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クラリス

 クラリスの報告に色めきたった。

 子供の被害者がいるかどうかの情報はない。が、乗り合い馬車での事故ならば可能性は高い。これが最後のチャンスであろう。


「時間もないから自分が直接見てくる」


 そう宣言すると意外にもヘンドリックが異論を唱えてきた。


「お待ちください。エレノア様はどうするのですか?」

「エレノア? 彼女をどうするのか、とはどういうことだい」

「偽装といえ結婚式を挙げた女性をいきなり放置されるのか、と申しております」


 いつもは余計なことは言わず、それでいて黙々と行き届いた配慮をしてくれるヘンドリックが異論を唱えとは珍しかった。しかも、その内容がエレノア嬢のこととは驚きだ。

 よほどエレノアという女性が気にかかるようだ。確かに綺麗な女性ではあるが、中央の社交界の美女、淑女たちと見比べる目を見張るほどでもない。忌憚なく判定するのなら、中の上か、上の下ぐらいだ。


「エレノア様は、見知らぬ土地にお一人で参ったのです。心細い限りと思うのです。その上、実は偽装結婚であったと知らされたとなれば、今はどのようなお気持ちでしょうか?

そう考えれば彼女への配慮をしてしかるべきかと思うのです」


 そんな私の思いを知らずにヘンドリックはなおも熱弁をふるってきた。やや気圧されぎみにたじたじとなりながらも取り敢えず言い訳をする。


「私は格別彼女に気を使うつもりはないよ。しかし、今は帝国の重大時期だから一人の女性に関わりあっている時間はないよ」

「お言葉ですが町への視察は帝国の重大事案に関わりのあることなのでしょうか」

「勿論違うよ。でもね、ヘンドリック。

君は一人の人の将来と退屈している女性のご機嫌とりを天秤にかけろといっているのかい?

どちらを優先すべきかなんて子供でも分かることだろう」

「そうかもしれませんが、しかし……」


 ヘンドリックは口ごもる。それでもまだ、納得できない顔をしていた。しかしこちらも時間が惜しい。


「では、行ってくる。屋敷のことは任せたよ」


 強引に話を打ち切ると、クラリスを連れて馬車に乗り出発することにした。


■■■


「全くヘンドリックの奴め。出掛けに余計なことは言う」


 馬車に揺られる中、考えが口から漏れ出てしまった。


「ゼノ様に期待されているところがあるのでしょう」


 独り言だったが、真向かいに座っていたクラリスが反応を返してきた。

 ヘンドリックに続いてクラリスの反応もいつもと違うことに少々驚いた。クラリスはヘンドリック以上に余計なことを喋らない。時には必要なことすら喋らないタイプなのだ。それゆえ、こちらは興味が出てきた。まあ、町につくまでは暇をもて余してもいたから、つい話を向けてしまった。


「期待? なにを期待していると?」

「ゼルヴォス様やゼファード様には望めないことです。一言で言うのなら会話でしょうか」


 会話……?


「意味が分からないな。会話なら彼らの時でも普通にできていたろう。

まあ、ゼファードは会話にならないことも多かったかも知れないが、ゼルヴォスは普通にできていたと思う」

「会話とは単なる言葉のやり取りではなく、感情の共有なのです。ゼルヴォス様にそれができていたかというと甚だ疑問です。

少なくとも、ゼルヴォス様でしたら今のような愚痴は言いません。今頃はヘンドリックとそんな会話をしたことすら忘れてしまっているでしょう」

「そんなものなのか……」


 自分のことながらぴんとこなかった。


「そんなものです。

自ら視察に行かれるという選択自体ゼルヴォス様ならしなかったでしょう」

「いや、そんなことはないだろう。事の重大性や優先度を考えればやはり視察したと思うぞ」

「そうでしょうか」


 クラリスはそう言ったきり黙ってしまった。

 なにか思うことがあるのだろう。次に補足の言葉が出てくることを期待したが、またいつもの無口の虫が戻ってきたらしく、そのまま黙ると窓の外へと視線を移してしまった。

 会話の接ぎ穂を失ってしまったのは残念だった、こうなるとどんなに水を向けても生返事しか返ってこないだろう。

 仕方なしに自分も窓の外へと目を向けた。

 外は、荒涼とした草原は影を潜め、建物が少しずつ目立ってきていた。

 町が近い。

 頭の思考を事故へ切り替えた。



 事故は乗り合い馬車に酔っぱらいが操作していた私用の一人乗り馬車が突っ込んだのが原因だった。御者台に乗っていた若い男は死亡。乗り合い馬車の客室(キャビン)も半壊と言う大事故だったが、幸いにも怪我人が出ただけだった。


