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わたし、ほんとに結婚しました

「ゼノ!」


 上擦った叫び声が思わず飛び出した。


「な、な、なんでここに」


 願いがかなった嬉しさと、会ってしまったという後悔がぶつかり、渦巻き、パニックになる。


「少しお話があってきました。本当はもっと早くにお話をするべきだったのですが、エレノア様の体調がすぐれないというお話でしたので、遠慮しておりました。申し訳ありません」

「え? あ、はい、それは別にいいです。

あ、あなたこそ体調を崩されていたとのことで……

え、えっと、もう、体の調子は良いのですか?」


 ちょっと落ち着け、心臓。

 普段と同じ調子になって頂戴。平常心よ、平常心。


 喉から飛び出そうな勢いで脈打つ心臓をなだめながら、なんとか社交的挨拶をする。


「はい。エレノア様のお蔭ですっかり良くなりました」

「そ、そうですか。それはなによりです」


 はて、わたし、なにかやったっけ? と思いつつも、とりあえず話を合わせておく。

 ゼノの視線がエレオノーラの方へ向けられた。


「エレオノーラ。すまないが君は少し席を外してもらえないか?

エレノア様と話したいことがあるのだ」


 わたしと話したいことがある、と聞いて、体が震えた。

 来るべきことが来たということだろうか?

 部屋を出て行くエレオノーラの背を未練がましく見つめるが、引き留めるわけにはいかない。ずっと避けていくわけには行かないことなのだ。そろそろ覚悟をきめなくてはならない。

 この屋敷で働かせてもらうことをこっちから言うべきかもしれない。別に今、思いついたのではない。ずっと考えていたことなのだ。

 この屋敷でキッチン周りでもいいし、魔法の手伝いだったできると本気で思っていた。

 わたしの正体はゼルヴォスさんを助けたことでばれている。ならば、もう隠すこともないからいっそ│ばらして《カミングアウト》してしまえばいいじゃないかって思ってもいる

 魔法を扱える人材は貴重なのだ。

 つまり、売り手市場。

 決して押しかけでも押し売りでとないはずだ。多分……


「あの」

「この間――」


 わたしの言葉とゼノが言葉が交錯する。


「――例の騒乱が全て片付きました」


 ゼノの言葉に、ついに来たか、と言おうとした言葉を飲み込む。

 どうやら、先を越されてしまった。

 こうなってしまっては仕方がない。とりあえず、彼の話を聞こう。それから、こっちの提案をしようと、思った。


「今回のこと、エレノア様にはご迷惑をおかけしました。また、大義があるとは言え、一方的なお願いを聞き届けて、協力していただけたこと感謝します」

「あー、いえ、こちらこそ。これはこれで楽しかったですから」


 深々と頭を下げるゼノに大いに戸惑った。

 こういう大仰でかしこまった言い方は苦手だ。それに少し悲しくなる。

 この後、お前はお払い箱といわれたら、居たたまれない気持ちになるんだろうな。


「これで、伯爵様との偽装結婚を偽る必要はなくなったわけです……」


 鼻の奥が熱くなり、じわりと目元が湿っぽくなった。


 ヤバい、泣いちゃいそう


 ぐっと目元に力を入れて涙を堪える。


「つまり、これでエレノア様のお役目終了となります」


 今が、ずっと考えていた提案をする時だと、覚悟を決める。軽く息を吸い、吐き出すように喋る。


「それね、そう、その事で話したいことがあって――」

「それで、その、改めて伯爵様と結婚してほしいのです」


 わたしの言葉を再びゼノの声が遮った。


「わたしをこの屋敷で…… 

ふぇ? 今、なんて言った?」

「だから、伯爵と改めて、と言うか本当にと言うか、結婚して欲しい、と言いました」

「……えっと、また、なにか揉め事ができたの?」

「違います。正式にあなたを妻として迎えいれたい。それが伯爵の意志です」

「そんなのあり得ないでしょ!」


 心の中だけで叫ぶつもりが思わず声に出ちゃった。

 

「あっ、え~っと、だってわたし、伯爵様に一度しかあってないんですよ。それも甲冑越し。その後は伯爵様は、ずっと屋敷を留守にしてたじゃないですか。それなのになんで伯爵様がわたしと『本気で結婚したい』ってなるんですか?!」

「いや、それは、その伯爵にも色々と事情があって……と、とにかく、あなたのことを知るうちに本当に好きなってしまった……のです」


 なにそれ?

 部屋のどこかに監視魔法でもかけられていて、ずっと伯爵に見られていたとでもいうのかしら。

 やだ、ちょっと怖い。

 いえ、本当だったら大分引いちゃうかもしんないわ。

 思わず部屋を見回してしまう。


「分かりました。ならば伯爵自ら話すことにしましょう」


 疑っているような表情がいけなかったのか、ゼノが妙なことを言い出した。


「えっ? 伯爵様はお屋敷にいるの?」

「居ます。すぐに呼びますのでここで待っていて下さい」


 そう言うとゼノは止める間もなく部屋を出ていってしまった。


 一人残されて半ば呆然と立ち尽くす。


 えっと、どうしょう……


 落ち着け、自分。

 とにかく、状況を整理をしましょう。わたしは伯爵に求婚された。それで、この屋敷にやって来た。


 そうよね? 

