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利害の一致

 目の前に半分に切られたカボチャが置かれていた。中はくりぬかれスープが入っていた。

 恐る恐るスプーンで一口飲んでみる。

 甘くて濃厚なカボチャの甘味が口中にじんわりと広がっていく。具はカボチャの身をサイコロ状に切ったものと鶏肉だった。

 どちらも旨かった。


「この料理を味付けしたのはピートとか言う人なのかい?」


 デザートを持ってきた女の子に聞いてみた。


「いいえ、奥様です」

 

 驚いた。料理をすると言っていたが、料理の手配をするのではなく文字通り料理を作るとは思いもよらなかった。


「じゃあ、このカボチャの皮をそのまま器にしてしまうのもエレノア様の発案なのかい?」

「はい! そうなんです。人手がなくて器を準備できないって困っていたら、奥様がカボチャを半分に切って器にすれば洗い物をしなくても器が用意出来ると。本当に私、びっくりしてしまいました」


 綺麗な金髪を振り振り、その少女はいかに奥様がすごいかを熱烈に教えてくれた。


「こら、ミルダ。遊んでないで早く配膳しなさい」


 話の主てあったエレノア嬢本人が現れた。


「はひ! 申し訳ありません」


 ミルダと呼ばれた少女は慌てて、運んでいたサラダの皿を配って回り始めた。自分の前にも置かれた。レタスとアスパラ、それとリンゴの取り合わせのようだ。


「あら! ちょっと待って」


 早速一口呼ばれようとしたのを止められた。


「ああ! もう、ミルダ。ダメじゃない。あなたたち、このリンゴを塩水に浸けるの忘れたでしょう」


 ミルダが子犬のようにちょこちょこと駆け足で戻ってきた。エレノア嬢は意味ありげにサラダを指さすがミルダにはなんの事なのか分からないようで、仕切りにサラダとエレノア嬢の顔を見比べる。

 自分もサラダを見てみたがなにが問題なのか分からない。


「ほら、良くご覧なさい。リンゴが黒ずんでるじゃないの」


 確かにリンゴの表面が黒ずんで見えた。 


「いえ、でも、奥様。リンゴは切って暫くするとみんなこうなります」


 ミルダはおずおずと反論した。 

 

 そうだ、切ったリンゴを放って置くと黒くなる。そんなのは当たり前の事だ。それにクレームをつけるのは少し無体ではないか、と確かに思う。


「だから、切った後にリンゴを塩水とか砂糖水に浸ければ黒くならないって教えたでしょ。

他のを見てごらんなさい。切った時のと同じ色で、変色していないでしょ」


 確かに他のサラダに載っかっているリンゴは白いままだった。


 塩水に浸けると黒くならないのか

 初めて知った


 妙なことを知っているものだと、感心もした。


「まあ、いいですよ。色目が違うぐらい。味は違わないでしょう」


 エレノア嬢に叱られて、うなだれているミルダが可哀想になったので助け舟を出すことにした。


「いいえ、ダメです。料理は見た目も半分なのですから、黒くなったリンゴを食べても美味しいって思えないでしょう」


 料理にすごいこだわりがあるのだろうか。

 言っている事は分かるが、なにもそれほどこだわらなくても、と思わなくもなかった。

 だからだろう。こっちも少しむきになった。


「大丈夫ですよ。死にはしません」

「そりゃ、こんなことで死にはしませんよ。

わたしはそんなことで言っているんじゃありませんから。

ちょっと待っていてください。すぐ取り替えます」

「ああ、いいですよそんなムダなことに時間を使わなくても」

「ムダ……?」


 なにかまずいことを言ったのだろうか、エレノア嬢の表情が一瞬強張るのが見てとれた。だが、ムダなものはムダだ。


「食べてしまえば色合いなんて関係ないでしょう。腹が満ちればそれで食べ物として用は足りるでしょう」


 エレノア嬢は少し目を見開く。また、気に障ることを言ってしまったのか、と少しどきりとしたが、彼女は軽く首を横に振ると小さなため息をついた。


「そりゃそうなんだけどね。

そうかぁ、ゼノさんはそういう人タイプの人なのね。

ま、分かりました。  

でも、本日の料理長(シェフ)としては、これを食べさせる訳にはいかない。

だから……」


 エレノア嬢はそう言いながらリンゴを拾いあげた。いつの間にか片手にはナイフが握られていて、驚いた。一瞬刺されるのかと身構えたが、彼女は器用な手つきでリンゴの表面を一皮剥いた。


