ケーキを作るのです!
昼下がり
昼食を終え、そのままゼノの部屋へ行く。が、中に入ることは禁じられている。なぜなら、今、部屋の中ではマールが試験を受けているからだ。ゼノ曰く、試験官、すなわちゼノ、と被試験者、つまりマール、以外は立ち入り禁止とのこと。
仕方ないから、部屋の前の廊下を行ったり来たり、ウロウロしている。
そもそも試験は、昼の食事の用意から夕食の用意の間にあるマールの休憩時間に行われる予定であったわけで、お昼食べ終えてすぐにここに直行してもこうなることは分かっていたわけ。
だからなんだっての?
だって、自分の部屋でなにもしないで待つなんて出来ないじゃない。
そして、待つこと1時間。
ドアが開き、マールが出てきた。
うなだれて、足取りも少しおぼつかない。
精も根も尽き果てたとはこんな姿を言うのだろう。
「マ、マール……」
名前を呼ぶとマールはゆっくりと顔をあげた。
「奥様」
わたしの姿を認めると、マールの瞳にぶわりと涙が溢れた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。私、うまくできなくて……
奥様やみんなにあんなに手伝ってもらったのに。ごめんなさい。ごめんなさい」
涙がポロポロとこぼれ出る。
「良いから、泣かないの。あなたは頑張ったのだから大丈夫。謝ることなんてなにもない」
号泣するマールをぎゅっと抱き締める。
「私、私、うえーん。
でも、私、悔しいです。もっと頑張ればもっともっと上手くやれたとおもったら。エグッ、エグッ、悔しい、悔しい、悔しい」
「うん、悔しいね。
頑張ってたからね。
本当に悔しいね。生きてるとね、どんなに頑張っても届かないことってのもあるのよ。
辛いよね。苦しいよね。
でも、大丈夫。次があるから。絶対大丈夫」
「次なんてないですよ。次なんて。ヒック、エグッ、エグッ。もうおしまいなんですぅ」
「いや、いや、意外とすぐ次があるもんよ。若いとこういうのに慣れてないから致命傷みたいに思ちゃうけど、こんなのかすり傷だから。心配ないから。お姉さん、こう見えて経験者だから保証するよ。もう、七転八倒、のたうちまわってるけど、結構平気に生きてきたから。だから、大丈夫よ。そうだ、なんか甘いもんでも食べて今日のことは忘れましょう。
ね? わたしの部屋いこう。クッキーとかチョコレートあるから。
ね、そーしましょ。そーしましょっと!」
マールを抱きかかえるようにして、そのまま強引に自分の部屋に連れていった。
ソファーに座らせ、クッキーやらチョコレートをだしてやる。本当はお祝いでみんなと一緒に食べるつもりで用意しておいたものだけど、この際出し惜しみはなしだ。
けれどもマールは両手を膝に乗せたまま、山盛りのお菓子を睨んだまま手を出そうともしなかった。
これってわたしのせいだよね
スンスンと鼻を鳴らしながらうつむくマールの姿に心の中でため息をつく。
わたしが変なことを言い出さなければこの子はこんなに悲しまずにすんだんじゃないのか?
そう思うと心が痛んだ。いや、違うな、痛んだってのは他人事だ。この責任はわたし自身がとらなきゃいけないんだ。心を決めると、マールのことはエッダとエレオノーラに任せ部屋を出る。行き先はゼノのところ。なんとしてもマールの不合格を撤回させるのだ。そのためなら土下座だって、なんだってしてやる。
「どうぞ」
ドアをノックするとすぐに返事が返ってきた
。中に入るとゼノは机に向かってこちらを見ようともしない。
「マールのことで話にきました」
「ああ、その事ですか」
ゼノは忙しそうになにかの書類に走り書きをしていた。
「撤回してもらいたいのです」
「撤回?」
ようやく顔を上げた。
キョトンとした少し間抜けな表情。これはこれでギャップ萌えみたいなところはあるな、と余計なことが頭をよぎる。
ブルブルと脳内の頭をふって余計な妄想を振り払う。
「マールのことです。あの子は努力したんです。結果がどうあれそれはまず認めて欲しいのです」
「……ええ、それはそうですね。大変一生懸命だったと思います」
「だったら! だったら許して欲しいのです。マールが見習い看護師になることを」
ゼノは露骨に眉をひそめた。
「一体全体、さっきからなんの話をしているのですか?」
そりゃ、分かるよ。試験をやって落ちたなら、それは当初の約束通り、それを反故にするっていうのなら最初からやらなければ良い。いかにも融通の利かないこの人の考えそうなことだ。でも、無理を承知でお願いをするんだ。
「だから、マールの失格を取り消してとお願いしてるのです」
「マールが失格?
