変身
「喜べ。話は無事にまとまったよ。
君の内偵どおりヴェルデンティーノ領の財政はかなり危機的状態だったから、援助をちらつかせたらもう向こうからぐいぐい来た。
と言うことで、ヴェルデンティーノ家の長女がめでたく君に嫁いでくれることになった。
名前はエレノア。19歳だそうだ。親子ほどの差がありそうだな。
金をちらつかせての無理矢理の年の差結婚!
おいおい、これは犯罪すれすれだぞ」
カディスは満面の笑みをたたえて……否、今にも腹を抱えて笑いだしそうな勢いだった。
なにがそんなに面白いのか、ちっとも分からないが。
「ゼルヴォスでの見てくれは60くらいだから外見だけなら親子ほどというのも否定しない。が、わたしの実年齢は24だ。
そう言う誤解を招くわざとらしい発言は控えてもらいたいものだな」
「おおう、それはすまなかった。
ところでエレノア嬢の移し絵を手に入れたが見たいか?」
「いや、結構だ」
「なんだ。未来の花嫁が気にならないのか?
私は見せてもらったぞ。
かなりの美人だ。羨ましいぞ」
「ならばお前が結婚すれば良いではないか。
今すぐにでも代わってやるぞ」
「いや、俺はもう結婚してるからな。そんな話になったら内戦になる」
「そうか。
なんにしてもどうせ偽者だ。興味はない。
それに彼女が来る頃には儂は消えている」
「消えてる? ああ、そうなのか。花婿はゼファードになるのか。
大丈夫だろうね、偽者といっても花嫁は丁重に扱ってくれよ。辺境の弱小といっても相手も伯爵家なのだからね。傷物にしたとなると後の処理が面倒になる」
「大丈夫だ。結婚式を挙げたら、ゼファードはすぐに退散させる」
「退散させる? どこへ?」
「反乱者たちの侵攻予想地域で待機させる予定だ。バーサーカーにはそのほうが相応しいだろう」
「ふうむ、なるほど。確かに我々としては心強いがね。
まあ、いい。その話ばかりしていても仕方ないから君に任せるよ。
それで、輸送する兵員や物資のほうの準備は進んでいるのか?」
「終わっている。結納の体の第1陣を今来週の中ぐらいに出発させる予定だ。
取り敢えず食料などの生活必需品。それに武具、防具を紛れ込ます予定だ。後、若干の工作員を船乗りに扮装させて送る」
「なるほど、結構。まあ、計画どおりと言うところか。
すると第1陣が先方に到着するのは再来週っててところか。
ならば、こちらのお願いも聞いてもらえそうだ」
「お願い?」
「その第1陣の船に君の花嫁を乗せてもらいたい、と言うことだよ」
「花嫁? 乗せる?」
「そうだ。向こうが乗る気だって言ったろう。
君の気が変わらないうちにすぐにでも、つてな勢いだね。最短で結婚式を挙げたいとかなんとか言ってきている」
「……つまり第1陣到着後、花嫁とヴェルデンティーノ家御一行を儂の船団でマルドゥール領まで連れて帰れ、と言っているのか?」
「うん。そうなる」
カディスは事も無げにそう言い放った。
呆れた話だ。
卑しくも伯爵クラスの結婚式となれば片方の家だけでも出席者とその世話をする者たちで100人ぐらいの人数になる。それを乗せて帰ってくれときたか。
「不可能だ。第1陣の船団はみんな貨物輸送船で客船じゃあない。伯爵様御一行を乗せれる訳ないだろう。
来たいのなら向こうが船を仕立ててくれば良い」
「まあ、そう言うな。こっちとしても早めにヴェルデンティーノ領での準備を終わらせたい。
結納の中に軍事物資を混ぜて誤魔化すことはできるだろうが、兵員の輸送ともなると鳴かなかった難しい。その為にはマルドゥール家とヴェルデンティーノ家が親戚になってもらって人流の活性化してもらいたいのだよ。
それは君だって分かっているだろう?」
「ふむ。ならば人数を絞るように言ってくれ。10人、いや20人が上限だ。荷物は1人が両手に持てる分だけにとどめる。そのぐらいなら運べるだろう」
「よし、分かった。支度金も手土産も要らないから身一つで来てくれ、と言っておこう」
「いや、そこまでは言わぬが……
まあ、良い。とにかくこっちはこっちで受け入れの準備を進めておく」
「良し。頼んだよ」
それでカディスとの通話は切れた。
少し頭を整理する。
1陣の返しで花嫁が来るとなると結婚式の準備をなどのを急がせねばならない。