「はい、これで元に戻った」


 綺麗になったリンゴを皿に戻す。


「早めに食べてくださいね。でないとまた、黒くなっちゃいますよ。そしたらまた剥きに来ますからね」


 エレノア嬢は一瞬周囲へ目を配ると剥いたばかりのリンゴの皮を口に放りこんだ。

 

「あら、見られた?

ふふ、はしたなくてごめん遊ばせ。

でも、食べ物を粗末にするのは主義に反するので、この件はご内密に」 


 さすがにその行為に驚き見入っていたら、目が合った。おそらく私の目は普段より1割ぐらい広がっていたろうから、少し引いてしまったと感づかれたことだろう。

 しかるに、エレノア嬢はにっこりと微笑み返してきた。まるでそんなのは慣れっこだ、と言わんばかりだった。

 

「ああ、それからさっきのこと」


 と、エレノア嬢は言った。

 

「さっきのこと?」

料理人(コック)を代えてくれってことです。

味方をしていただけてありがとうございます。

長年勤めていたコックを頸にして、その上、どこの馬の骨か分からない怪しげな男を雇えって、結構無茶な話だと思ってました」


 その発言を聞いて、スープを吹き出しそうになった。慌ててハンカチで口を押さえる。


「げほっ、げほ。

……自覚はあったのですね」

「あはは、いや、まさか全面的に認められるとは思わなかったのよ。

でも、認めてくれたと言うことはわたしを全面的に信用してくれた。つまり、そう言うことなんですよね?」

「いえ、全面的と言うのは少し大袈裟です。せいぜい半分と言うところです」

「あれ? 意外と信用度低い。

じゃぁ、なんでジモンスを解雇するだけではなくピートを雇うことまで了解してくれたの?」

「ピートさんを雇うことにしたのはあなたをいつまでも厨房に立たせる訳にはいかないからです。

ジモンスを解雇したのは……まあ、それはこちらにそれなりの事情があったからです。

なんと言うかたまたま利害の一致が見られた、からですかね」

「……なんか信用度50%と言うのも怪しい感じね」

「いえ、もしもジモンスを解雇することを拒否したら、あなたは解雇するまでずっと厨房に立つつもりだったと確信してました」

「そっちの信用度かあ」


 エレノア嬢は空を見上げて嘆息する。たが、すぐに、ま、良いかと呟き、勝手に立ち直る。昔もらった東方のお土産を思い出す。それにそっくりだ。『起き上がりこぼし』とか言っただろうか。

 愉快なような呆れると言うか、とにかくなにか興味が湧いてきた。

 だから、聞いた。


「もしも、ジモンスの事もピートさんの事も拒否されたらどうするつもりでしたか?」

「認めてもらうまで粘るつもりでした。

それこそ、推察どおり毎日厨房に立つのも辞さないわ」

「覚悟は良しですが、無計画(ノープラン)すぎですね」

「大丈夫。根気はある方だから」

 

 ああ、この人はやはり『起き上がりこぼし』だ。と、思った。倒そうとしても、指を放すとぐらんぐらんとあちらこちらに揺れながら最後には元のように立ち直るのだ。


「『起き上がりこぼし』ですか」

「はい? なんです、その『起き上がりナンチャラ』って」

「まあ、嫌いではない、と言う意味です」

「うー、もやっとするけど……

まあ、今回は誉められたってことにしときます」

「そうしておいてください」

「うん。そうするわ。

これからも利害が一致することを希望するわ」

「……そう、願いたいですね」


 エレノア嬢はそう言うと一礼して去っていく。その後ろ姿を複雑な気持ちで見送った

 なんと言うか、今まで会ったのことのないタイプだと思った。だが、それだけ……ただ、それだけだと思う。

 なにかもやっとした気持ちではあったが、目の前のスープを早めにやっつけるの事にした。


2023/01/07 初稿

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