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呪いの本質

「いやらしかったです」


 騒動が一段落した後、処置室でクラリスと2人で後片付けをしていた時、彼女がぼそりと言った。

 唐突な発言。

 振り返り、見るとクラリスは切断した手足を保存するために冷却魔法をかけようとしているところだった。目を合わせようもしない。

 

 ……今のは独り言だったのか?


 とも思ったが、すぐにあんな独り言はないだろうと思い直した。で、あれば自分に投げかけられた言葉以外にはない。

 では、私のなにがいやらしかったと言うのだろう。


「いやらしかったって、私のなにがいやらしかったと言うのだい」


 はっきりはさせねばならない話題である。なのではっきりさせるために問いかけた。


「目です。目がいやらしかったですよ」


 即答だと?! 

 それも目がいやらしかったとなるとやばさもひとしおではないか。


「いやらしかった? この目が?

君を見る目がいやらしかったと?」

「わたしを見る目ではありません。あの女を見る目がいやらしかったのです」


 あの女、と言われて一瞬誰のことかと戸惑ったが、すぐに思い当たった。


「エレノア嬢のことかい?」


 いや、まさか、である。そんなははずはない。彼女をそんな目で見た覚えはない。それとも、自分では気づかなかっただけでそんな目をしていたのか?

 だとすればそれはそれでショックなことだった。


「いや、それ本当に? いつ?」


 質問を止めることができなくなっていた。


「ずっとです」

「ずっと?! いや、それはいくらなんでもないだろう。彼女に対してそんな目を向けた覚えはないよ」

「そうなのですか?

ゼノ様の奥様なのですから、そのような目で見られても恥ずかしがることもないでしょう」

「なにを言っているんだ。

彼女は私の奥様ではない。それは君も理解しているだろう?

反乱者たちを欺くために無理を言ってこの屋敷に滞在してもらっているだけだ。強いて言うなら協力者だ」

「協力者。かなり親密な協力者ですね」


 親密……? 


 クラリスの言葉に、自分はどの程度エレノア嬢と親密であるかを考えてみた。

 まともに話をしたのは今日をいれて3回ぐらいではないだろうか。これではとても親密とは言えない間柄だと思う。


「親密な協力者とも言えないなぁ。ただの協力者程度だよ」

「そうなのですか?

この地下室へ立ち入る許可を与えられておりましたから、すっかり打ち解けていられると思ってしまいました」

「だから、さっきも言ったけれど、わたしは彼女にここへの立ち入り許可は与えていないよ。彼女が紛れ込んでしまったのはなにかの間違いだよ。

ドアの術式がおかしいんじゃないのかい。

それに、さっきの彼女との会話から親密って結論にならんだろう。と言うか、クラリス、君も、私が彼女から大嫌いって言われたのを聞いていただろう。あの状況からどうしたら親密な関係になるんだ」

「ならばさっさと屋敷から追い出されるのがよろしいかと存じます」

「乱暴だな。

だから、そうできないことも分かっているだろう。少なくとも反乱者たちが行動を起こすまでは彼女にはここで伯爵の新婦役を務めてもらわなければならないのだよ」


 そこまで力説して、急に虚しくなった。今さら感が半端ない。脱力感のため息をつくと、力なく付け足した。


「クラリス……

こんな話しなくても君は知っているだろう」


 不意に彼女はこちらの方へ顔を向けた。

 大理石の仮面に隠されて表情は分からないけれど、紫水晶のような瞳が少しだけ揺れるのが分かった。


「知りません」


 クラリスは凍結封印した手と足を抱えて、そのまま出ていってしまった。

 私は1人、処置室に残される。

 とりつく島もない。いや、さっきのエレノア嬢のような『触れるな火傷すぞ』モードなのか。なんでクラリスもそんなモードに入っているのか全くの謎だった。


「はてさて、女心は私には難しすぎる。

そうは思わないかね?」


 ベッドで眠り続けるモーリス少年に語りかけてみるが、当然のように同意を得ることはできなかった。


□□□

「……の報告だとそろそろ向こうも戦力の配置がほぼほぼ終わったらしい」

「では、奴らもそろそろ蜂起する頃合いなのかな」

「恐らく。委員会では1から2週間ぐらいの間と報告されたよ」


 鏡に映るカディスはそこで一度言葉を切った。

 何か言いたそうだったが何故か次の言葉が一向に出てこなかった。


「どうした? なにかいいたいことがあるのではないのか?」

「まあ、なんというのかな……」

 

 水を向けてみると、言いにくそうだがようやく口を開いた。


「ゼルヴォス殿であったなら、またあいつらの敵情を探ってもらえるのにな、と思っただけだ」

「ああ、そういうことか」

「いや、君の気持を考えると、こんなことを言うのは不謹慎ではあるのだがな。

君にとっては忌むべき呪いの産物であるのは重々承知しているつもりた。だが今のような事態の場合、あれはあれで居てもらえると心強いのだ」


 カディスは慌てて言い訳じみたことを言ってきた。気持ちは分かる。腹を立てるほどのことでもない。が、良い気持ちになるわけでもなかった。

 静香な諦念。それが多分一番近い感覚だった。


「すまない。肝心な時にあまり役に立てなくて」

「いや、今まで十分役に立ってくれているので、謝られるとこちらが恐縮してしまうからやめてくれ。それにその新しい姿は話しやすいから僕は好きだよ。ゼルヴォス殿は理屈っぽいし、ゼファードの時はそもそも会話にならないからな」