しかそ、先方のこのやる気は一体全体なんなのだろう。性質の悪い商人に騙されて財政破綻戦前であったのもあるだろう。溺れそうな時にやっとつかんだロープというところか。
そう考えるなら、この機会を逃すまいと必死になるのもわからくはない……いや、それだけではないな
恐らくは、ヴェルデンティーノ伯は良い厄介払いができたと思っているのだろう。
内偵で分かったことだが、エレノア嬢は現ヴェルデンティーノ伯の実の娘ではない。
現伯爵の兄、つまり先代のヴェルデンティーノ家当主の娘、つまり姪にあたる。それを養女として迎え入れていた。
エレノアを養女にするのが兄からヴェルデンティーノ家当主を引き継ぐための条件だったらしい。
先代のヴェルデンティーノ伯は文武両道で名を馳せた傑物だった。中央政府でも時折名前を聞くことがある。領民にも人気があったから、エレノアがそのまま継承するという話もなかったわけではないのだろう。
ただ、現実問題として当時6歳の子供に伯爵を継ぐのは難しかったのだろう。勿論補佐をつけてエレノアに伯爵家を継がせようという勢力もあったのだろう。今はそんな話は絶えて聞かないが、それでもそんな輩全くいなくなったと考えるのは早計だろう。例えばもしも財政破綻が起きて領民の不満が高まったら、そんな奴等が息を吹き返してエレノアを担ぎ上げるかもしれない。
故に、現伯爵はエレノアの存在を秘かに恐れているようだった。だからエレノアを早く嫁にやってしまいたいのだろう。
まったく気弱なことだ。そんなことを恐れるぐらいなら、さっさと謀殺でもしてしまえばよいどはないか
そう思うと口元に皮肉な笑みが浮かんでくるというものだ。全くもって愚鈍としか言いようがない。領地の財政が破綻したのも当然と言えば当然だろう。そして、そんな愚かな領主の元でなにもせずにぬくぬくと暮らしているエレノアという女も頭の悪い女なのだろう。
「まあ、どうでもよいことだがな」
呟くと呼び鈴を鳴らした。
すぐにドアが開き、クラリスが入ってきた。
「お呼びですか?」
「うむ。献体の調達状況を確認しておきたい」
「成人男性が3体、女性が2体、明日搬入予定です」
「大人は良い。子供だ。子供の献体の仕入れ状況を教えてくれ。例の子供の容態が一刻も争うのは知っているだろう」
「はい、しかし、あいにく予定が立ちません」
予定が立たない!
なんたることだ、と言いたいところだが、まあそうなのだろう。死体をいつ入手できるかなど死神にしか見当もつかない。
勿論それは分かっているが、だからといって悠長に待っている訳にもいかない。あの子供の指先はもう少し黒ずみ始めいているのだ。このままだと壊死からの敗血症を起こして死に至る。それを防ぐには手と足の切断をするしかないのだが、その時にあの子と手足のサイズが合う子供の死体が欲しいのだ。そうすれば……
「そうすれば移植が可能なのだがね。
とは言え、駄目なら仕方あるまい。
もう2、3日待って、手に入らないとなるとやむを得ない切断手術だけになる」
クラリスに宣言した、その時。
突然心臓を鷲掴みにされたようにキリキリと胸が痛んだ。さらに全身が火に焙られるような熱さと痛みを感じた。
「くっ、これは……」
口から苦悶のうめき声が漏れた。異変に気づいたクラリスが慌てて近づこうとするのを手で制する。
なにが起きた、いや、起きようとしているのかはすぐに分かった。理解はできても痛いのは変わらない。
全身に走る苦痛に机に突っ伏して悶える。
「馬鹿な、予定より早いぞ」
悶えながら、独り呟く。
唐突に変身が始まったのだ。天球盤では1週間ほどあとのはずだった。
「ぬうぅぅ」
頭とつま先を巨人に捕まれ引っ張られているような感覚に囚われた。
「鎧を……鎧を持って来てくれ!」
苦しい息で、クラリスに命じる。こうなっては後はクラリス任せるしかない。
「儂がゼファードに変身したら、直ちに鎧を着せるのだ。後、暴れそうになったら止めてくれよ」
全身の痛みに耐えかね床に転げ倒れ、のたうち回る。手足が引きちぎれそうな激痛。言葉どおり手足がゆっくりと伸び始めていた。
「ぐぅああ」
腹が裂けるような痛みに悲鳴を上げると、意識がすっと途切れた。
2022/10/15 初稿




