厨房にて
「子供の死体が手に入った?」
それは、かぼちゃスープ事件の数日後の事だった。クラリスから報告を受けた。
「とはいえ、今となってはどうにもならないな」
移植術式は切断後、すぐに実施しないといけない。切断した部分がある程度回復をし始めるとうまくつかなくなるからだ。そのタイムリミットは1日か2日というところだ。
「もう少しタイミングが早ければよかったのだが、残念だ」
「そうですね」
「一度、私は部屋に戻るよ」
「今夜の星辰の儀式はどうしますか?」
クラリスの問いに、そんな時期なのかと少し驚いた。星辰の儀式とは、空から降ってくる魔力を集めるための儀式のことだ。月や星の位置がある決められた位置に来た時、空から大量の魔力が降ってくることがある、その魔力を夜を徹して集める。それが星辰の儀式だった。マギアプレートを扱うにも魔法研究を行うにも魔力はあればあるほどありがたい。なので魔法使いにとって星辰の夜は忘れてはならない最重要日であった。その最重要日が頭からすっかり抜け落ちていることに少しショックをうけた。ゼファードであったのならいざ知らず、ゼルヴォスであれば絶対に失念はしない日だ。
「ああ、もしかしてそんな時期なのか」
と、内心の動揺を隠しながらクラリスの問いかける。愚問だ。そんな時期だから聞いて来たのだ。ゼルヴォスであれば、クラリスとともに星辰の儀式をとりおこなうのが慣例だ。ゼファードならば聞くこともない。ゼファードでは儀式の手助けなどできないからだ。
ではゼノはどうなのだろう。
正直自分でもゼノが星辰の儀式で役に立てるかどうか分からなかった。
いや、自分を誤魔化すべきではないな
「申し訳ないが、クラリスに任せてよいかな」
魔力を感じることもできない者に星辰の儀式は務まらない。いても邪魔にしかならないだろう。
なので、クラリスに任せることにした。もともと自分がゼファードの時はクラリス一人に任せていた。だから引け目を感じる必要もないのだ。それなのになぜかクラリスに顔を向けることが憚られた。そのまま、逃げるように離れを後にした。
■■■
ゼノとはいったいどういう存在なのだろう。
本館の廊下を歩きながら思う。
ゼルヴォスは感情の起伏が乏しく、人間関係というものを根本的に理解できない。それでいて、魔導に関しては天性の才を発揮する。一方、ゼファードは有り余る体力と人間離れした膂力を備えているが、感情の赴くままに短絡的に行動する狂戦士。そういう意味では、彼もまた人間関係を構築できない存在だった。ではゼノはどうだろうか。一見、普通の人間と変わらなく見えるが、秀でた知力も抜群の体力もない。実に中途半端な存在であった。
苦しい
正直、苦しかった。
ゼノという存在はやはり呪いだ
確信できた。
なんというのだろう、ゼファードやゼルヴォスである時よりも苦しい。彼らである時は存在が呪いであったが、その自覚というか痛みは希薄だった。それに対してゼノはじりじりするような焦燥感に常にさいなまれていた。
呪いは成長するのだろうか
そんな疑問が頭を掠めた。
成長し、より自分を苦しめようとしている、そんな嫌な考えが頭をよぎった。
「そそ、落ち着いて、ゆっくりやりなさい」
声がした。
廊下の先のドアが少し開いている。中を覗いてみるとエミリア嬢と金髪の少女がいた。
少女の方はこの間、かぼちゃのスープを持ってきてくれた子だ。たしか、名前はミルダと言っていた。
ミルダは包丁を使って白っぽいなにかを剝いていた。
「あっ」
ミルダの小さな声。と、彼女の手からそれはぽとりと床に置いていた桶へと落ちた。
「あら、残念。もう少しで記録更新だったのにね」
エレノア嬢は桶から落ちたそれを拾いあげると言った。
「でも、だんだんうまくなっているから。頑張れ」
エレノア嬢はにっこり微笑むとミルダの頭を撫でた。そして、立ち上がろうとした時、こちらに気がついた。
「あら、ゼノさん、じゃないですか。なにか御用ですか?」
「あ、いえ。ただ、声が聞こえてきたので何をしているのかなと気になって覗いたのです」
「あは、見物するようなもんじゃないですよ。大根を薄く、長く剥かせてただけです。包丁の使い方の練習を兼ねてね」
「な、なるほど……」
「うん? なにかご不満です?」
曖昧な返事をしてしまったのでそれを不満と捉えられてしまった。もちろんそんなつもりはなかった。ただ、意外過ぎて戸惑っただけだ。
「そうですぜ。大体、伯爵家の奥様が厨房に入り浸ってるっておかしいでしょう」
どう釈明しようと考えているところへピートの横やりが入った。
「小姑に監視されているようでやりにくいったらありゃしない」
「なによぉ、2人してそんないいかたしなくてもいいじゃない。
人手がなくてあんたが苦労していると思って、手伝いにきてるんじゃないのよ」
エレノア嬢は唇をすこしとがらせ、すねたように反論してきた。いつのまにか自分も彼女を非難したことになってしまっている。なんだか理不尽である。弁明しようと口を開いたが、じゃあ、ちゃんと手伝ってくださいよ、というピートの言葉にまた邪魔された。
「へいへい、分かったわよ。ちゃんとお手伝いさせてもらいますわ」
エレノア嬢はそう言うと、大根の皮を慣れた手つきで剥き始めた。それはたどたどしいミルダのものとは違い、厚みも幅も一枚の布のように見事に剝かれていく。それに見とれて、ついに弁明の機会を失ってしまった。
まあ、いいか
今さら、何か言うのも妙な顔をされるだけだろうと思い、黙って厨房を後にする。
部屋に戻りながら、やはり変わった女性だな、と思った。あの慣れた包丁さばきはかなりの腕前なのだろう。だが、エレノア嬢は下町そだちの平民ではなく、弱小とはいえれっきとした爵位の家柄のお嬢様なのだ。一体全体、どこであのような技術を身につけたのだろう。
そう言えば、リンゴの皮を剥くも手慣れていた。薄皮一枚を見事に剥いていたように思う。
黒くくすんだリンゴの表面をナイフで撫でるだけで白く輝く表面に戻った。それはまるで手品のようだった。
「あれ?」
なにか心に引っ掛かる物があった。
エレノア嬢? いや、違う
ナイフ、包丁? 包丁の練習 いや、違う
リンゴの皮剥き それ、それだ
なんでいままでこんな簡単なことに気付かなかったのか、不思議だった。
踵を返すと、離れに戻る。
「クラリス! クラリス!」
離れに到着すると大声でクラリスを呼ぶ。反応はなかった。おそらくは3階で今夜の準備でもしているのだろう。
階段を駆け上がる。居た。
「クラリス!!」
私の声に何事かと振り返る彼女へ早口で話しかける。
「すぐに移植魔法の準備をしてくれ」
「移植魔法ですか? 急患ですか?」
「いや、ちがう。モーリスの移植魔法だよ」
「モーリス? いえ、でも彼への移植魔法はすでに時間切れですが……」
「いや、方法をみつけたんだ。移植魔法の時間問題を解決するナイスなアイデアを思いついたんだよ」
あまりの喜びに、私は思わずクラリスの両手を握るとダンスを踊り始める。
「え、ちょ、ちょっと、ゼノ、ちょっと待ってください。一体何が……」
さすがのクラリスも面食らったように驚きを声を上げた。しかし、そんなことお構いなしに私はくるくるとダンスを踊るのだった。
2023/01/14 初稿
2024/03/20 少年の名前修正しました