誰がそんなことを言ったのです?
失格もなにも、試験の採点は今ようやく終わったところです」
「はっ? いや、でも、マールは部屋から出てきて泣き出してるんですけど……
だから、試験に落ちたんだと思ったのだけど……
えっ? 違うの?」
「私は、今から採点をするからしばらく席を外してくれと言っただけですよ。失格だなんて言った覚えはありませんが」
なんだか雲行きが怪しくなってきた
なんて思っているとゼノはやれやれというように首を横に振った。
「試験の出来は本人にも分かったのでしょうね。それで落ちたと思い込んだのでしょう。
まあ、これが試験の結果です」
ゼノは採点された試験の結果を見せてくれた。読み書きも計算問題も最初の1/3ぐらいは○もあったがそれ以降は壊滅的だった。これではマールが不合格だと思うのも無理はない。いや、これは不合格間違いなしでしょう。
だったら、やっぱり、拝み倒して判定を覆すことにはかわりないじゃない
「あ、あまり良い点数とは言えないわね……いや、でも後半の問題は意地悪すぎるのではない? もう少し配点の比重を見直して――」
「合格です」
それでもしつこくマールの合格を勝ち取ろうすると、ゼノはあっさりそう告げた。
「……合格? えっ? これで合格なの?」
「ご不満なのですか?」
「あっ、いえ、いえ、合格なら全然異存はないです。うん、うん。
でも、ちょっと気になるかも……
これで合格ならやっぱり試験やった意味なくない?」
わたしの問いにゼノは鼻を軽く鳴らした。
「だから、言ったでしょう。
見たいのは困難に諦めずに取り組み、努力を続けられる強い意思があるかです。
もし彼女が見習いナースとして勉強をするとなれば、これから様々な壁や困難にぶつかるでしょう、そんな時に諦めずに挑戦をする続けられる資質があるかを見たかったのです。
彼女は自分の能力を越える課題を突きつけられながらも最後まで諦めずに取り組む姿勢を見せてくれました。だから、喩え試験が全問不正解だったとしても合格です」
「え――、なにそれ、だったら採点するから追って知らせるなんてもったいぶらず、お前は合格だっ! って言ってよぉ。
マールをなだめるの大変だったんだからね!」
大声で叫ぶ。叫びながらへなへなと床に崩れ落ちた。一気に力が抜けてしまった。
「それはそれ、これはこれです。現時点の学力を知っておくことは有意義ですからね。
その結果を彼女に渡して、間違ったところは分かるようになっておくように言ってください」
ゼノは愚痴、というか、わたしの非難を全くスルーして、しれっと言った。
ああ、そうだ。確かにこんなところでのほほんと挫けている訳にはいかない。合格したことを一刻も早くマールに伝えねば!
急いで部屋を飛び出した。廊下を走り始め、ふと立ち止まる。忘れ物を思い出した。
ゼノの部屋にあわてて戻る。
「なんですか?」
部屋を飛び出したとばかり思っていたわたしが突然舞い戻って来たことに驚いたように問いかけてきた。そんなゼノに満面の笑みを見せる。
「言い忘れていたわ。約束通り、ケーキを作るわ。腕によりをかけてね。みんなでお祝いしましょう!
それから、あなた、思ったよりずっと格好良い!」
それだけ言うと返事も待たずにバタンとドアを閉める。勢いで言ってしまったが、少し恥ずかしい。いや、これは結構、と言うかかなり恥ずかしいかもしれない。
火照り始めた頬をパチパチと叩くと、一目散に走り出す。
「いやっほう!」
走りながら片手を上げて奇声を上げた。
嬉しさ半分、照れ隠し半分だ。
2022/07/30 初稿




