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偽りの花嫁

 さて、ならば行くか!


 気は進まないがこうなっては行くしかないのだと自分に言い聞かせ、エレノア嬢の部屋へと向かった。

 部屋の扉を開けると女性が4人いた。

 1人はエレノア嬢、他の3人はレディースメイドだ。

 メイドの3人には顔見せの時に会っていたが顔と名前が一致するのはミランダだけだった。

 突然の乱入に4人は視線を私に向けたまま麻痺したように硬直していた。一番最初に麻痺から回復したのは、そのミランダだった。


「ゼノ様。いかがされました」

「済まないね、ミランダ。

少し、エレノア様とお二人で話をさせて貰いたいのだよ」


 私の言葉の意味を素早く察したミランダは残りのメイド達を引き連れて部屋を出ていった。

 部屋には私とミランダ嬢の二人きりになった。

 ミランダ嬢は、少し困惑した表情で私を見つめていた。慣れぬ環境で初対面の男と二人きりとなれば戸惑い、警戒するの当然だろう。


 取り敢えず、自己紹介をすべきだろう


「私は、当家の家令スチュワートを勤めるゼノと申すものです」


 スチュワートになったのはほんの数時間前なのだが、もう何十年も勤めています、という顔で自己紹介しておく。

 

「お初にお目にかかります。 

わたし、エレノア・ヴェルデンティーノ……」


 すると、エレノア嬢も微笑み、答えてきた。

 ゼファードの時は甲冑越しであったため、良く分からなかったが、なるほどヘンドリックが太陽のような、と喩えたのも頷ける。確か二十歳(はたち)に届いていないと聞いていた。


「いえ、先ほどの結婚式でマルドゥールになりました」


 エレノア嬢は少しはにかむように言い直した。

 その言葉を聞いて胸が少し痛む。

 

 この人は結婚したことを微塵も疑ってはいないのだ。それを今から訂正しなくてはならないのだ。気が重かった。

 

「はい、存じ上げております、奥様。

それで、その事について少しお話がございます」

「話ですか?」


 エレノア嬢は少し首を傾ける。

 その青い瞳がどこまでも高く澄みきった夏の空のように見えた。それは、彼女の純粋さを象徴しているのだろう。

 そんな彼女に結婚が嘘だった、と伝えるのは掛け値なしに忍びないことだった。

 だが、伝えないわけにはいかない。

 一度深呼吸をすると、出来る限り落ち着いた声で言った。


「今回のご婚礼の件です。

なんとも申し上げにくいのですが、今回のエレノア様とのご結婚ですが実は……その……本当ではないのです」


 沈黙が軽く一呼吸の間続いた。

 その後、エレノア嬢から発せられたのは、「はい?」だった。

 それから、さらに二呼吸ほどの間が開いてから、「あの、すみません。良く意味が分からないのですが……本当ではない、と言うのはどういう意味でしょう?」と言葉が続けられた。


「あ――」


 言い淀む。

 言葉が出てこない。

 が、いい加減覚悟を決める。

 

「つまりですね。今回の結婚は偽り、偽装結婚だと言うことです」


 早口で言い切った。


 エレノア嬢の体が微かに震えて硬直する。微動だにしない。それでいて、口だけがゆっくりと開いていくのが面白かった。


「ぎ、ぎ、偽装結婚!!」


 突然叫んだ。

 声が裏返ってる。

 これはかなり驚いたか。いや、驚いて当たり前なのだが……

 反転、エレノア嬢は私よりも早口でまくし立ててきた。


「それ、本気で言ってるのですか?!

一体、私がどんな思いでここに嫁いで来たのか、貴方、お分かりですか?!」


 正直に言うと、若い女性が結婚にどんな感情を抱いているのか良く分からなかった。が、それなりにショックなのだろうとは想像できた。だから、ここはひたすら謝るしかない。


「はい、この件については大変申し訳ないと思っております」

「申し訳ないで済む話ですか!」


 それでも彼女の怒りは収まらないようだ。

 このまま、怒りに任せた抗議を聞き続けることになるのだろうかと思うと、少しうんざりする。しかし、そんな本音はおくびにも出さす(こうべ)を垂れて傾聴します、という姿勢を崩さない。そんな私に向かいエレノア嬢は言葉を続けた。


「危うく、私はオリーブオイルをあんなところやこんなところに塗りたくられるところだったんですよ!!」


 なるほど、オリーブオイルを塗りたくられるというのはいただけない。しかも、あんなところやこんなところとなると由々しき事態だ。彼女が激怒するのも無理はない……


 言葉の意味を冷静に吟味するとちょっと意味が分からなかった。


 オリーブオイルを塗りたくられる?


