試験開始
「な、なに? なにを叫んでいるの?」
絶叫の四重奏に出迎えられてさすがにエレノアも驚いたように目を見開き固まっていた。
手にはポットと大皿があった。
「いや、待ちに待っていたお茶が来たので喜びの雄叫びを上げただけだよ」
「喜びの雄叫び?!」
「そ、そうです。みんな、奥様のお茶をずっと待っていたんです」
とっさに放った苦しい言い訳にエッダが乗ってくれた。少し怪訝な顔つきながらエレノアはテーブルに運んできた皿を置いた。皿には見慣れない食べ物が盛られている。慣れた手つきで紅茶を淹れるとカップとその食べ物をみんなに配り始めた。
「うわっ! これ美味しい」
「うん、私、初めて食べる」
「……奥様、これはなんという食べ物なんです」
ワイワイと言いながらお菓子を頬張るマールとエッダ。ミルダは興味津々にエレノアへ質問をしている。一方自分はと言うと、さっきの大声の理由を突っ込まれなくて良かったと胸を撫で下ろしていた。
「あなたもお疲れ様です」
賑やかな情景をぼんやりと眺めているとエレノア嬢がカップを手渡してくれた。
「これはご丁寧に」
「どういたしまして。それからこちらもどうぞ」
更にお菓子を渡してくれた。渡されたことを意外に思い、少し戸惑い、お菓子をじっと見詰めてしまう。
パンを小さく切って油で揚げたもの。ラスクとか言っていた。
エレノア嬢の方へ目を向けると、あの悪戯っ子のような視線をこちらに向けていた。少しこそばゆい。
「なに? 毒なんて入ってないから。食べてよ。
それとも、そういうスナックみたいなものは苦手だった?」
もたもたしていたため、エレノア嬢は焦れたように言った。
「ああ、いえ。
結構手間がかかっているな、と思ったものですから……」
口に頬張り、軽く噛む。カリッと小気味良い音がした。
「まあ、お礼かな。
みんなの勉強を見てくれていること。
それからマールの願いを聞いてくれたことに対するお礼」
これは褒め言葉と受け止めて良いのか?
い、いや、落ち着け
マールを合格させるための懐柔の可能性もある
額面通りに受け止めてはいけない
小躍りしたくなる気持ちを懸命に押さえつけ無表情を装う。そして、一応釘を刺しておく。
「マールに関してはまだ分かりませんよ。それは試験の結果次第です」
「それなんだけど、今さら試験って意味無くない?
マールがどのくらいの学力なのかは分かってるでしょ」
「想像はできますよ。
でも、やると決めた以上はやるのです」
私の言葉にエレノア嬢は呆れた、と言わんばかりに微かに上を向いてぐるりと眼を回す仕草をした。本来は軽い皮肉を意味する挙動なのだがなんとも可愛らしい。
それは私に対する批判の表明ととるべき態度なのだろうが、逆にご褒美……と思わなくもない……
「真面目?
いや、頑固?
それとも、不器用?」
軽く首を傾けるとわざとたどたどしく呟く。
自然なのか、それとも計算ずくなの分からないが、これが『あざと可愛い』と言うものかと少し感動した。
「さりげなく悪口を言ってますか?」
心のうねりを感づかれないよう必死に平静を装ったため、怒っているような声になってしまった。
エレノア嬢は無言で視線を外した。
また、嫌われてしまったろうか、と心配になる。
「半分悪口」
大分経ってから彼女は小声で言った。それを聞いた時、「悪口よ」と断言されなくて本当に良かったと思った。
長い付き合いではないが、思ってもいないことは言わないのが彼女の数ある美徳の中でも抜きんでいる美徳だ。だから、彼女が「半分悪口」と言うのであればそれは額面通りにうけとればよい。つまり、半分は悪口ではない、のだ。
となると悪口ではない残り半分がなんなのかが気になった。その残りの半分を聞きなくて聞き耳を立てていたが一向にエレノアは続きを話してはくれなかった。視線を合わせてくれない。
「後の半分は?」
遂に痺れを切らしてこっちから聞くことにした。
その声は思いの外、小さかった。が、エレノア嬢にはちゃんと聞こえたようで微かに体を震わせると驚いたような表情でこちらを見詰めた。
無言のままだったが、数秒迷うように瞳が左右に揺れた。辛抱強く待っているとようやく口を開いてくれた。
「秘密よ」
エレノアは囁くように言うと逃げるようにその場を去っていた。
その早業に呼び止めることもできず、私は一人取り残されること格好になった。
呆然としながら彼女の答えについて色々と考えを巡らしたが納得できる正解を見つけることはできなかった。
□□□
そんなこんなで数日が過ぎ、マールの試験の日がやってきた。椅子に座る彼女の前に試験用紙を置く。
「時間は60分だ。では、始め」
私の合図と共にマールの試験が始まった。
2023/06/03 初稿




