偽装結婚
『……だ。
それで、ビールマルマンたちの準備の方は進んでいるのか?』
『まあ、いつものことで文句ばかりの連中ですが、頭数は予定以上に整いつつあります』
『それはなにより。所詮捨て駒だが、捨てれる駒は多いに越したことはない。
問題は同盟を結べそうな領の陣容だが、そちらはどうなのだ?』
薄暗い部屋の中で男たちの声が響く。場所はとある館の秘密の地下室。部屋の中程に置かれているテーブルを囲んで3人、いや、4人か。
黒い影のようなものがゆらゆら蠢くようにしか見えないから良くわからん。死んだネズミの目じゃ、こんなもんのだ。しょせん、ネズミのような下等な生き物には目なんてものは不要ってことですこぶる能力が劣るのだ。本を読むこともないからな。居間に飾った絵画を楽しむなんて習慣もないから、色も見分けられんときたものだ。その代わりに耳は良い。お陰で会話は良く聞こえる。これは誉めてやろう。
『それで、決起の時期はいつ頃になる?』
『まだ3ヶ月ほど先になると思う』
『3ヶ月……
遅いな。もっと早くにすべきだろう。ぐずぐずしていると中央に気づかれる。そうなっては元も子もない』
『分かるが、大人数を扱うには装備や兵糧などの準備にそれなりに時間がかかるのだよ。しかも、それを秘密裏にやらねばならんのだ。
準備を怠れば、それこそ元も子もなくなる』
『ならばできるだけ早く準備を終わらせてくれ。
こちらはすでにほとんどの手筈を整えているのだからな』
会話はそこで終わったようで、男たちは静かに部屋を出て行った。
ゾンビネズミとの感覚接続をやめる。
今頃はどこぞの屋敷の地下室に半分腐りかけのネズミの死骸が一つ、家具の裏に残されていることだろう。
極度の精神集中から解放され、とりあえず息を吐きだす。
全身がガチガチに固まってしまったわ。 使役する死せる肉体の感覚器官と自分のそれとを接続するセンスコネクトの術後の不快感は半端ない。
まったくもってやるものではない。が、まあ、反乱決行の大体の時期を知ることができたのは大きな収穫だった。ベッドから重い身を起こすと、隣の部屋へと移動した。
「ゼルヴォス様、お戻りですか」
部屋に入るとすぐに待機していたクラリスが声をかけてきた。
「うむ。すぐにカディスと話がしたい。遠距離通話魔法の準備をしろ」
「かしこまりました」
クラリスはなれた手つきで壁にかけられた鏡に手を触れた。一見それは鏡に見えるが鏡ではない。遠方にある同質の魔法具と繋げて音や画像を伝えることができる。
「おう、ゼルヴォスか」
鏡に齢30位の男の顔が映し出された。それがカディス。連邦の元老委員会のメンバーで、大伯爵と呼ばれる有力貴族であり、儂の盟友でもある。
「反乱者たちの動向を探っておった。
それで、分かったことを伝えておきたい」
「ふんふん。で、なにか新しい情報が手に入ったのか?」
「大体、今まで掴んでいる情報を補強するような情報ばかりだったよ。目新しい情報としたら決起の時期が3ヶ月ほど後になりそうだってことだな」
「なるほど。意外と早いな。部隊の配置や補強が間に合うかな」
「微妙だな。こっちとしては余裕を見て遅くとも2ヶ月には準備を整えておきたいところだ」
「同感だな」
カディスはそう言ったきり、黙りこんでしまった。次の言葉を期待していたが、一向に次の言葉が来ない。いつものカディスらしくない。妙な違和感を感じた。
「うん? どうしたんだ」
「なんでもない……
いや、ちがうな。君に相談しなくてはならないことがあるんだ」
「相談したいこと? なんだ?」
「ああ、ええっと、だな。
反乱者たちの計画が当初計画どおりだとすると、こちらの対応案はやつらが決起した後にグレノス領に逆侵攻して反落者たちの補給線を遮断することだ。そして、それにはヴェルデンティーノ領から行うのが最適だ」
「じれったいな。なにをいまさらそんなことを言っておる。それはもう議論して結論が出ていることだろ。いまさら復習って場合でもなかろう。言いたいのとがあるなら、さっさと言え。時間の無駄だ。
そんな無駄口を叩いている暇があるなら、一刻も早くヴェルデンティーノの領主に話をつけて軍事的協力を取り付けるべきだろ」
「実はそれについてさっきまで元老委員会で話し合っていたんだ。
それでな、申し訳ないのだが、君にヴェルデンティーノ領のお嬢様と結婚してもらいたいのだよ」
「何だと?」
「うむ。だから、君に結婚して欲しいのだ。
ヴェルデンティーノのお姫様とな」
「結婚だと。なにをどう話し合うとそんな話がでてくるのだ?」
まったく、意味が分からん。元老委員会の連中は揃いも揃ってボンクラばかりなのか?