 うん、そうそう


 でも、その求婚は偽装で、伯爵とわたしは結婚してなくて、騒動が終われば元に戻るって約束だった。それまで伯爵の奥様を演じてくれと頼まれた。


 オッケー。大分落ち着いてきたわ

 冷静に行きましょう


 なのに、今日、伯爵が本当に結婚したいって?! 本当にわたしを好きになった。

 そんなの、それ。信じられない! 

 ……あれ、でも、それって今と状況同じじゃない?

 そもそも、わたし、1ヶ月前は本気で伯爵と結婚する気でここに来たわけだし、それを今さら嫌だっていうのおかしくない?

 

 じゃあ、オッケーってこと? と、自問する。

 

 いや、ダメ、ダメ。ダメだって


 すぐに否定る。するけど、また、今度はなんでダメなのかと問いかけてくる自分がいた。

 上手く答えることができず、わたしは自分の心の機微に混乱する。

 揚げ句に主人を見失って挙動不審になっている犬のように、部屋の中をぐるぐると歩き回る。


「とにかく今はダメよ!」

 

 業を煮やし、自分に向かって宣言する。

 求婚されても今は答えることができない!

 とにかくそう言うことなのだ。


 よし、逃げよう


 今の自分に必要なのは時間だ。

 その時間を稼ぐためにとりあえず逃げよう、と結論つける。

 

 そうとなれば、一目散だ。

 ドアを開け、廊下に躍り出た。

 が、しかし、廊下に出たとたん、金属がぶつかり軋む音が耳についた。


 ガシューン ガシューン


 まさか、とは思いつつ廊下の先へ目を向けると黒い甲冑がこっちに向かって歩いてくるではないですか。

 見覚えがあった。

 結婚式に伯爵様が着ていた、あのミランダたち垂涎の魔法甲冑。中の人は勿論伯爵様その人だ。


 うげっ、マジか。伯爵、早い。ちょぱやじゃん。


 慌てて部屋に戻る。


 まずい、まずい、まずい。

 このまま部屋を出たら廊下で鉢合わせ。かといって部屋にいてもいずれ対面することになる。まさに絶体絶命のピンチ。

 窓に駆け寄り、外をみる。

 二階といってもかなり高い。このまま飛び降りたら無事ですみそうにない。

 ふと、窓のすぐ近くの柱に巻き付いた蔦が目に入った。この蔦を伝っていけば無事に降りれるかもしれない。


 トントンとドアをノックされる。

 一刻の猶予もない。

 懸命に手を伸ばして何とか蔦をつかむ。

 ガチャリとドアの開く音が背後から聞こえてきた。窓から身を乗り出して柱にしがみつく。ずるりと体が滑る。


「うきゃ」


 声が出た。落ちないように必死に蔦をつかむが、蔦はぶちぶちと千切れて、落下の勢いは止まらない。さすがに無理だったか、と反省してももう遅い。柱に巻き付いていた最後の蔦がぷちりと切れた。

