治療します!
「後はわたしがやるからみんなは下がってもらっていいです」
離れの地下へゼルヴォスさんを運び込むとクラリスはそう言った。
「ちょっと待って。一人でやるって、なにをやるの」
「だから、解呪だっていっているでしょう。魔法を扱えない人がいても邪魔なだけよ」
たしかに、クラリスの言うこともわかるのでわたしはここまで運んでくれたみんなに命じた。
「分かった。じゃあ、ヘンドリックやエッダたちはもどってちょうだい」
「なにを言っているの? あなたも同じよ」
何を言っているんだ、というようにクラリスが言った。
「え? わたしにも出て行けって? 冗談でしょう」
「大真面目よ。あなたは解呪ができるの?」
解呪は専門知識が必要な術式だった。だからわたしにはできない。でも、それで引き下がるわけにはいかない。もしかしたら何かの役に立つかもしれないじゃない。
「できないけれど、いれば何かの役にたつかもしれない。一人より二人の方が絶対にいいわ」
わたしの言葉にクラリスはすこし思案するように動きを止める。言い合いになって時間を浪費するのが嫌だったが、幸いすぐに納得してくれた。
「わかりました。では、エレノア様も残ってもらいましょう。後の人はこの部屋から出て行ってください」
みんなが部屋を出ていくのを見送るとわたしは言った。
「それで、どうするの?」
「さっき少し説明したけど、ゼルヴォス様にかけられた呪詛は複数です。ぞれぞれに解呪の術式が異なるの。
その術式を行使するのは本来なら専門の解呪師にしかできないのですが、幸いにもここには試作中のマギアプレートがあります」
魔法鋳型。魔法の術式が組み込まれた魔法具。そこへ魔力を押し込むとあら不思議魔法が作り出せるという便利な代物だ。トコロテンみたいなものといえばわかりやすいのかな。
ただ、お手軽簡単なだけに複雑な術式は作ることができない。たしか実用化できているのは爆裂魔法とか、加熱、冷却といった構造が簡単なものばかりのはずだ。複数の術式を組み合わせる必要がある解呪のマギアプレートなんて聞いたことはなかった。
「それそれ。解呪のマギアプレートなんて存在するの?」
「あります。解呪の魔法陣を細かな部分に分割して、それを一旦複数のプレートで作った後、組み立てて目的の魔法陣にするの」
クラリスはそう言うとベッドに寝かせているゼルヴォスの肩口にへばりつく呪詛を調べ始めた。
「これは呪、棄、穢の組み合わせ。
そこの棚の左上にある箱を持ってきてちょうだい」
クラリスに言われるままに箱を取り出す。意外と重い。材質は木でできていて蓋はなかった。覗くと板で幾つかの部分に仕切られていた。仕切られたところには平べったい半透明な材質でできたものが一枚ずつ収められている。形状は円だったり四角や三角、六角形。表面にも複雑な紋様が刻まれていた。
これがマギアプレートか
ふぅふぅ言いながら近くの机に箱を乗せると、改めて中のマギアプレートを興味津々に見つめる。知識では知っていたけどプレートを間近で見るのはこれが初めてだった。
「どいて」
クラリスはわたしを押し退けると箱からプレートを取り出し並べる。そして、左手をプレートにかざした。ぽうっとクラリスと手が淡い光り放った。魔力を集まっているのが分かる。その光る手をしばらく押しつけてからプレートをひっくり返すところりと魔方陣が転がり出てきた。マギアプレートとは良く言ったもので、要はクッキーやゼリーを作る型抜きのようなものだ。それ自体は見ても感動はしても驚きはなかった。むしろ、驚いたのはクラリスの魔力の込め方だった。
えっ、嘘?!
