わたし、デレてませんから
厨房が無人なのはありがたかった。
まあ、こんな夜更けに人がいるってことはないのだけど……
両手を頬に当てて熱を冷ます。
わたしがゼノに恋しているなどと、およそ正気の沙汰ではない
あいつは、そう言う対象としてみるには良くないのだ。
ほら、あれよ、なんというか紋切り型で人を馬鹿にしたような態度が良くないのよ。
……でも、あれはそういう話し方なだけであって悪気はないのよね。慣れれば目くじらたてることでもないっていうか、むしろべたべたしないから好ましいというか……
あれっ? なんの話だこれ?
そうだ、そう。
ゼノは良くないって話だった。
うーんと、そうね。
人の言うことにとかく難癖をつけてるのよ。
あれ、本当にうざいわ。
…………
……
でもさ、ちゃんと話せば分かってくれるんだよね。
女とか子供とかで分け隔てしないのって男の人では珍しい
はぁ~~
だから!
わたしはなんでため息なんかついてるんだ!
ああ、もう、あいつのことを考えるのはやめ、やめよ。やめ!
頬を平手で叩いて付き合い入れ直す。今はみんなの夜食の準備をするんだ
とは言ったものの……
ぐるぐる訳の分からない思考を繰り返しのを止めて、戸棚漁ってみたが、途方に暮れる。
夜食を作るための材料が見当たらない。
そう言えば、常に新鮮な食材で料理を作りたいから毎日朝一市場で仕入れてくる、かつその日の内に使いきる方式に切り替えたってピートが言っていたのを思い出した。
う~む、ピート、恐るべし
まじ、なんもねぇ
少し余裕持たせてないと急な来客があったときに対応できなくて恥かくことになるから、後で言っておこう……
そんなこんなで、萎びたバケットを一つ見つけた。ちょこっと噛ってみたけどかなり堅い。歯、欠けるかと思った。
「どうしたもんかなぁ~」
竈の火も落としちゃってるので、これを一から起こし直すのは結構手間なのだが……
厨房を見回し誰もいないことを確認する。
うん、良し。だれもいない
フライパンを手に取り、底を右手の中指でなぞる。すると指の軌跡に沿って淡く輝く線がフライパンの底に現れる。
四角や丸、波打つ線な絡み合った複雑な模様。
炎の紋様と呼ばれているものだ。
今度は左手に意識を集中させる。
すぐに肩から手の先にぽかぽかと熱を感じはじめる。周囲の魔力が集まってきた証拠だ。その集めた魔力をさっき描いた紋様に流し込む。するとフライパンが徐々に熱を持ち始める。
そうこれは魔法。
本来は長い修練を積んだものか、高度な魔法具がなくては使えない魔法をわたしは使うことができる。そんな芸当ができる理由こそが、お父さんに止められた、わたしの秘密。
「さて、さくっとやっちゃおうか」
ちょっとしんみりした気分を独り言で切り替える。
料理に集中するのだ。
バケットを適当な大きさに切り、フライパンに放り込み、加熱する。頃合いをみて、オリーブオイルを加えて更に熱を加える。
ちょっと焦げ目がつくぐらいがわたしの好み
いい感じになったところでバターを投入。
フライパンをゆすりバターとオリーブオイルをからめつつ、カリッとなるまで揚げる。
「よし、完成」
即席で作ったラスクを皿に盛って、ポットに水を入れて、同じく魔法を使って湯を沸かした。
「お待たせー。休憩にしましょう」
エッダたちの部屋のドアを勢いよく開けつつ、高らかに宣言する。
テーブルの真ん中にラスクを盛った皿を置き、紅茶を淹れて、みんなに配る。
「うわっ! これ美味しい」
「うん、私、初めて食べる」
エッダとマールがたちまち歓声をあげた。
「わ、私も、私も!
奥様、これはなんという食べ物なんです」
すかさずミルダが半分噛ったラスクを物珍し気に見つめて質問をしてきた。
「ラスクよ。パンを油で揚げたもの。
今度作り方を教えましょうか」
「はい、ぜひ、ぜひ」
興奮しているミルダの頭を軽く撫でながら、紅茶の入ったティーカップをゼノへ差し出す。
「あなたもお疲れ様です」
「これはご丁寧に」
「どういたしまして。それからこちらもどうぞ」
小皿に取り分けたラスクも勧める。ゼノは少しためらうと一つつまみ上げる。しかし、ランプの炎にかざしてしげしげと観察するだけで食べようしない。まるで宝石かなにかを鑑定でもしているかのようだ。
「なに? 毒なんて入ってないから。食べてよ。
それとも、そういうスナックみたいなものは苦手だった?」
「ああ、いえ。
結構手間がかかっているな、と思ったものですから……」
言い訳じみたことを言うと、ゼノはラスクを口に放り込んだ。
カリッと良い音がした。
「まあ、お礼かな」
きゃいきゃい騒ぎながらラスクを頬張るマールたちに視線を移しながらポツリと呟いた。
「みんなの勉強を見てくれていること。
それからマールの願いを聞いてくれたことに対するお礼」
「マールに関してはまだ分かりませんよ。それは試験の結果次第です」
「それなんだけど、今さら試験って意味無くない?
