若奥様
重々しい音と共に地下室へのドアが開いた。
私が先頭、次にエレノア嬢、殿がクラリスの順で階段を下りる。
処置室のドアを開けるとわざとらしくエレノア嬢にお辞儀する。彼女は一瞬私に視線を投げかけると「うん」と軽く答えて中へ入った。
状況的にはもっと騒ぎ立てても不思議ではないのにその落ちつき具合に感心する。肝が据わっている。
目が暗がりに慣れるのを待っているのか、エレノア嬢は立ったままじっとしていた。それともやはり、奥の台に寝かされているモーリス少年に近づくのが怖いのか。
「あれ、生きている」
しばらくして、つぶやく声がした。少し間の抜けような声だった。
「だから、そう言ったでしょう」
そりゃ、そうだろう。と、腹の中から込み上げてくる笑いを堪えながら答える。
「えっ……だって、そこに切断された手足があって、ほら、あるじゃない!」
台の上の手足、練習のために切断したもの、を指差しながらエレノア嬢はなおも抗議を試みてきた。
「待って。そ、そうよ!」
なにかを思いついたように彼女は叫んだ。
「例え、子供が生きていたって、あなたたちが無慈悲に子供の手足を切断している事実は変わらないわ。
見なさい! この子の手と足を!
無惨に切り、切り……あれ、ちゃんとついてる」
そして、その試みもあえなく潰える。
「その子の手足は壊死していた。
そのまま放置していたら死んでしまう。なので切断して他の手足をくっつけた」
話に割って入ってきたのはクラリスであった。普段求められなければ答えない彼女にしては珍しい行為だった。
「他の手足をくっつけるって、そんなことどうやって?」
「魔法に決まっている」
「嘘よ。そんな魔法聞いたことないわ」
「事実よ。伯爵様が開発した術式よ」
「伯爵様が開発した術式……?
生きている人間の手足を別の人間の手足にくっつける……なんて恐ろしい」
「死んだ人間の体の一部を生きている人間に移植する術式よ!
あなたは伯爵様をなんだと思っているの?!」
「えっ……?
子供の手足を切り刻むサイコとか、狂えるネクロマンシー? あと、残虐なバーサーカー、かな。とにかく、黒い噂とか、なにか脛に傷を持ってそうな人」
2人の間で伯爵、すなわち私が開発した移植魔法についての珍妙な問答はクラリスの唐突な舌打ちで終結した。
「チッ!」
クラリスの舌打ちは一瞬でその場を凍りつかせた。タイミングや音の響きは、不快感を表明する舌打ちとしては文句ない完璧な舌打ち。その舌打ちでエレノア嬢は見事に固まった。
「あはははは」
一方、私の口から出てきたのは爆発的な笑いだった。
曰く『子供の手足を切り刻むサイコ』、あるいは『狂えるネクロマンシー』、もしくは『残虐なバーサーカー』
薄々は分かってはいたが怖くて確かめることのできなかった世の人たちの伯爵に対する忌憚なき批評。それを図らずも聞くことができた。
なるほど大変参考になる。
最後の『なにか脛に傷をもってそう』が傑作だ。多分にエレノア嬢のオリジナルな感じではあるが、言い得て妙、伯爵に対する世間の評を端的に表している気がした。
「いや、いや、エレノア様は存外正直な方だ。なるほど、なるほど。それが伯爵様に対する一般的なイメージというわけですね。
実に参考になる。うはははは」
それは自虐的なほの暗い笑いだ。
「ゼノ! なにを笑っているのです。
こんな無礼な女が奥様などとわたしは断じて認めませんよ」
クラリスの怒りが今度は私に向けられた。今日の彼女は虫の居所が悪いらしい。
だがその糾弾は正しくない。彼女は無礼なのではなく正直なのだ。
「多少思い込みが激しく、直情径行な面も見受けられますが、無礼とは少し違うかな」
クラリスをなだめると視線をエレノア嬢へと向けた。
「ところで、これで納得はしていただけましたか?