 ……まあ、幸いと言うべきなのだろう……




□□□


「子供の死体がなくて残念でしたか?」


 帰りの道すがらクラリスが聞いてきた。無口の虫がまたどこかへ飛んでいったのだろうか。それとも落胆していたのに気がつかれた、と言うことだろうか。


 そうだ。落胆していたのだ。


「不謹慎な話であるけど、正直に言うとそうだね。でも、これで一人の少年が片足と片手を一生失うことになるのだから、そう思ってしまうのも仕方ないだろう」

「片手片足得たほうがよろしかったですか?

その場合、子供が一人死んだ、と言うことになりますが。

逆に、片手片足を引き換えに命が一つ失われなかったと考えれば落胆することもないのではないですか?」


 彼女の言葉は正しいと思う。それでももやる心の内が晴れるというわけでもない。


「いや、確かにそうなんだが……

そう考えてもみたんだがね。上手くいかないのだよ。少しの間はそれで納得した気持ちになるのだねど、暫くするとあの少年の顔が思い出されてね。また気に病んでしまうんだ。

かれこれ同じところも何度も回っている感じで心の中がもやもやしている」

「ゼルヴォス様ならそのような思いにならないでしょう。

行きにも言いましたが、あの方なら、視察をしようとしまいと死体が手に入る確率は変わらない、そんな暇があれば魔法の研究をした方が有益だと言うことでしょう」


 なるほど、それがゼルヴォスなら視察をしなかったと言う主張の根拠か、とようやく今、合点がいった。


 言われてみれば、確かにそうだ。

 片手片足を失う少年と生きている少年を天秤に掛ければ生きている少年の方が重い。


「手術のために人の死を願うこと自体がおかしい。つまり、私はそもそも考え違いをしていた、と言うことか。だとしたら私は最低だな」

「人は目の前に見えているものに引きずられるものです。良くも悪くもそれが人です。

ゼルヴォス様と比較をするような発言をしてますが、ゼノ様を非難しているわけではないです」

 

 では慰めてくれているのか?


 行きと同じように真向かいに座るクラリスを見つめた。しかし、彼女の白い仮面に阻まれ表情を読み取ることはできない。

 

 クラリス・マルドゥール


 マルドゥールの名を冠しているが血の繋がりはない。

 クラリスという名前自体私がつけたものだ。

 本名は分からない。

 辺境の地で家屋の下敷きなり死にかけていたのを拾った孤児(みなしご)だ。拾った時は顔と右手に酷い火傷を負っていた。

 地域の民族抗争に巻き込まれのだ。

 ほとんど炭化していた右手は結局切断しなくてはならなかった。

 丁度移植魔法の基礎が完成していたため、右手を移植した。幸いというか不幸と言うべきか、その時はかなり大きな抗争だったため移植の献体には事欠かなかった。

 実際助け出した家屋のすぐ近くに転がっていた男の子の右手を使ったのだ。

 実はクラリスは移植魔法の被験者第一号だった。そして、その時に彼女がイルシャーリアンの娘だと知った。当時、不安定であった術式が曲がりなりにも成功したのは彼女の、イルシャーリアン族特有の、魔法に対する高い適応力の影響が大きかったのだ。貴重なイルシャーリアンに出会えた幸運を喜びながら、自分の呪いを解くための役に立つだろうと、そのまま屋敷に引き取った。

 8年ほど前の話しだ。

 一番期待していたイルシャーリアンの王族の秘法については得ることはなかったが、当初の目論見どおりクラリスは魔法や解呪の研究に大いに役に立ってくれた。今ではゼルヴォスの魔法研究になくてはならない優秀な助手だった。


 では、クラリスは私のことをどう思っているのだろうか?


 ふとそんな疑問が心に浮かんだ。こんな気持ちが浮かぶことはゼルヴォスやゼファードの時にはなかった気がする。

 これが感情というものなのか、と戸惑う。

 

「どうかしましたか?」


 私の心のさざ波に気づいたようにクラリスが聞いてきた。


「あ?! いや、帰ったらすぐにモーリスの手術をしよう。これ以上遅らせると命に関わる」


 まるで心を見透かされたかようで少し動揺した。それがばれないように出来るだけ何気ない風を装いながら答える。


「良いご判断です。戻ったらすぐに準備します」


 ほんの微かに首を傾けるとクラリスはそう答えた。

2022/12/03 初稿

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