マールがどのくらいの学力なのかは分かってるでしょ」
「想像はできますよ。
でも、やると決めた以上はやるのです」
「真面目?
いや、頑固?
それとも、不器用?」
「さりげなく悪口を言ってますか?」
ゼノは横に立つわたしの方へ顔を向ける。笑っているのか呆れているのか、それとも憤慨ひているのか? なんだか複雑な表情だった。
「半分悪口」
マールたちを眺めたまま小さく呟く。ゼノに視線を合わせるのがなんとなく気がひけた。
少しの沈黙。そして……
「後の半分は?」
ゼノの問いが返ってきた。なぜかこちらも小声だった。
予想された返しだったけど。う~ん、正直、ちょっと答えるのは難しい。しかし、答えないと許してもらえないようなオーラが横合いからぐいぐいと圧をかけてくる。
心の中でため息をつき、観念する。
「嫌いじゃない。
真面目で不器用なりに一生懸命な人はわりかし好き」
「それは光栄ですね」
思わず驚いて横に目を向けてしまった。
ゼノはなんだか満足そうな笑みを浮かべながらティーカップをゆるりと口許へ持っていく。『私、勝ち組です』みたいオーラが出ていた。それをみたとたん、どくどくと心臓が脈うった。焦る。変な汗が出た。
慌てて口を開く。
「なに気取って紅茶すすってるの?
勘違いしないでね。今言ったのは、一般論だから。べつにあなたのことが好きと言ったわけではないからね」
ゼノは横目でわたしを一瞥する。
「存じてますよ」
少し間を置いてからゼノは答えると、ラスクを一つ頬張る。カリッ、カリッと小気味良い音がした。
「それなら安心」
落ち着け、わたし
自分も一つラスクをいただこう。気を落ち着けるのだ。
頬張るとオリーブの風味とバターの甘みが口一杯に拡がった。
やっぱ、砂糖を少し加えた方が良かったかな
などと思っているそばから、ゼノはヒョイヒョイと立て続けにラスクを口に放り込む。
「これ、美味しいですね。手が止まらない」
ぼそりとゼノは呟いた。それが、すごく意外だった。
「油とか脂肪は人の頭を蕩けさすからね。食べても食べても次が欲しくなる危険な食べ物なのよ。でも、ちょっと意外。
あなたはお菓子なんか食べません! っていう人だと思っていたわ」
「お菓子は食べますよ。集中していると甘いものが欲しくなりますからね」
「へぇ、甘いものとか好きなの?
そうか、じゃあ、マールが試験に合格したはお祝いにケーキをつくりましょう。
あなたにも分けてあげるわ」
「むむ、それは明らかな贈賄ではないですか?」
「違うわ。ただお祝いをしましょうって話よ。
それに、もし合格しなかったら、残念会のためにケーキを焼くつもりだもの」
「結局ケーキを作るのですね。
でも、残念会には私は参加する資格がないんじゃないですか?」
「そんなことないわ」
「なんでです。マールが合格か不合格かは私が決めるのですから。残念の元凶が残念会に参加するというのはおかしいと思いますよ」
「違うわ。
だってあなたが許可しなければお祝い会も残念会もどちらもなかったのよ。
でも、少なくとも今は、マールの前には二つの道が開けている。それは紛れもなくあなたのお蔭」
くるりと身を翻してゼノの正面に向き直る。
「だから、道を閉ざさないでくれて本当に感謝してるの。改めてお礼を言います。
ありがとう」
頭を下げた。
「あっ、ああ……、いや、いいのです。
大した話ではない。
エ、エレノア様の提案は我が領の課題の解決方法を示唆してくれたもので、私はただその案に乗っかっただけの話です」
ゼノの声は珍しく上擦っていた。これも意外である。すこし、物珍し気に見つめていたのがいけなかったのだろうか、ゼノはティーカップをソーサーにやや乱暴に戻すとわたしから急いで離れる。
「さて、子供たち。休憩は終わりです。
今日の残りを済ませてしまいましょう。でなければ徹夜になってしまいますよ」
ゼノは両手を叩くとそう宣言した。
2022/07/23 初稿