私たちが子供を惨殺しているのではないことを?」
不意討ちだったのか、私の問いにエレノアはどぎまぎしながら答えた。100%ではないにしても伯爵が『子供の手足を切り刻むサイコ』ではないとは認識してくれたようだ。今はそれで十分でだろう。そう考えていると、頭上から複数の足音が聞こえてきた。恐らくは使用人たちのものだろう。
予想よりもずいぶん早い。
エッダが必死に本館への小道を走る姿が目に浮かんだ。
「ギリギリ間に合いましたね。
それでは上に上がりましょうか」
エレノア嬢とクラリスを引き連れて1階へ戻ることにした。
□□□
「駄目だ。全然開かないぞ。本当に師匠はこの先にいるのかよ?」
「さっきは普通に開いたんですよ。急がないと奥様が……」
「くそっ、こうなりゃ斧で扉をぶっ壊すか」
男と女の声がドア越しに聞こえてきた。
物騒なことを言っている。
もっとも斧を使ってもこのドアを破るのは無理だと思うが、暴れられて怪我でもされては大変だから、急いでドアを開けた。
と、想像以上の人数が1階に居た。
フライパンをもったピート
マールとミルダ
エッダとエレオノオーラ
ミランダ&ドーテル夫妻
短時間で良くもこれだけの人数が離れに駆けつけたものだ、と思った。ご丁寧に手に手に皆、得物を持っている。なにがあってもエレノア嬢を助ける、と言う意思の表れなのだろうか? それは、そのまま、彼らの彼女へと親愛の強さの証だ。果たして伯爵は同じ状況になった時、このように彼らは駆けつけてくれるか自問したくなった。
「あー、みなさんご機嫌よう」
この状態にいち早く対応したのはエレノア嬢であった。声はぎこちなかったけれど。
「し、師匠ぉ―――」
「奥様~ッ」
「「ご無事でしたかぁ~~」」
ピートとエッダがエレノア嬢に走り寄る。
「ゼノの野郎に変なことをされてませんか?」
とはピートの発言だ。
変なこととはどんなことだ、と問いただしたくなる。一応、私は彼の上司に当たるのだが、本人を前に呼び捨てとは良い度胸だ。さすがに元船乗りと言うことだろうか。
いや、そんな海の荒くれ者を従えてしまっているエレノア嬢をまずは誉めるべきなのかもしれない。一体全体どんな魔法を使ったと言うのだろう。いつか腹を割って聞いてみたいものだ。
「それねー、うん、大丈夫っていうか、不幸なボタンの掛け違いって言うのか……ねぇ」
さすがに自分の早とちりでした、とは言いにくいらしく先程の触れれば火傷するぞ、という覇気も物怖じしない歯切れもなかった。
ここは助け船を出そう
「やぁ、やぁ、やぁ。この離れは許可なく立ち入り禁止のはずだと思うのだけど、この騒ぎはなんなのかね?」
一同の視線が自分に向けられた。そこで皆、初めて私がいることに気づいたのかもしれない。
「てめぇ、良くもそんなのうのうとした顔しやがってふてぶてしい奴だなぁ!
そんなの非常事態だからに決まってるだろう。
師匠に指一本触れてみやがれただじゃおかねーぞ!!」
ピートがフライパンを振り上げて突進してきた。
「あ―――、待って! 待ってね。それ、誤解だったから、ストップよ、ストーップ」
エレノア嬢がすかさずピートの腰にタックルをして止めてくれなければ頭に大きなこぶを作るはめに陥っていたかもしれない。なかなかに機敏な動きだった。これなら確かに魔法もひらりと避けれるのかもしれない。先程の謎の│踊り《ダンス》を思い出した。そんな場違いなことを私が考えているともしらず、エレノア嬢はこの場を納めようと必死に頑張っていた。
「誤解? 誤解って本当になにもされてねぇんですかい?」
「うん、うん。ねぇんです。ねぇんです。
えっと、みんなも心配してきてくれたんだと思うんだけどごめんなさい。
わたしの勘違いでした。だから、もう解散よ。自分たちの仕事に戻ってちょうだい」
手を叩き、解散の宣言をする。
するとどうだろう、みな、言いたいことがありそうな表情ながら、皆、エレノア嬢に従いおとなしく部屋を出ていくではないか。
その従順さは、とりもなおさず使用人たちがエレノア嬢のことを屋敷の奥様と認めているからに他ならない。わずかに半月に満たないこの時期に、である。それは感心すべきことなのだろう。
彼女にはなにか人を魅了する天賦の才があるのだろうか
みんなを見送る、というか強引に離れから押し出そうとしているエレノア嬢の後ろ姿を見ながらそう思った。
2023/02/11 初稿




