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呪い

 自分にかけられた呪いを解こうと思ったことはないのか? と、問われれば勿論あったと答える。いや、あると答えよう。現在進行形で今も継続中だ。

 離れの書庫には呪いに関する大量の文献が揃っているし、解呪のマギアプレートも実用、試作問わず無数に制作している。その努力を怠ったことは一時もない。

 さて、現代呪法理論では呪いは5種類の系統に分けられる。

 各系統はじゅかいと呼ばれている。

 すべてはこの5系統を組み合わせることで様々な効力を発揮する呪いを作り出す。

 それぞれの系統にはそれに対応する解呪の系統がある。

 それがじゅかい)だ。

 この5つを適切な順番で呪いにぶつけてやれば呪いは消える。これが現在の呪いの解呪の仕組みだ。

 呪いにはもう一つ古代呪法と呼ばれるものが存在する。魔力を紐のようにして編み上げ作る呪いだ。古代呪法には解呪の型は存在しない。しかし、被呪い者に合わせて複雑に魔力を編まなくてはならず膨大な手間と技術を必要とした。その上、せっかく作った呪いは意外と簡単に解除できるのだ。結び目をほどけば簡単に元の糸に戻せる編み物と同じで編んだ呪法の結び目をほどいてしまえばよい。労の割に簡単に解ける。故に古代呪法は今では使う者はいないと言っても過言ではなかった。

 翻って自分にかけられいる呪いのタイプを調べてみると、それは古代呪法であった。ならば簡単に解呪できようと思うかもしれない。だが出来ないのだ。古代呪法であるはずなのに我一族にかけられ呪いには結び目が見つからない。

 古代呪法では被呪い者に呪いを絡みつけるためには、呪いの魔法糸を結び固定するべき結び目が必ず必要なのだ。それなのにどんなに魔力探査(マジックスキャン)をしても結び目はみつからない。結び目が見つからなければ呪いを解くことができない。通常の呪いの理論を超越している。さすがはイルシャーリアンの王族の秘法と言うところだろうか。

 ぶっちゃければ、われらオールディオンの手には余る。ならばイルシャーリアンから術を解く方法を聞きだそうと努力もした。が、イルシャーリアンは大陸全土に散り散りになって絶滅寸前の種族た。10年近く探して見つけられたイルシャーリアンの数は200を越えない。その多いとは言えない証言者から得られた情報をまとめると、その手の秘法は王族のみにしか伝わらず、さらに口伝(くでん)によるものだと言うことだった。つまり、現代においてイルシャーリアン王族の秘法を知ることはもはや不可能と同義語だった。何故なら王族はみな覇権争いの時にほぼ誇り高く戦い死んでいたからだ。


「アプローチの仕方を変えるべきか」


 嫌になって読んでいたゼルヴォスが書き貯めた呪いの文献を放り投げた。

 が、すぐに冷静になった。


 とは言うものの……だ


 机の上に散らばった紙の束を眺める。

 それらに書かれた専門用語や記号の意味の半分も理解できない。これを同じ人間が書いたとは思えなかった。


 いや、きっと違うのだ 


 ゼルヴォス、ゼファード、ゼノは全くの別人なのだ。それがこの呪いの本質。底知れない恐ろしさだった。


「もう止めだ」


 要は魔法の天才であるゼルヴォスの知性をもってしても解けない呪いを、今の自分、すなわちゼノがどんなに違うアプローチを取ろうとも解呪などは不可能事のさらに不可能事でしかない。

 そんな無駄なことに時間を浪費するよりももっと成果の出ることに力を使う方が有意義だろう。

 では、今やれることはなんだろう、としばし考えた。


「クラリス、クラリス!」


 呼び鈴を鳴らし呼ぶと、彼女はすぐに姿を現した。


「モーリス少年の容態はどうだい?」

「良くはありません。昨夜から発熱して、足と手の指先には壊死の兆候が見られます。

早急に処置しないと命に関わります」


 処置とは壊死している手と足の切断のことだ。


「適合しそうな死体は確保できそう?」

「難しいです。見通しがたちません。ゼノ様、そろそろご決断の頃合いと思いますが……」

「ふむ」


 悩ましかった。足と肘の切断は既に決定事項であり、避けることはできない、だが、ゼルヴォスが得意の死霊術(ネクロマンシー)を応用して開発した接合術式を使えば、死体の手足を生きている人間に接合させることができる。

 だが、この接合術式には幾つかの制約もあった。一つは体格が似たようなものでなくてはいけない。多少のサイズ違いならば付けれなくはないが大人と子供ではやはり無理があった。そして、もう一つが切断した直後でなくては上手く繋げないというものだ。

 死体の方は防腐魔法をかけておけば良いのだが生きている方はそうはいかない。生者の治癒能力が接合部に悪さをするようだった。だから、切断後速やかに、少なくとも3日以内に、接合術式を施さなければいなかった。


「もう半日待とう。それで駄目なら切断手術だけを執り行う」


 それは、少年が永遠な片足と片手を失うことを意味していた。が、命を失うよりは良いだろう。

 

 本当にそうなのか?


 そんな自問も無くはなかった。が、それは、この少年の運命ということだ。誰にだって避けられない運命の一つ二つ抱えているものだ。それだけのことと無理やり黙殺する。


 とは言え、やれることはやろう


「すまないが、周辺の町の病院や葬儀場に問い合わせをもう一度してくれないか」


 そう、クラリスに依頼したが彼女はなかなか動こうとはしなかった。


「うん? どうした。なにか不満なのかい?」

「あたり頻繁にそのような問い合わせをするのはお止めになった方がよろしいかと思います」

「えっ? どうして」


 クラリスは小さくため息をつくと言った。


「伯爵家に悪い噂が立ちますゆえ」

「悪い噂だって? 一体どんな噂が立つというのだい?」

「伯爵は死体を集めて良からぬことをしている、とかです」


 少し驚きではあった。


「まさか! そんな噂がたつものか。移植のための献体を集めていることは病院関係の人たちはみんな理解しているだろう。

そんな噂が立つとは思えない」

「この領の者たちはそんな噂を立てません。

中央のような移植術式が普及し始めたところも問題ないでしょう。しかし、地方ではそのような噂が立っているのです」

「へえ、どんな噂だい?」

「それは……」


 そう言ったきりクラリスは黙りこんでしまった。口にしたくないようだ。


「まあ、噂は噂でしかない。したい奴にはさせておけば良い。だから、もう一度確認してみてくれ。少年の人生がかかっていることだからね」

「分かりました」


 クラリスは一礼をすると部屋を出ていった。



 それから1時間もしない内にクラリスは戻ってきた。

 隣町で乗り合い馬車の事故があって人が亡くなったとのことだった。

2022/11/19 初稿

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