唱え始める。
「ゼルヴォス様、なにをなさるつもりですか?」
「手掛かりが無さすぎるのでな、町を調べて見るしかあるまい」
「そうかもしれませんが詳細が分からないまま町に入るのはあまりにも危険です」
「うむ、だから死体操作だ。こやつらに働いて町に行ってもらうつもりだ」
目の前の死体を使役して町を調べる。それでもリクスが全くない訳ではないが自分達が乗り込むよりずっと安全だ。
「……ふむ。おかしい……」
術式は完了したのに一向に死体を掌握した感覚がなかった。
「死体操作できないのですか?」
「うむ、できない。ずっと死んだままだ」
こんなことは初めてだった。
なにかが死体操作に干渉しているのは間違いない。魔術相関的に死体操作系に干渉できるのは呪い系統しかなかった。
「どうしますか?」
「もう少しこれを調べてみよう。従来と違った呪いの形態かもしれない。精査してみる価値がある」
もしかしたらこれは我が家系にかけられた呪いを解く鍵かもしれない。ほのかな期待に珍しく儂の心は高鳴った。
2023/09/02 初稿