思わず声が出てしまった。
魔具も詠唱もなく、素手で魔力を集めるなんて想定外。普通はできない。それができるのは……
「あなた、精霊人族なの?」
世界には3つの人族が存在する。
一つは地棲人族。この世界の人口の70%を占める。エルロン連邦はオールディオンの国であり、99%はみなオールディオンだ。次に蛮獣人族と呼ばれる獣人たち。連邦の南はこのビールマルマンたちが暮らしている。
オールディオンとビールマルマンが仲が良くないのは今回の事変の背景の一つだ。
そして、イルシャーリアン。
伝説では精霊王イリツゥーガを始祖とする誇り高き種族。
しかし、それは昔の話。社会制度を整え圧倒的集団の力を駆使するオールディオンと体力と生命力に秀でたビールマルマンに圧迫され次第に数を減らし、ついに滅亡に追いやられた。
そして、オールディオンとイルシャーリアンとの関係もまた同じく険悪であった。いや、イルシャーリアンがオールディオンを恐れているというのが正しい関係性かもしれない。なぜならイルシャーリアンの最後の王国はオールディオン国家、すなわちこのエルロン連邦により滅亡させられたのだ。国を追われたイルシャーリアンの人たちは連邦各地に散らばりひっそりと暮らしていた。
「ちがう。わたしはイルシャーリアンじゃない」
「でも、そんな魔法の使い方はイルシャーリアンじゃないとできないわ」
他の種族とイルシャーリアンとの決定的な違い、それは彼らが生まれながらに魔法が使えることだった。長い訓練と道具を使ってようやく魔法を行使できるオールディオン、魔法が全く使えないビールマルマンに対して、イルシャーリアンたちは息をするように魔法を使えた。
「わたしはイルシャーリアンではない。『のようなもの』、あるいはせいぜい『だった』よ。
あなたとは違うわ」
クラリスはため息交じり答えると、じろりをにらまれた。
あなたとは違う、という言葉にどきりとした。彼女はわたしもまたイルシャーリアンであることを知っているのだ。
「あなた、わたしのこと気づいていたの?」
「まあ、なんとなく……」
クラリスは、プレートからできた魔法陣を器用に組み上げると、それをゼルヴォスさんの体に乗せる。と、魔法陣が光を放ち、消滅した。
「これで一つ」
クラリスはそう言うと、再び、ゼルヴォスさんの体に絡みつく呪詛へ目を向ける。
「次……、壊、破の組み合わせ」
テーブルに置かれたプレートから2つをつかむと、再び魔力をプレートに押し込んでいく。
呪とか壊とか訳が分からないが、とにかくプレートから適切なものを選んで魔力をこめればよいのは分かった、それで作った解呪の魔法陣を組み合わせてゼルヴォスさんに乗せればよいらしい。
「ね、それってプレートに魔力をこめればいいのよね。
それなら、わたしにもできるわ。だから、あなたが魔力をこめるプレートを辞ししてくれれば、わたしがそれをやるわ。その方が効率的じゃない?」
「あなたが魔力をこめて、わたしが組み立てる……
そうね、試してみる価値はありそうね。やってみましょう。
なら、こうしましょう。とにかく、あなたはそのプレートに魔力をこめて解呪の魔法陣をつくってちください。それをわたしが組み合わせて解呪の魔法陣を完成させる」
「了解。じゃあ、じゃんじゃんいくわよ!」
テーブルのプレートの一つ、違いは今一つ分からなかったけれど、を取り、そっと左手を添えると魔力をこめる。
「ね、これってどれだけ魔力をこめればいいの?」
「必要なだけ魔力が集まれば、自然と魔法陣がおちるわ」
クラリスの言う通り、なにもしなくてもプレートから魔法陣がぽとりと落ちた。
わお、これは簡単。
思った通りクッキーの型抜きみたいでちょっと楽しい。
しばらく、魔法陣の型抜き作業に没頭する。それを組み合わせて、クラリスはゼルヴォスの呪詛を解除していく。びっしりまとわりついていた呪詛がどんどんとはがれていき、ゼルヴォスさんの肌がだいぶ見えてきた。苦手意識を持っていたけど、わたしたちって結構良いコンビじゃないかと思えた。そうして、解呪も後一つってところまで来たところで、クラリスの手がとまった。
「なんてこと……」
うめくようなクラリスの声。
なにか想定外なことが起きたのがすぐに分かった。
「どうしたの?」
わたしの問いに、クラリスはゼルヴォスのみぞおち辺りを指さした。
黒い丸い球がめり込んでいる。
今までの呪詛、赤紫色したふわふわした綿毛のようなものとは明らかに違うものだと一目でわかった。
「これ、なんなの? 今までのとなにか違うようだけど」
「特異呪詛よ。量産型ではない呪い。一つ一つの呪詛を編み上げた特別な呪いよ」
クラリスの言葉はそこで途切れた。いくら待ってもその先の言葉が続かない。でも、聞きたいのはそんな説明ではない。
「それで、どうやって解呪するの?
