出会いも突然なのです!
2階の自室から見上げる空は青かった。
雲一つ見えない空はどこまでも突き抜けているように見えた。
それでも、わたしの心は晴れない。
ゼノが屋敷を去って1週間になろうとしている。彼はまだ帰ってこない。
例の騒動が収まるまでは返ってくることはないのだろうと頭では分かっているのだけど、気づくと早く戻ってこないものかと思いを巡らしている自分がいた。
騒動の情報を得ようと色々画策もした。しかし、連邦全体の命運をかけた機密事案であったり、起きている場所が遠くであることから全くと言って良いほど情報を得ることができなかった。それゆえに気を揉むしかできない自分がもどかしい。
空を見上げる。
この空のずっと先にきっとあの人はいるのだろう。そう思いつつ、この日何度目かのため息をついた。
そう言えば、ここへ来る前も空を見上げていたっけ
あの時は空一杯にカモメが飛んでいた。カモメたちみたいに翼があるなら、空を飛んであなたに会えるのに。
なんだか急に切なくなってきた。
きっと、空が青いせいだ。
ゼノ…… 無事でいますか?
心配してます。会いたい。今、無性に会いたい。
ゼノ、ゼノ、あなたに会いたい!
心の中で叫んだ。
と、その時だ。空の一部がぐにゃりとねじれた。なんというのか熱した透明のガラス棒の下の方をつまんで回したような感じ。そのまま、ぐるりぐるりと棒をねじ切るように回したよう。そのねじれて細くなったところに唐突に黒い円が出現した。
円は赤や黄、橙色の稲妻を四方に発散させながら急速に大きくなっていった。
すぐにそれがなにかの魔法陣であることはわかった。だけど、それだけだ。それが何を意味するのか、これから何が起きるのか皆目わからない。
わたしは部屋を飛びだした。
何か尋常でないことが起ころうとしてるのは間違いない。
庭に出て、魔方陣へ駆け寄る。
現れた時は地面から数メートルの高さがあったけれど、魔法陣はゆっくりと下降してきていた。それでもまだ手が届く高さではない。いや、そもそも触って大丈夫なのものなのか? という疑問がないわけでもない。
とにかく、やれることが思いつかず、ただ眺めているだけだった。
そうこうしている間にも魔法陣はどんどんと下がって来て、ついに地面から3メートルぐらいの高さになっていた。
「ん?」
魔法陣の真ん中あたりが膨らむ。膨らむというより、水滴が集まって下に垂れるような感じになった、と思う間もなく、塊がぼとりと地面に落ちた。同時に魔法陣は掻き消えた。
一瞬あっけにとられたが、とにあえず落ちてきたものに目を向ける。落ちてきたのどうやら人のようだった。人が二人、地面に倒れ臥していた。
どうやら、今までの現象は転移魔法の類のようだというところまでは理解が追い付いた。
二人は身動き一つしない。
まさか、死んでないよねと不安になった。
転移魔法は不安定で危険な術式だと聞いている。空間転移中に迷子になって異空間に閉じ込められたり、身体に深刻なダメージを受けたりすると聞く。
ゆえに移動する場所双方にきっちりした設備と術者を配置して実施しなくてはならない。それが私たちの屋敷の庭、こんな何の準備もないところに突然降って湧くなんてことはあり得ない。こんな無茶な転移をしたら、死んでたって不思議ではない。
ドキドキしながら、様子を伺う。
一人は真っ黒な服に身を包んだ男。
土気色の肌がたるんで皴も目立つ。髪も白いのが目立つ。だいぶ年がいっているように見えた。うん、とりあえず、見たことない人だ。
そして、もう一人は男に覆いかぶさるように倒れている。体つきはずっと華奢。女のようだ。髪が銀色なのは多分地毛。肌の張りから見るとこっちは若そうだ。
「う、うううぅ……」
女が小さくうめき、身じろぎをした。
良かった、生きていると思った次の瞬間、女が顔を上げた。その顔を覆う仮面。
ゲッ?! クラリス