 そんな風に思っていたのか……


 この間のエレノア嬢の発言と言い、最近は目から鱗な話が良く聞けるな。

 まあ、カディスの思いとしては十分理解できた。それこそ当初の予定では、自分はどこかの最前線で蜂起が起きるまで待機する予定だったのだ。狂戦士ゼファード)であれ、死霊術師ゼルヴォス)であれ、戦場に立てばかなりの戦力となる。それが想定外のゼノの姿になってしまっため見送られているのだった。


「その姿は、いつまで続くのだい?」


 カディスの質問には首を横に振るしかなかった。


「それは自分も知りたいところだよ。

次の姿に変わる兆候も見られない。

変身条件もこの呪いの特性も分からないことばかりなのだよ」


 呪いの特性とは呪われることによるディメリットのことだ。

 ゼファードであるなら、知性の低下や押さえられない戦いへと衝動。

 ゼルヴォスならば共感性の欠如や醜い容姿のことだ。

 そのようなディメリットがこのゼノでははっきりしないのだ。容姿も言動も至って正常だった。少なくともそう感じられるた。


「どう見ても普通の人に見える。もしかしたら呪いが解けたんじゃないのかい」


 カディスはフォローするようにそう言った。

 そうならどんなにハッピーなことかしれない。だが、呪いと言うのは目には見えないが、なにもしないのに突然失くなってしまうようなそんなあやふやなものではなかった。それは呪いとは無縁な者たちの能天気な発想だ。

 むしろ、見た目に正常に見える呪いこそが真に恐ろしいのだ。その辺の理解度も低い。

 正常に見える表層の下で牙を剥く機会を虎視眈々と狙っている。それが呪いという存在なのだ。

 わたしの父、ゼビウスがそうだった。

 父はまるで普通の人だった。全身が鱗に覆われているとか、定期的に姿が変わるとかそんなのとはなかったそうだ。

 もっとも、そう聞かされているだけで自分には父の記憶はない。ついでに言えば母の記憶もない。

 物心つく頃には2人ともこの世を去って久しかったのだ。

 人づてではあるが、父は優しく、知的な尊敬できる人格者だった。 

 それがある満月の晩。突然狂ってしまった。狂って屋敷の人間を殺戮してまわったのだ。辛うじて自分は難を免れたが母は駄目だった。


「そんな、簡単なものではないよ」


 わたしは曖昧に言葉を濁す。

 いちいち説明する気力はなかった。いくら言葉を尽くしてもその恐ろしさは体験している者にしか実感できないからだ。

 全く普通であったはずの父は呪いによって残忍な殺戮者にあっさりと変えてしまったのだ。そして、恐怖の夜が過ぎると、まるでそんなことがなかったように父を元に、正常に、いとも簡単に戻してしまった。

 これこそがこの呪いの恐ろしいところだ。

 正常に戻った父は自分のおかした罪に苦しんだ。そして、また、同じように狂ってしまわないかと恐れた。おかしてしまった罪と将来おかしてしまうかもしれない罪に対する重圧と恐怖に苛まれ、ついに父は本当に狂ってしまった。そして、自ら死を選ぶことになる。

 

 果たして自分は難を逃れたと言えるのか……


 父が狂ったのは自分が生まれて1ひとつき)ほど経った頃なのだが、父は寝室にいた母と侍女を惨殺しながら同じ部屋で寝ていた自分には指1本触れることなく、他の使用人たちを殺しに向かった。

 そこに呪いの底意地の悪さが横たわっていると思うのだ。

 家系が滅ぶことを認めず、それでいて未来永劫その血筋のものを最悪のタイミングで不幸の底へ突き落とそうとするほの暗い執着が感じられ、そら恐ろしい気持ちにさせられる。

 だからこそ、呪いをゆめゆめ侮ってはならない。

 ゼルヴォスやゼファードのように見た目に呪いが顕現しているのならむしろ安心と言える。なぜなら、その呪いの特性をある程度予測可能だからだ。

 だが、今のゼノのように呪いの特性が全く分からない状態はむしろ怖いと言えた。

 父、ゼビウスのように突然狂ってしまうかもしれないのだ。


 …… 


 呪いのことを考えていた気が滅入ってきた。


「ありがとう。大体状況は分かったよ。

また、なにか変化があったら連絡をくれたまえ」


 カディスとの通話を切り上げる。

 今までカディスの姿を映していた通話器は普通の鏡に戻った。そこには最近ようやく見慣れてきたゼノの姿があった。

 見れば見るほど普通に見えた。

 だが、この裏側には正体不明の呪いが蠢いているのだ。もしかしたら、数秒後には自分は自我を失い、周りの人間を傷つけてしまうかもしれないのだ。それはクラリスであり、エレノア嬢の可能性もあるのだ。

 迂闊であった。

 今の今までそのリスクに思い至らなかった自分の愚かさに背筋が凍る思いがした。


 これは早急に対策を考えないと


 鏡に映ったゼノは眉間にシワを寄せ、いつもより白い顔色をしていた。


2023/02/18 初稿

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