懐かしい顔
快晴。
鏡のように穏やかな海面を船は一路南に滑るように進んでいた。
天候に恵まれ船旅は順調だった。
これなら予定より2日も早く目的地に到着するだろう。こんなことなら、と甲板に立ち、思う。
こんなことなら、格好つけずにケーキ食べてから出掛けても間に合ったのじゃないのか
心に去来するのは後悔ばかり。航海だけに
ああ、マジ、ケーキ食べておけば良かった……
「ゼノ様、カディス様と連絡が取れました」
そんなことを、馬鹿っぽいことをつらつら考えていると声をかけられた。
振り向くとクラリスがいた。
「そうか」
なに食わぬ顔で応えるとクラリスに従い船室に向かう。
キャビンのテーブルに置かれた通話鏡には既にカディスの姿が写っていた。
「手間をかけさせてしまって申し訳ない」
私の姿を認めたカディスは開口一番そう言った。
手間とは反乱軍との戦いの中で正規軍が押し込まれている戦域があり、その対策に私が駆り出された事を言っていた。苦戦の原因が魔法による攻撃のため魔法の専門知識を買われて呼び出された訳だ。
「それは良いさ。それより向こうの詳しい状況は分かったのか?
相手方の魔法の攻撃で苦戦していると言う話だが、連邦の魔法院の魔法使い達は何をしているのか? と聞きたくなるね」
「勿論何人も派遣したがね、良く分からないのだよ。彼らの見立てだと類を見ない呪いの類いとの事でな、呪いの第一人者である君に白羽の矢が立ったと言うわけだよ」
「魔法院にも呪いの専門家は居るだろう」
「居たさ。駄目だった。何人も返り討ちあっている」
「獣人と辺境の魔法使いくずれしかいないはずの反乱軍に魔法院の解呪師にも手を負えない高度な呪いを扱えるとは思えないのだが……」
判断するにしても対策を練るにしても情報が少なすぎる。私はカディスに話を進めるように促した。
「交通の要衝に位置する城塞都市があるんだ、ここを護っていた部隊から突然連絡が途絶えたんだ。
様子を見るために部隊を送ったがそれからの連絡もすぐに途絶えた。
いろいろやったが、なにか都市全体に呪いのようなものがかけられているらしく、なかに入ったとたん兵隊達がばたばたと倒れて、調査どころじゃない。それどころか倒れた兵隊達がしばらくすると立ち上がってこっちを攻撃してくるんだ」
「リビングデット化しているというのか?」
「その辺も良く分からない」
「良く分からないって、専門家がみればそれぐらいはすぐに判断がつくだろう」
「そうはいわれてもな。僕はそれこそ専門家ではないので分からない。だから君の出番な訳だろう」
「無理に出番を作ってもらわなくてもかまわないのだが‥‥」
「うん? なにかあまり乗り気じゃないな。前は参加したくてたまらないって感じだったのに。どうした風の吹きまわしだ?」
カディスの突っ込みに内心ぎくりとなった。まさかエレノアのケーキが食べたかったとはいえない。
「そ、そんなことはない。
ただ、情報が無さすぎてなにを考えれば良いのか分からないのにイラついているだけだ」
「ふむ。その点は申し訳ないと言うしかないな。
情報は現場で自力で手に入れて貰わねばならんよ」
「ああ、それは了解した。
だがそちらもこっちのことは了解しておいてくれよ」
「? なにを了解しろと?」
「私のことだ。いや、ゼノのことと言うべきかな」
「……だから?」
「ゼノは魔法も戦闘もからっきしだってことだよ。ゼルヴォスやゼファードのような働きを期待して貰っても困るってことだよ」
私の言葉にカディスはようやく合点がいったとばかりに頷いた。
「ああ、まあ、それは分かってる。それにもうそろそろ変わっても良い頃なんじゃないか?」
「また、そんな都合の良いことを……」
あまりのご都合主義に二の句が継げない。
とは言え、カディスが言う通り長いのは事実だった。エレノアが屋敷に来てからだから1月は経つ。もしかしたら2ヶ月かもしれない。これほど長く一つの姿でいられたことは無い。元々星の巡りとは全く違う未知の力が作用しているように思うがそれすらも良くわからない。
「まあ、やれるだけのことはやるさ」
カディスとの話しを打ち切ろうとしたその時、後頭部を金槌で殴られたような激痛が走った。痛みに目が眩み、両膝をついた。続いて全身を締め付けられるような感覚に息がつまった。
「ゼノ?! どうした?」
「ゼノ様、ゼノ様! 大丈夫ですか?!」
カディスとクラリスの声が遥か遠くのほうから聞こえてくる。大丈夫だ、とつよがって見せたかったが口を開く前に意識がふっつりと途切れた。
…… …… …… …… ……
…… …… ……
……
気がつくと儂はベッドに横たわっていた。
幽かに伝わってくる揺れに船に乗っていたことを思い出す。
「どうやら気を失っていたようだの」
カディスとの通話中に突然頭痛に襲われた記憶はあった。膝をついたところまでは覚えていたがその先からが途絶えていた。もう頭の痛みはなかったが体は見えない重しをつけらているように重く、寒い。おまけにそこら中の関節が痛かった。
「これではまるで……」
そこまで呟いて、驚きに息を呑んだ。あわてて顔をぺたぺた触る。
これは……まさか……
儂はあわててベッドから降りるとキョロキョロとキャビンを見渡す。
そうだ、確か隅の机の引き出しにあったはずだ!
思い出すと、おぼつかない足取りで机にとりつき引き出しを開ける。
あった
中に置かれた鏡をとると自分の顔を写してみた。
後退した生え際。
たるんだ頬。
艶と張のない肌と目の下の隈。半病人、いや、死期間近なような不健康な顔が儂を睨み付けていた。
忌み嫌っていた懐かしい顔。それは……
背後で扉が開く音がした。振り向くとクラリスが入ってくるところだった。
「ゼルヴォス様、お加減はもうよろしいのですか」
と、クラリスは言った。
2023/06/24 初稿