って名前だったよねぇ。
屋敷の離れで包丁持って追い回された我が生けるトラウマ、クラリスだった。
「あ、あなた、クラリスよね? 大丈夫? なにがあったの?」
とにかく、クラリスへ駆け寄ると抱き起し、事情を確認する。
「こ、ここはお屋敷……なの? なんでこんなところへ」
わたしの質問をほぼスルーしてぶつぶつクラリスはつぶやく。まだ意識がぼんやりとしているようだけど、体に外傷があるようには見えなかった。彼女自体、この屋敷に転移してきたのは想定外のことのようだ。
「ねぇ、この男の人は誰? あなた、伯爵やゼノと一緒だったんじゃないの? 二人は無事なの?」
「男、の、人…… はっ! そ、そうだ。ゼルヴォス様! ゼルヴォス様、しっかりしていください!!」
クラリスは一緒に転移してきた男を揺さぶりながら、何度も名前を呼び始めた。ゼルヴォスというのが男の名前なのだろうか。
はて、どこかで聞いたことがあるような……
ま、それはともかく、体を揺さぶられても男は目を開けようとはしなかった。どこか調子が悪いのは明らかだ。
「こんなところでは何もできないわ。とにかく屋敷の中に連れて行きましょう。手伝うわ」
とりあえず、客間に連れて行き、ソファーを重ねってそこへゼルヴォスと呼ばれる男を寝かせた。
「ねぇ、お医者さん呼んできた方が良いのじゃない?」
「無駄よ。これは普通の怪我とかじゃないのだから」
わたしの提案をクラリスはあっさりと否定する。そしてゼルヴォスの服を脱がし始めた。すぐに上半身が露わになる。
その異様さに息をのんだ。
両肩から脇腹になんとも形容しがたいものがまとわりついている。
赤紫色の紐。
第一印象はそれだった。しかし、その紐はよく見ると小刻みに震え、収縮している。赤紫色した巨大なナメクジ、あるいは蛇のように見える。見ていたらちょっと吐き気を催した。
「なに、これ?」
「呪詛よ」
呻くわたしに、クラリスは忌々しそうに答えた。
「性質の悪い魔術師がいてね、その魔術師の魔法からわたしたちを守るためにゼルヴォスさまは呪詛をその身で引き受けたのよ」
『わたしたち』という言葉に引っかかった。その『たち』の中にはゼノは、そして伯爵は含まれているのだろうか? すごく気になった。だから、思わず聞いてしまう。
「ところで、ゼノは無事なの? 伯爵も。
あなた、一緒にいたんでしょう?」
「はぁ? ゼノ、伯爵……? チッ!」
クラリスは苛立たしそうに舌打ちをした。
相変わらず、怖いなぁ
まあ、たしかに生きるか死ぬかって瀬戸際の人を目の前に他の人の心配をするのは不謹慎かもしれない。自己中でわがままだっていうのもわかる。でも、知らない人の無事より、知っている人のことを気にしてしまうのも正直なところだと思う。
正しくないのはわかるけど、でも、気になるんだから……仕方ない
「無事よ。今のところはね。
ゼノや伯爵を心配するなら、まずこのゼルヴォスさまを助けることに集中することね」
言っている意味は良くわからなかったけれど、2人が無事だと聞けて安心した。オーケー、なら、今は目の前のことに集中しましょう。
「呪詛だとして、どうすれば助かるの?」
「解呪よ。呪いを解けばいいのよ」
「なーんだ、簡単じゃない…… って、それどうやるのよ!」
クラリスは、叫ぶわたしの方へ顔を向けた。仮面に隠れた分からないけど、きっとすごく嫌そうか、馬鹿にした表情をしているのだろう。
「解呪の魔法をかければいいの。だけど、呪詛には決まった型があって、その型に応じて解呪の型を変える必要がある。だから、帝都の魔法院へ転移をしようとしたのだけど、こんなところへでてしまった」
「つまり、解呪できないってこと?」
「できないわけじゃない。とりあえず離れへつれていきます。離れには解呪のためのマギアプレートがいくつかあるから、それで解呪できるはずよ」
2022/08/13 初稿