 体が宙に投げ出される。


 ああ、駄目。死ぬ。これ死んだ。


 目の前が真っ黒に暗転した。


 ずんという腹に響く振動で地面に落下したことを理解する。

 ただ、地面にたたきつけられたはずなのに痛みはなかった。それとも痛みを感じることができないほどのダメージなのか。

 おそるおそる目を開ける。が、視界はやはり真っ黒のままだ。臨終の際で視力も失われてしまったのかと思う。


「大丈夫ですか」


 どこか聞きなれた耳に心地よい声。誰かがわたしを心配していくれているようだ。

 急速に視界の焦点(ピント)が合った。

 漆黒の仮面がこちらを心配そうにのぞき込んでいた。


「ふぇ」


 それは紛れもない伯爵様の黒甲冑。

 気づくとわたしは、伯爵様にお姫様抱っこされていた。


「あの、あの、いったいこれはどういうことです?」

「どういうこと、とはこちらのセリフですよ」


 伯爵様は、さも呆れた、という調子で答えた。答えながらわたしをやさしく地面に下してくれる。


「部屋に行ったら、どこにもいなくて、窓の外から悲鳴が聞こえたので覗いてみたら、あなたが柱にしがみついていた、いや、ずり落ちる最中だったというべきですかね。

それで急いで助けたわけです」

「助けたって、落ちるわたしを……?」

「そうです。窓から飛び出て、空中でキャッチして、そのまま地面に着地しました。

魔法の甲冑を着ていなければ二人とも大変事になっていたところです」

「はぁ、それは、それはお手数おかけしました。恐縮します」

「本当に、あなたは、いつもいつも私の思いもよらぬことする人ですねぇ」

「あはは、すみません」


 あれ、なんか、どこか懐かしいなこの掛け合い。

 これじゃ、まるであの人と話をしているみたい。というか、伯爵様って普通に喋れるのね。


「一体全体、なにをやったら窓の外からおちるなんてことになるんですか?」


 伯爵様に質問されて、はっとなった。そうだ。わたしは、この人から逃げようとしていたんだった。


「え、えっと、それは、その……」


 まさか、面と向かって、あなたから逃げようしていていたんです、とは言えない。

 言えないよね。

 この状況を取り繕う言い訳を懸命に考える。だけど、う~ん、駄目だ、これは。

 もう半分近く諦めの心境になってきた。

 そんな私の気持ちを知ってか、知らずか、伯爵様は、ごほんとわざとらしく咳をするとわたしにほうへ向きなおる


「もう聞いているとは思うのですが、私の口から言わねばならないことがあるのです」


 ほら、来たよ。

 もうこれ引き延ばすことは無理。

 観念するなら先手必勝!


「ごめんなさい」


 両手を甲冑の胸のところに当てて、謝った。


「ごめんなさい。あなたのお嫁さんになるつもりできましたけど、今は困るんです。あなたと結婚することはできません」


 結婚できない、と聞いたとたん、伯爵の体が震えたのが分かった。

 そして、気まずい沈黙。

 わたしは下げた顔を上げることができない。どのくらい時間たたっただろうか、伯爵がぽそりと言った。


「なぜですか?」


 何故だろう。

 何故、わたしはこの人の結婚を拒むのだろう。わからない……

 いや、それは、嘘だ。ずっと自分に嘘をついていた。わたしはわたしが結婚したくない理由を分かっている。ちゃんと、この人にそれを伝えないと行けない。それは我儘を通そうとするわたしの最低限の責任だ。

 心を決めた。

 顔を上げ、まっすぐに伯爵様の、甲冑越しだけど、顔を見据えた。


「わたし、好きな人ができたのです」

「好きな人……ですか?

その人の名前を教えてもらっていいですか?」


 その問いに答えるのは難しい。

 本人にすら告白していないのだ。それを伯爵に言うのはどう考えても順序が逆だ。だけど、言わなければ納得してくれないだろうな、とも思った。深呼吸をすると、わたしが好きな人の名前を告げる。


「家令のゼノさんです。この屋敷で一緒にいるうちにあの人のことが好きになってしまったのです」

「ゼノが好きだと?」

「はい」


 また、黒甲冑の動揺が手に伝わってきた。


「そのことは彼に伝えたのですか?」

「……まだです」

「なら、ゼノがあなたを拒否するってこともありますよね。

断られたどうするつもりですか?」


 えっ? あー、それは考えてなかったかも


「それは困ります」

「今、目の前の確実な果実ではなく、とれるかどうかわからない果実に手を伸ばそうとしている、と思いませんか?」

「そうですね。その通りです。でも、まず自分の気持ちに正直でありたいのです。

それで何もかも失ったとしても、仕方ないです。馬鹿なことやったなぁって、反省して、それから……」

「それから?」

「ちょっと泣いちゃうかもしれませんね」


 そう言いながら、なぜか無性におかしな気持ちになった。

 たまらず、えへへと笑ってしまった。

 また、動揺する伯爵様。なぜか一番動揺している様だった。


「うん、あなたにはその笑顔が似合います。だれも泣き顔なんてみたいとは思わないでしょう。

わたしも、そして、ゼノもね」


 伯爵が兜を脱いだ。と、そこに現れたのはなんと、ゼノだった。

 

「ゼノ! え。なんで、あなたなの?!」


 サプライズにしても限度があるだろう。

 わたしの驚きに対して、ゼノは笑う。楽しげな笑いではなく、悪戯をする前に見つかってしまった子供の照れ隠しのそれだった。 


「なんでというと、私が伯爵だからです。

事情があって今まで秘密にしていたのです」

「事情と言うのはなんなの?」

「一口で説明するのは難しい、とだけ今は言っておきます。

それより、先に片付けたいことがあるのです。

もう一度、聞かせてください」


 ゼノ、いえ、伯爵様はそこで言葉を切るとわたしをじっと見つめてきた。見つめられているだけで心臓が高鳴り、息が苦しくなってくる。


「エレノア、私と結婚してもらえないだろうか」


 心臓が止まるかと思った。

 口を開くが言葉が出てこない。酸欠の魚のようにぱくぱくと動く口からは息だけが虚しく吐き出される。

 つっ―――と、頬を熱いものが伝わるのを感じる。


「済まない。泣くほどに嫌だった?」


 ゼノの手がわたしの頬をそっと撫でる。それで、ようやく自分が泣いていることを自覚する。


「ちがう」


 ようやく言葉が出た。

 反射的にゼノの手を握り返す。

 

 そうだ。わたしはこの手を放したくないのだ。


 自然とゼノを握る手に力が入る。その感触が勇気をくれた。


「違うの。逆よ。泣いちゃうほど、嬉しいの」

「じゃあ、聞かせて欲しい。

エレノア、私と結婚してくれるかい?」


 永遠を凝縮した刹那のためらい。


「はい。喜んで」


 満面の笑顔で、そう答えた。



2022/09/03 初稿



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