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ゼノ

 目を覚ますと固いものに全身が包まれている感触があった。それで、甲冑の中だとしれた。自分のどうやら、結婚式の後、突然発作のようなものに襲われ気を失ってしまったようだ。


「ゼファード様、ゼファード様。

しっかりしてください。わたしの声が聞こえますか?」


 傍でクラリスの声が聞こえた。

 

「ああ、大丈夫だ。

私はどうしたというんだ?」


 上半身を起こす。


「分かりません。戻ってきたら突然苦しみ出して倒れてしまったのです。

そのうち死んだように動かなくなって……

本当に心配しました」


 ふむ、やはり予想通りだ。


「成る程。それは済まなかった。それで、私はどのくらい気を失っていたのだろう?」

「えっ?! そ、そうですね5分、いえ、多分、2、3分でしょうか。

あ、あの、ゼファード様……

あなたは本当にゼファード様ですか?」


 なにか妙なことを言われた。


「なにを言っている。私はゼファードだ」

「なにか声が違います。しゃべり方もゼファード様のものではありません。

かといってゼルヴォス様とも違うような……」

「なにを言っているんだ。私がゼファードでなくてなんだと……」


 そこまで言って、言葉を切った。確かにこれはゼファードの思考ではない気がした。

 無尽蔵の体力と無双の怪力を誇るバーサーカーであるゼファード。だが、その反面知力は著しく低かった。頭の中に薄い(もや)がかかったようになり、物事の繋がりが不明確になり、言葉が出てこない。それがゼファードの頭の中なのだが、今はどうも違う。晴れ渡った空のように全てをはっきり見通せて、言葉も湧き水のように自然に溢れ出てきた。


 確かにこれはおかしい


 兜を外して手近の鏡を見た。

 そこには長髪で細面な見慣れぬ青年が映っていた。それは、年老いたネクロマンサーでもなければ、狂気を帯びたバーサーカーの顔でもない普通、至って普通の男の顔だった。


「誰だ、これは?」


 思わず声が漏れた。

 頬や鼻、耳元などをペタペタと触り、それが本物であることを確認する。


「どういうことだ。天球盤を持ってきてくれ」


 クラリスから天球盤を受け取り確認するが、やはり天球盤の指示はバーサーカーを指し示している。少なくともあと一月はバーサーカーの姿のままのはずなのだ。それから、再び、ネクロマンサー、つまりゼルヴォスの姿になる、筈なのだ。それがゼファードでもゼルヴォスでもない第三の姿になってしまっていた。

 

「やはり、ゼファードの筈なんだが……」

「力が強いが知力が低いバーサーカータイプのゼファード様と体力はないが知力に秀でたネクロマンサータイプのゼルヴォス様。

そのどちからに交互に変身しておられましたが、今の姿はその丁度中間のように見受けられますね。

察するにそれが本来の旦那様の姿なのではないでしようか?」

「私の本当の姿だって? そんな馬鹿な。呪いが解けたというのか? でも、なんで、急にそんなことに」

「分かりません。

しかし、この呪いを解くにはイルシャーリアンの王族、それもハイローズの血筋の力が必須です。

ですから、呪いが解けたのではなく、わたしたちの知らないなんらかの日月星辰(じつげつせいしん)の影響でゼルヴォス様、ゼファード様とは違う第三の形態が現れた可能性が高いです」


 偶発的要因。天球盤には出てこない私たちの知らない要素が生み出したということか。

 天球盤の構造と呪いの基本理論を思い出そうとしたがどうしても思い出せなかった。


 ゼルヴォスならば息をするぐらい造作のないことなのに……


 やはり、この姿の知力はゼルヴォスよりも劣っているようだった。


「さて、今後の身の振り方をどういたしますか?」


 クラリスが聞いてきた。


「身の振り方?」

「今のお姿をどう扱うかです。ゼルヴォス様、ゼファード様とご同様の扱いとされますか?」


 今一つ、クラリスの言っている意味が分かりかねた。それを察したのか、すぐに補足をしてくれた。


「ゼファード、ゼルヴォス形態と同じように伯爵家当主として扱うかどうかです。

今のその姿の本性が分からないことから、少し様子を見た方が良いかとわたしは思うのです。

例えば突然正気を失い暴れだすかもしれません。そうなった時に伯爵様のご身分では家に傷かついたり、思わぬ責任問題に発展しかねます。なので、当面は別の人物に成りすまして、そのお姿の特性を観察されるのが良いかと思います」


 確かにクラリスの主張にも一理あった。見た目は普通に見えるが確かにどんな行動をするのか自分にも分からないことがあるのがこの呪いの恐ろしいところだった。私の父親が錯乱して愛する母を殺してしまったようなことが起きないとどうして言えよう。