やり方あるんでしょ?」
「絡まった紐を解きほぐすように呪詛を一本一本外していくの」
「じゃあ、さっさとやりましょうよ」
「だめ。マギアプレートはこれに対応できない」
「じゃあ直接あなたがやれば良いじゃない」
「ダメよ。わたしにはできない」
「できないって……
だって、あなた、イルシャーリアンなんでしょ」
「複雑に編み上げられた呪詛に合わせてこっちも魔法を練り上げないとダメなのよ。
イルシャーリアンならだれでもできるっていう技術ではないわ。
解呪には、呪詛を読み、それに対抗できる魔方陣を画ける魔導の知識と魔法を編み上げる技能の両方が必要なのよ。だから、熟練の魔導師のいる魔法院へ転移するつもりだった」
「じゃあ、もう一度転移したら?」
「簡単に言わないで!
ゼルヴォス様と二人がかりでようやく転移陣が開けたのだから。それでもうまく行かなかったのよ。
それに、転移陣をくぐるだけの体力はゼルヴォス様にはもうないと思う」
横たわるゼルヴォスさんに視線を移す。体は、みぞおちに食い込む黒い球体以外はすっかり綺麗になっていた。けれども相変わらず意識はなく、呼吸も苦し気だった。肌つやも悪くなっている。やはり、この呪詛を取り除かないかない命が危ないのだろう。
「これがイレギュラーな呪詛だって分かるだけの魔導の知識があなたにはあるのね?
なら、あなたが指示して。魔法陣はわたしが作る」
「無理よ」
「やってみなければ分からないでしょ」
「……無理よ」
「無理じゃない。やらなければゼルヴォスさんが危ないのでしょう。なら、無理とか無理じゃないとか関係ない。やらなきゃダメなことはやらなきゃダメなのよ」
クラリスはじっと考え込むように、その無機質な仮面を向けた。どのくらいの時間だろうか、ほんの一瞬のことだったかもしれない。クラリスは一言、分かったとうなづいた。
「なにもしなくても結果は同じ。
そうね、いいわ。やってみましょう。
じゃあ、まず、魔法を集めて、糸のように編み上げて。勿論、やれるんでしょうね?」
え、やったことない、とは言えなかった。どうやるんだろうか……
糸、糸、糸
パスタでも作る要領でいいのかな
とりあえず、魔法を集めて、こねて、平たく延ばすのをイメージする。
うん、なんかやれそう
左手で魔法を集め、それを右手で織り込んでまた延ばす。それから、そいつまたたたんで、また延ばして捻る。そうやって徐々に魔力をひも状に練り上げていく。どんどん鼓動が激しくなり息が上がってきた。魔力を集めて操作するのは極度の精神集中と体力を消耗する。
「ちょっと、大丈夫? 汗びっしょりになっている」
「うん、大丈夫」
額の汗をぬぐいながら答えるけれど、ちっとも大丈夫じゃない。始めたばかりなのに、もう根を上げたくなっていた。だけど、この目の前の人を助けることがゼノや伯爵をたすけることになるのなら、後に引くわけにはいかない。
「全然、大丈夫」
ニッと歯を見せ、クラリスに、そして自分に対して笑って見せる。
そう、きっと大丈夫なんだ。となにより自分に言い聞かせた。
2022/08/20 初稿




