闖入者
「移植魔法を阻害しているのは患者の回復力によって作られた新しい皮膚なんだ。だから、それを切除すれば良いってことだよ」
移植するためにあえて患者の患部を切除する。そして、その新しい断面に改めて移植術式を展開すれば良い。なんで今までそんな簡単な方法に気づかなかったのか不思議だった。
「なるほど、その発想はありませんでした。でも、確かにシンプルですが効果的な方法に思われます。良く思いつかれましたね」
クラリスも驚きながらもその効果を即座に理解してくれた。
「まあ、ちょっとした切っ掛けかあったのさ」
それがエレノア嬢のリンゴの皮剥きであるとはこの際伏せておいた。
「それで移植はいつ行いますか?」
「今すぐやろう」
「今すぐ、ですか?」
「そうだ。善は急げというだろう」
「……分かりました。では、すぐに準備します」
クラリスの反応が少し微妙だったが、了解をしてくれたからそれで良しとした。
屋敷の離れの地下の一室。
部屋の中央に設置された台の上にはモーリス少年が寝かされていた。
そのすぐ横には、同じ背格好の子供。こちらは死後数日が経っていた。防腐の魔法術式がかけられているため、死んだままの姿を維持している献体である。
部屋には自分の他にクラリスがいた。
いつもならゼファードが術式を執り行うのだが、自分にはできないため、代わりにクラリスが実施することになっていた。
「『清浄』の術式展開」
クラリスが手に持ったマギアプレートに魔力を込めた。
魔法の修行をしたものならばプレートが薄く光って見えるはずだ。実際、ゼファードの時は見ることができたが、ゼノである今はまるで見えない。見えないが、効果は出ているのだろう。『清浄』がかけられた場所では人に害毒をあたえるものが除去される。食べ物なども腐らなくなるのだ。
「あの、ゼノ様……」
クラリスがなにか言いたそうにこちらに顔を向けてきた。
さて、移植術式の段取りはこれから献体から必要部位の切除、患者の患部の切除、切除部の活性化、接合と工程を経ていくのだが、その内もっとも繊細で神経を使うところが献体と患者の切除であった。
接合断面が平面、例えるなら穏やかな日の鏡のような湖面のような状態であるのことが望ましい。接合部の断面が滑らかであれば術後の経過が良好になる。
「練習がしたい?」
クラリスが言うには本番に当たる前に1度、切除、つまり、手足の切断を練習しておきたいと言ってきた。
なるほど、今まで手足の切断はゼファードがやっているからクラリスは初めてなのだ。神経質になるのは分からなくもなかった。
とは言え……
とは言え、である。ほいほい練習できる行為でもない。困った……。
横たわるモーリス少年と献体へ目を向けた。特に献体に思いを馳せる。輝かしい将来を不意に絶たれてしまった、かって少年であったもの。それは死してなお生者の為に文字通りその身を犠牲にしようとする尊敬すべき存在なのだ。そんな存在を悪戯に切り刻むのは気が引けるが、それでモリース少年への手術の成功率があがるのであれば彼も許してはくれるだろう。心の中で彼に謝罪をして、決断する。
「1度、使わない手足の反対側で練習してみようか」
クラリスは別のプレートを手にとった。切断のマギアプレートだ。本来魔法を自在に操れるイルシャーリアンにはマギアプレートなど必要ない。かの種族は左手で魔力を集め、右手で集めた魔力を編み上げ魔法術式を自在に生み出せるのだ。しかし、クラリスにはその魔法を編み上げるべき右手を欠いていた。彼女の右手は魔法で移植したオールディオンのものだ。故に彼女はイルシャーリアンでありながらマギアプレートの助けがなければ魔法を使えない。それでも、周囲から魔法を集めることはできるし、魔法を視認することもできる分、素人、すなわちゼノである自分よりもずっと魔法を扱いのには適しているのだ。
おそらく彼女の目には今、手にしているマギアプレートから赤い色の円盤状のものが出てきているのが見えているのだろう。