 少し考えた結果、屋敷の要になる執事バトラーのヘンドリックと家政婦ハウスキーバーのアメリアには本当のことを打ち明けることにした。




「さて、それでは旦那様にはどのような立ち位置となっていただくのが良いのでしょうか」


 アメリアの言葉にヘンドリックが答える。


家令スチュワートということでよろしいでしょう。私たちの上司ということでよいと思います」

「なるほど。それでお名前は?」


 アメリアとヘンドリック、そしてクラリスが私の方へ目を向けた。そういえば、名前を決めていなかった。


「ぞうだね。ゼノでいいんじゃないのかな」


 伯爵家当主の名前はゼの音から始まるのがしきたりだった。だからゼは確定。ノはふっと頭に浮かんできたからだ。うむ、我ながらかなり適当に決めた名前だ。


「分かりました。ではゼノ様、取り急ぎ、使用人たちに顔みせと、就任のあいさつをお願いいたします」

「え、就任の挨拶? そんなものをしないといけないのか?」


 セドリックの提案に驚く。全くの不意打ちだった。


「勿論でございます。あなたは私たちの上になるわけです。すなわち、名実ともにこの家の長なわけですから、それを屋敷に勤めるすべての者に伝える必要がございます」

「いや、しかし、今日でなくても……」

「いいえ、こういうことは最初が肝心でございます」


 ためらう私にヘンドリックはすました顔で答えた。

 助けてもらおうとアメリアの方を向いたが、こちらもにこやかな笑顔で小さく何度も頷いている。これは避けるわけにはいかない、ということのようだった。




「あー。、突然なことで戸惑っているものをいるかもしれない」


 食堂に屋敷全部の使用人が集められていた。彼らを前に、私は就任の言葉を紡ぐ。

 なにを語ればいいのやら、と思いまどいながらも頭の半分では、こんなにたくさんの人間が働いていたのかと少し驚いた。

 ゼファードやゼルヴォスの時は離れに引きこもり、クラリスやヘンドリック、アメリアにしか接点がなかったため、使用人たちの名前を顔が一致しない。一致するのは辛うじてコックのジモンズぐらいだろうか。

 それほど自分は屋敷の長としての役目を果たせられていなかったのだ、と痛感した。そして、このゼノのいう慣れない姿が少しうれしかった。


「私の名前はゼノ。この度、このお屋敷の家令スチュワートを拝命した。

実は伯爵様が長期間屋敷を留守にされることになった。そのため、伯爵様の代行として、しばらくこの屋敷の全責任を負う立場となる。

いつまでかは明言できないが、おそらくしばらくはみなとともに働くことになると思うので、よろしくお願いする。

私としては、今までの皆の働きを邪魔をするつもりはないので、その点は安心してほしい。

君たちは今まで通り、執事バトラーのヘンドリック殿と家政婦ハウスキーバーのアメリア殿、そして料理長コックのジモンズ殿の指示に従って普段通りに働いてもらえば結構だ。

勿論何か問題があるようなら、私に相談をしてもらって一向にかまわない。すべての希望を叶えるとは約束できないが、可能なことは協力して良くしていきたいと思っている。

あー、以上だ。なにか質問はあるかね?」


 最後にそう締めくくって、一同の、名前と一致しない顔、顔、顔をゆっくりと見回した。誰もかれも神妙な、あるいは胡散臭そうなと言った方が適切なのか、表情で見返してくるが、発言はひとつもなかった。


「無いようなら、これで解散とする。忙しいところ邪魔をして悪かった。では、仕事に戻り給え」




「ふー、慣れないことはするものではないな、どっと疲れたよ」


 本館に急遽作られたゼノの私室に備え付けられたソファに体を投げ出すとため息をついた。


「ご苦労様です。ゼルヴォス様は、あのようなことは絶対になさらない方でしたし、ゼファード様には望むべくもありませんでした。そう思いますと、あのようなご経験は旦那様にとって初めてかもしれませんね」


 そう言いながら、ヘンドリックが紅茶を手渡してくれた。


「ああ、そうかもしれない。気疲れというのだろうか、こんな疲労感は生まれて初めてかもしれない。が、結構楽しい」


 紅茶を一口啜り、答える。疲れたが、なにか爽快感もあった。自然と頬が緩むのが感じられた。


「お疲れのところ申し訳ありませんが、ゼノ様にはもう一働きしてもらわないとなりません」

「ん? もう一働きとは?」

「エレノア様へのご報告です」

「エレノア…… 誰だっけ?」

「あなたの奥様ですよ。先ほど結婚式を挙げたばかりではないですか」

「え?! あ、ああ、そうか、そうか。エレノア嬢ね。いや、うっかりしていた。それで、彼女に何を報告するんだっけ?」

「勿論、さっきの結婚式が偽装だったということですよ」


 飲みかけの紅茶を噴出した。


「ゲホゲホ…… ちょっと待ってくれ、それは、それはヘンドリック、君がやってくれるはずだろう!」

「それは立場上、私しかいなかったからでございます。ゼファード様にはそんなことはできませんし、クラリス様にさせるわけにも参りません。ですが、ゼノ様ならその大任、立派にこなせると私は確信しております」

「確信しているって、いや、そんなことを彼女に説明するのは気が進まないぞ」

「それは、私も同じでございます。エレノア様は大層良い性質のお嬢様です。まるで夏の太陽のような方でございますゆえ。この結婚は真っ赤な嘘だ、などとご説明するのは忍びないです」

「いやいや、そんな忍びないことを主人にやらせるのかね、君は?」

「それが屋敷の責任者たるものと務め、と存じ上げております」


 ヘンドリックはそう言うと恭しくこうべを垂れた。 


 やれやれ、就任の挨拶を急がせたのはこの布石か。ヘンドリックめ、謀られた


 私は心の中で小さくため息をついた。


 



 

2022/10/29 初稿

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