結婚式
気がつくと、どこかに横になっていた。
両肩の辺りと尻が痛くて冷たい。
それに、腹が減った。
実に不愉快だ。
「ゼファード様」
声がした。片目を開ける。
女がいた。白い仮面をつけた女。
誰だっけ……
「あ――、誰だ?」
「クラリスです。起きてください」
「腹が減った」
「すぐに何か食べるものをご用意します。
ですから起きてください。床にずっと寝ているのは体に毒です」
もっともなことだ。体を起こす。
「ふむ……」
服が小さい。ズボンは膝下すぐのところまで捲れて上がり、胸元や胴回りもパンパン。体を動かす度に締め付けられ、今にも破れそうだった。
「こちらの服にお着替えください」
女、えっと、クラリスと言ったか、が服を持ってきてくれた。
着替える。
「食事の用意ができました」
テーブルにはパンやら肉やら魚やら、色々と載っていた。
盛大に腹が鳴った。
ためらうことはなにもないり手当たり次第にテーブルの料理を腹の中に収めていった。
「少し、ゼファード様にお話があるのです」
料理があらかた消えた頃、クラリスが言った。
「ゼファード様のご結婚についてです」
■■■
「いよいよ結婚式ですが段取りはお分かりいただいておりますか」
クラリスの質問に軽くうなづく。これまでうんざりするほど聞かされた。
「分かっている。
このままこの廊下を進んで行くと闘技場につくのだろう。で、そのまま正面の男を倒せば良いのだな。任せろ素手であっても無問題だ。一撃で倒してやる」
「違います。問題だらけです。
この通廊の先にあるのは結婚式場です。闘技場ではありません。正面に居るのは神父様で、殴っちゃ駄目な人です。
とにかくゼファード様は真っ直ぐ歩いて下さい。
そのまま、歩いて式場に入ってからも、まっすぐ歩いてもらえば神父様の前まで行けます。そこで止まってください。
すると横に花嫁が居るはずです」
「なるほど分かった。
その花嫁とやらを倒せば良いのだな。
で、どのような能力を持っている?
魔法とかを使う相手か?」
「花嫁も倒しては駄目です。
そもそも戦いませんから。能力とか気にしなくても良いです」
「なに、戦わないだと?
それでは俺に何をしろと言うのだ」
「ですから結婚式です」
「うむ、だから決闘式なのだろう。了解している」
「結、婚、式、です!
決闘式ってなんなんですか。聞いたこともないですよ、そんな式。
とにかくなにもしないで下さい。式場まで行って、神父様がなにかゴニャゴニャ言いますが黙って聞いていてください。変な質問とかを差し挟まないようにお願いします。動いても駄目です。頃合いになったら合図をしますので、そうしたら適当に返事をしてもらって、退場してください」
クラリスの言うことは良くわからない。
が、とにかく差し出された兜を受けとると、頭にかぶった。
『聞こえますか? 聞こえたら黙って頷いてください』
クラリスの声が聞えた。
魔法の通話器が兜の耳のところについているから、耳元で囁かれているようだった。
言われたとおり頷く。
『では、結婚式場まで歩いていってください。ドアはちゃんと開けてくださいね。壊しちゃ駄目ですよ』
目の前の邪魔なドアを蹴破ろうとしたがすかさず釘を刺された。仕方ないので普通に開いて外へ出る。
長い廊下が続いていた。
そのまま歩いていくと再びドアがあった。どうやら決闘式場とやらはここのようだ。
ドアを開けた。
部屋の左右に座椅子が並んだ大きな部屋だった。
真ん中に幅広な通路があり、真っ赤な絨毯が敷かれていた。
その絨毯の先にビラビラした白い服を着た男が立っていた。
なるほど、あれが神父という奴のようだ。
とりあえず、そいつの前まで行った。
神父の前には既に人が居た。
ふむ、成る程、これが花嫁というものか
なんだ、どんなものかと思ったが、女ではないか
女なら女と言えば良いものを
クラリスの奴、全く勿体つけおって、分かりにくいではないか
とは思ったが、とにかく黙って立っていると、神父の奴がなにか、ゴニョゴニョ言い始めた。
「……万馬の兵に囲まれても共に力を合わせること。汝、エレノア。誓うか?」
神父の言葉に女が手を上げて答えた。
「誓います、誓います」
うむ、なかなか、元気のある女だ。少し気に入った。
「汝、ゼファード。誓うか?」
ん?
名前を呼ばれたみたいだが、はて、何を言っている?
『ゼファード様、誓いの言葉を!』
耳元でクラリスの声が聞こえた。
誓いの言葉、とは?
「誓いの言葉とはなんだ?」
『ああ……、何でも良いです。取り敢えず声を出してください』
ふむ。声を出せば良いのか。ならば敵を圧倒する我が勝どきの声を聞け!
「うお――――!!」
『もう良いです。すみやかに戻ってきてください』
気持ち良く叫んでいるとすぐにまた、クラリスの指示がとんだ。うるさいなとは、思ったが残念だが戻ることにする。
大股で来た道を戻った。
「お帰りなさいませ。お疲れ様でした」
部屋に戻るとクラリスが迎え入れてくれた。
「なんだか良くわからんがこれで良かったのか?」
「はい」
「物足りないな。こう、もっと暴れられるところはないのか?」
「ここではゼファード様の力を出せる場所はありません。
もう少し我慢してください。一両日中には活躍できる場所へご案内いたします」
「そうか、それは楽しみ……ぬう」
突然、心臓を締め付けられるような痛みに襲われた。足の力が抜け、膝をついた。
と、同時に全身がぎゅうぎゅうと締め付けられる。なにか冷たく狭い棺桶に無理やり体を押し込められかのような激痛が走る。
「どうかされましたか?!」
クラリスの驚き、慌てる声がしたが、それはさっきの通話器を通して聞こえた声より小さく震えて頼りない感じだった。
「しっかりしてください。ゼファード様。ゼファード様!」
そんな声ですら、時を経る内にどんどん遠くからするような、空虚な感じになっていく。
視界も狭く暗くなる。
やがてなにも見えず、なにも聞こえなくなる。そして、ほどなくなにも考えられなくなった。
2022/10/22 初稿