クラリスはマギアプレートの少し上のとこに手をやり何かをつまむような仕草をした。いや、実際にプレートから出力された魔法を手に取ったのだ。ただ、それを自分は見ることができないだけだ。クラリスはゆっくりと手を振り上げ、そして降ろした。
ざっくりと検体の左腕がひじの少し上のところで切断された。何の抵抗もない。血も出なかった。すでに心臓が動いていないこともあるのだろうけれど、この切除の術式には止血の術も織り込まれているのだ。魔法は正常に作動しているのがそれで分かった。
切断面を確認してみる。ゼノであってもそれぐらいはできることがなんとなく救いだった。
「大丈夫。良好な切断面だ。これなら移植に問題はない」
クラリスは黙ってうなづくと、いよいよ本番に取り掛かる。慎重に献体の手と足の切断面に印を付け、再びプレートに魔力を注入する。そして、先の要領でざくり、ざくりと手足を切断した。その姿が先程の厨房で見た大根を切るエレノア嬢に重なって見えた。我ながら不謹慎極まりない……と反省した。
■■■
移植手術は思ったよりも簡単に終了した。あっけなく、と言っても良かった。
できてしまった再生中の薄皮を剥いでしまえば、あれほど苦しめられた拒絶反応をまるで起こすことなく手足はあっさりくっついた。
「なんだろう。世界中を驚かすに足る術式が生み出されたのに、あまりにあっけなく過ぎて実感が湧いて来ないな」
「まだ、安心はできないと思います。見た目は繋がりましたがちゃんと動かさせるようになるのかはこれからだと思います」
冷静な言葉に、熱を冷まされた。
いや、確かにクラリスが指摘する通りだ。事後経過、リハビリテーションの結果を見なくては判断はできない。それなのになにを有頂天になっているのだろう。
「ああ、そうだ。君の言う通りだ。私としたことがいささか舞い上がってしまっていたよ」
なんとも気まずい事になった。
「済まない。少し上の方で調べものをしておく、今日の術式の記録もしておきたいしね」
嘘だった。気まずさを誤魔化すため一旦この場を逃げ出したい。それだけだった。
取り合えず逃げるように1階に上がり、そのまま外へ出た。火照った頬を風に当てて冷ましたかったからだ。
考えてみれば、さっきの術式にしても自分はただぼうっとクラリスのやることを見ていただけだった。なんの役にも立っていないではないか。それなのにまるで自分が世界を驚かす発明をしたんだと、いい気になって舞い上がっていた。まるで子供だ!
いや、栄誉だ、成功だなどよりも、まずはモーリス少年の容態を心配すべきであろう。自分の器の小ささが情けなかった。
「ああ、くそぅ!!」
思わず大声が出た。
今は誰にも会いたくない気分だった。
防風用に離れの回りの雑木林へ踏み入る。ここならば誰にも会うことなくゆっくり頭を冷やすことできるだろう。
「ふぅ……」
どれだけ経っただろうか。
1人雑木林の中をうろうろ歩いているうちにようやく落ち着くことができたので、そろそろ戻ってクラリスを手伝うことにした。
「ん?」
中に入ってすぐに妙な違和感を感じた。離れを出た時と今では何かが違って感じられた。雰囲気というか空気というか。それになにやら下の方が騒がしかった。もしかしたら、なにかトラブルでも発生したのだろうか?
とにかく急いで地下へつながるドアへ向かい、開けた。
えっ?!
「あがって、あがって、早く、早く、早く!」
声が聞こえた。
少女が階段を駆け上ってくるのが見えた。
エッダだ。
「このおー!」
と、エッダの背後からエレノア嬢が現れ、突っ込んできた。
ぐはぁ……
体当たり……などという生易しいものではない。実のところ当たりはむにゅ、という感触だった。エレノア嬢の柔らかい胸のお陰で衝撃は大したことはなかったのだが、その直後、彼女はそのまま体を乗せてきた。その滑らかな体重移動が素晴らしい。背筋が軋み、背骨が折れるかと思う激痛。渾身の浴びせ倒しに耐えられず、そのまま転倒する。
一体、一体何が起こったのだぁ~!!
2023/01/21 初稿




