家庭教師
「なるほど、部屋ではランプの油が勿体無いので月明かりで本を読もうとしていたと言うことですか」
「そうなんです。
ランプの油ってほんのちょっぴりなので夜の支度や朝の支度に使う分でぎりぎりなんです。
みんなで一斉に服を着替えてベッドに飛び込むとかしないと真っ暗になっちゃって、脛やら肘やらおでこやらをいろんな所にぶつけながら作業しなくちゃならなくて大変なんですよ。
最近は朝は明るいから楽なんですけどね。冬はほんと大変なんです」
エッダが身振り手振りを交えて熱弁を奮ってくれたので、事情はわかった。
色々と苦労しているようだ。ただ違和感が無いわけではなかった。無駄遣いをさせるつもりはなかったが使用人たちに不便を強いるような経費の節約を命じてはいないはずだ。彼女たちの主張が本当なのか後でヘンドリックに事実関係を確認しよう。
「事情は分かったけれど余り感心はしないな。
こんな暗いところで本を読むと目を悪くする」
「でも! 私たちも本が読めるようになりたいのです」
マールが熱のこもった目で訴えかけてきた。熱意は本物なのだろう。
「ふむ。しかし、なんでそんなに本を読みたいと思うんだね?」
「そ、それは……」
ふと、疑問に思い聞いてみたが、マールは黙ってうつむいてしまった。頬が赤く染まっている。これでは、自分が聞いてはいけない問いかけをしていたいけ少女を苛めているみたいだ。釈然としなかったがこれ以上追及するのは止めた。
「まあ、字を読めるようになるのは悪いことではないから止めはしないけれど……」
しかし、今の時刻を考えてみる。決して宵の口とは言えない頃合いだった。
「君たちは朝も早いのだろう。こんな時間まで起きていると明日の仕事に差し障りがあるのではないのかい?」
私の質問に3人は顔を見合わせて微妙な笑みを浮かべあう。
「差し障っているようだね」
「だ、大丈夫です。塩を1匙入れすぎたり、いれなかったりするぐらいです。
私たち見習いですから揚げ物はピートさんが見てますし、最後の仕上げもピートさんですから本当に大丈夫なんです」
いや、それは大丈夫とは言わないだろう、とマールの弁明を聞きながら思った。
「私もね、ミランダさんに読み書きを教えられてるときに寝ちゃったりするぐらいです」
「それは怒られるだろう?」
「はい! めっちゃ怒られます。鞭でしばかれたりします」
「……いや、まあ、そうなるかな」
「でもですね、ミランダさんは怒りすぎだと思うのですよ!」
何かのスイッチが入ったのか、エッダが身をのりだし反論してきた。
「この間ですね、エレノア様のお世話をしている時にうっかり居眠りしちゃったことがあったんですよ。
ああ、でもでも、これもですね。午後のぽかぽかした良い天気の話なんです」
良い天気……、この説明に必要な情報なのだろうか?
疑問に思いつつ、無言でエッダの話を聞く。
「正にこのテラスでエレノア様は本を読まれていたんですよ。
私は、あの辺で用事を言いつけられるのを待っていたんですけど、特になにもなくて、やることもなくぼうっと腰かけて空とか雲とか眺めていて、本当に今日は良いお天気だったなぁ、と考えいたらですね。つい、うっつら、うっつらしてて、気づいたらぐっすり寝ていたんです!」
この小娘、天気が良くて眠ってしまったと言いきったな!
「しかも、肩に毛布がかけられていて。
起きた瞬間、ちょっと何が起きたんだろうってパニックになったんですけども、それはエレノア様が風邪をひかないようにってかけてくれたんですよ。
すごいですよね。ミランダさんなら叩き起こされて、その後泣くほどお説教なのに、エレノア様はちっとも怒らずに微笑まれて、『良く眠れた?』ですよ!!
まあ、結局ミランダさんにはばれて、死ぬほど怒られましたけど……」
エッダは夜空に浮かぶ月に遠い目を向けた。
が、それも一瞬のことで、すぐにこちらへ顔を向けた。
「とにかく、エレノア様、すごく優しいんです!!」
と、言いきった。握られた拳がエッダの感動とエレノアへの信奉のほどを雄弁に物語っているようにだった。
「エレノア様、優しいですよね」
すかさずマールが同意する。
「エレノア様、お綺麗で、お優しいです」
それに、ミルダも加わった。
「ねー、優しいよねー」
「優しい、優しいねー」
「です、です。」
「ねー」とエッダ。それに「ねー」とマールが答え、同じくミルダが「ねー」と加わった。
3人はガシッと手と手を握って円陣を組み、頭を寄せあい同時に頷きあった。
「「「ねーーー」」」
仲が良いな、この3人
そして、エレノア嬢。評価高いな
「ああ、そうなのか」
そこはかとない疎外感を埋めたくなり、なんとく曖昧に同意をしてしまった。
「やはり、なんと言うのかな。勉強熱心なのは良いが仕事に差し障りが出るようなら控えなさい、と言わねばならないな。立場的には」
「そ、そうなんですけど……」
「本当はいつも1時間ぐらいで止めようと思っているんです」
口ごもるエッダの後を継ぐようにマールが口を開いた。
「だけど、すぐにエッダが分けわからなくなって、ああでもないこうでもないって話になって、どんどん時間ばっかりが過ぎちゃうんです」
「マ、マール、また、それを言うの?!」
「だって……だから、エレノア様にお願いしようって、ずっと言ってるじゃないの」
「駄目よ。エレノア様のお付きメイドとして、私たちの都合でエレノア様の睡眠時間を削らせる訳にはいかないわ。
睡眠不足は肌に良くないのよ!」
「だったら、ちゃんと教えてよ」
「だからやってんじゃん! 私だって良く分かんないのよ!」
さっきの蒸し返しだ。慌てて割って入る。
「ああ、ちょっと待った。待ちなさい。
君たちの事情は良く分かったよ。
どうだろう、ならば私が君たちに読み書きを教えると言うのはどうかな」
思わず言ってしまった。
私の提案に3人はぽかんとした表情で固まった。それを見て、余計なことを言ってしまったかなと後悔した。
「え……っと、ちょ、ちょっとお待ちください」
エッダはそう言うと、再びマール、ミルダと円陣を組むように頭をつき合わせてひそひそと密談を始めた。
「ゼノ様が読み書き教えてくれるって!
ど、ど、どうしましょう」
「どうしましょうってエッダ。ゼノ様なら私は文句ないわよ。きっとエッダよりはましだと思うもの」
「で、でも。ゼノ様も偉い人だよ」
「えっと、えっと、ピートさんより上だよね」
「上!」「上よ」
「じゃ、じゃあ、エレノア様と同じじゃないの?
おねえちゃんが反対でしょ。ゼノ様の睡眠時間を削らせる分けにはいかなくない?」
「うん? どうかな、偉くても所詮私たちと同じ使用人だし。ね? エッダ」
「えっ? う~ん。そうとも言うわね……
それに、ゼノ様はお肌がとうとかどうでもよさそうだし……ま、いっかなぁ……」
内緒話をしているつもりだが、丸聞こえだぞ小娘たちよ、と言ってやりたい衝動を抑えて黙っていると、ようやく結論が出たようで、エッダがおずおずと前に出た。
「あの……厚かましお願いですが私たちに読み書きを教えていただけないでしょうか」
2023/04/15 初稿