 はて、なにゆえそんな話になっている?


 あんなところってのはどこだ?


 疑問が次々と湧いてきた。


「はっ? オリーブオイルを塗りたくられる?」


 顔を上げると思わず、聞き返してしまった。

 私の言葉にエレノア嬢ははっとするように口許に手をやった。そして、慌てて言い添えた。


「あっ、いえ、それはいいです。忘れてください」


 エレノア嬢の顔がみるみる赤く染まった。

 なんなんだろう、すごい気になった。特にあんなところが……


「いや、しかし……」

「その事はとりあえず置いておくとして!」


 もう一度聞こうとしたが、間髪を入れずにその事には触れるなオーラが発散され、口を閉じざる得なかった。

 逆にエレノア嬢は早口でまくし立ててきた。


「いいですか、謝られても、ハイそうですかってわけには参りませんよ。

女にとって結婚がどれ程意味があるものか分かっているのですか?

理由を説明してください。

なんでわたしなのか?

なんでこんなことをしたのか?

さあ! 納得できる説明を断固要求します!!」


 断固説明を要求されてしまった。

 とりあえずもう一度謝り、事情を説明する。

 反乱の事。それに対抗策として反抗作戦とそれに必要な部隊の配置。その為の偽装結婚についてを説明した。

 偽装結婚については事後、エレノア嬢の名前に傷がつかない配慮をしている点を強調しつつ出来る限り丁寧に説明を加えた。

 話せば話すほど彼女の瞳から光が失われ、顔色が白くなっていくのが気にはなったが、それでも話は理解してもらえているようだった。

 

 一通り話終えると内心でほっと息をついた。


 結構複雑な話なのだが混乱もなくちゃんと理解してもらえたのには少し驚く。予想以上に聡明な女性のようだ。


「それで、今後、わたしはどうすればよいのでしょう?」


 最後に拗ねたように言う様子は少し可愛らしくもあった。


 が、これは言わずにおくのが良いのだろう。

 今は事務的に話を進めるべきだ。そう判断すると、取り敢えず離れに近づくのは止めてもらうようにお願いをしおいた。後は自由にして構わないと伝えておく。


「それでは私は失礼します」


 話すことを話し、部屋を後にした。

 後ろ手でゆっくりとドアを閉める。

 エレノア嬢が思った以上に理性的で助かった、と本当に思った。


「ご用はお済みになりましたか?」


 突然、声を掛けられた。

 見るとミランダがいた。

 どうやら、話が終わるまで廊下に待機していたようだ。


「はい、終わりました」

「一体どのようなお話をされていたのですか?」


 なんと言おうか少し迷った。

 勿論、反乱の事を伝える気はない。

 この件は、知るものは少なければ少ない方がよいからだ。致命的な情報がどこから漏れるか分かったものではない。経験上、秘密を保持したければ秘密を知る者の数を減らすのがもっとも有効な手段だった。


「実は伯爵が急用で暫く屋敷を留守になったという話をしました」

「伯爵が?!」


 ミランダは目を見開き、驚く。


「新婦を残して屋敷を出ていった?

なんと言うことでしょう。それでは余りに奥様が可哀想ではありませんか」

「まあ、その点は良く良く説明をさせてもらったよ。納得はしていただいた。だから、君たちもこの件には触れないように心掛けてくれ」

「承知いたしました」


 ミランダは軽く一礼をすると部屋に戻ろうとした。


「あっ、ところで少し聞いて良いかな」


 ミランダを呼び止める。


「オリーブオイル」


 突然の単語に彼女は怪訝そうに眉をひそめる。


「ああ、えっと、女性はオリーブオイルを塗ったりするものなのかな?」

「はい?」


 ミランダの2つの眉がさらに角度を急にする。


「ほら、美容のためとかであんなところとかこんなところに塗る、みたいなことを……したりするのかな?」

「あ、あ――」


 合点がいったようにミランダは小さく頷いた。


 やはり、美容関連なのか


 ずっと気になっていたことに解答がもらえそうな雰囲気に少し嬉しくなった。しかし、続くミランダの答えは大いに期待はずれであった。


「そんなことあるわけありません。

肉料理じゃあるまいし」


 そうか、そうだよなぁ


 正直、がっかりした。

 なんとなく彼女の口角が上を向いているのように見えるのが気にはなったが……まあ、女性の考えることはやはり良く分からないものだ。

2022/11/12 初稿

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