「ヴェルデンティーノは辺境の弱小領ゆえ、自前の軍事力ではとても反乱軍の後ろを取ることはできない、と言うのが元老の判断なんだ」
「ならば、中央の軍を派遣すれば良いだろう」
「完全武装した軍隊を目的もなくヴェルデンティーノまで行軍させろ、と?
そんなことをしたら反乱者たちに我々が気づいているってことを報せるようなものだ。
そこで何らかの欺瞞行為が必要だろうと言うことになった。
で、まとまった案ってのが、誰かをヴェルデンティーノの姫君と偽装結婚させ、その結婚の支度に見せかけて装備や人員を送りつけることを委員会は考えたのだ」
「それで、儂がその結婚相手に何故なるのだ?」
「今回の反乱計画について知る貴族連中で結婚しても怪しまれない人物が君しかいないってことだ」
「そんなことがあるものか。結婚適齢の子息の一人二人いるだろう」
「規模の問題なのだ。我々の作戦遂行に必要な人員や装備を紛れ込ませても不自然にならないだけの支度が動くほどめでたい婚姻となると北の大伯爵マルドゥール家の当主の結婚ぐらいしかないということなのだよ」
成る程、言っていることは分からなくもないが……
「そうかもしれんが、儂の呪いのことはお主も知っておろう。こんな儂が結婚などできようはずもないではないか」
「いや、それはそれほど真剣に捉えなくても良いだろう。偽装結婚だ。事が終われば無かったことにすれば良いじゃないか。
そう考えれば、君の呪いも良い方向に働こう。事情を知れば相手の方から結婚を断ってくる。その方が、事が終わってから、偽装結婚じゃなく本当に結婚してくれとごねられなくて好都合だろう」
「他人事だと思って気安く言っているだろう」
「いやいや、滅相もない。
とにかく、だ。婚姻を決めるのに一月位かかるし、その後の輸送やあちらでの準備やらで更に1ヶ月は必要だから、君が言うように2ヶ月位で態勢を完了させるにはぐずぐずしている時間はないよ。婚姻などの交渉はこちらで進めるから君は気にしなくて良いよ。
では、頼んだからね。また、会おう!」
カディスは言いたいことを言うとそのまま通話を打ち切ってしまった。
見事な逃げ足だ。引き止める隙がまるでなかった。
一人残されて、今言われて自分の役回りについてしばし考える。
考えれば考えるほどに退っ引きならないことが分かる。強硬に拒んでみても良いが、あまりごねると本当に我々の計画の根底が瓦解する可能性もあった。そう考えると固辞するのも難しい。つまり引き受けざる得ないと言うのが結論だった。
全くもって、面倒な話になったものだ。と、思いつつ鏡に写る顔に目をやった。
後退した生え際。
たるんだ頬。
艶と張のない肌と目の下の隈は病人、いや、死人のようだ。
ある意味、死霊魔術師としては貫禄十分な顔立ちと言えるのだが、この顔を好ましいと思う女人はいないだろう。
誰に言うでもなく思わず呟きが出た。
「この儂が結婚? あり得ん話だ」
2022/10/01 初稿




