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可愛いって本当ですか?  

「ねえ、エレオノーラにはわたしはどう見える?」


 寝る前に、髪をすいてもらっているときに聞いてみた。

 唐突な質問に彼女は困惑の色を隠せない。


「どう見える、とはどういう意味でしょう?」

「そのまんまの意味よ。あなたの目にはわたしがどう見えるのか? 感じているままを教えて欲しいの」

「う~ん、感じているままと言われましても……

綺麗?」

「なんで疑問形」

「ああ、いえ。お綺麗です、美しいと思います」

「別に綺麗って言って欲しい訳ではないから無理に言い直さなくてもいいわ。わたしは正直なところを教えて欲しいだけよ」

「正直に言いますと、奥様は綺麗と言うより格好良いですかね。

格好いい。男前。そう、姉御ッ!

そんな形容がしっくりします」


 あ――、姉御ね。なんか知ってた。


「えっと、可愛いってのはどう?」

「ないです」


 わおっ! 即答かい


『その辺が可愛いといえるのです』


 耳元にあの人の声が甦る。

 慌ててその声を振り払う。

 違う、違う、違う。 あれは単にからかってきただけ。真に受けては駄目なやつなのはわかっている。分かってはいるのだけど、確かに可愛いと言われたことはわたし史的になかったのも事実。それ故にあれはクリティカルヒットというか痛恨の一撃というか、とにかくダメージは大きい。


「誰かに可愛いと言われたんですか?」

「なっ?! い、言われてません!」


 エレオノーラは櫛けずる手を休めると鏡に映るわたしの顔をじっと観察する。


「はぁー、そういう表情もされるのですねぇ。なるほど、その人は奥様のことを良く見てられるようです」

「だからそんなの本気じゃない……でなくて、言われてないから」

「はい、はい。そう言うことにしておきましょう。さあ、終わりました。

では、今晩はこれにて。お休みなさいませ」


 駄々をこねる子供をあしらうように話を打ち切るとエレオノーラは部屋から出ていってしまった。

 

 う゛―――――


 両手を頬に当てて、うなる。いつの間にか頬はすっかりのぼせ上がっていた。



 大きなベッドに男の人が横たわっていた。

 その傍らに女の子が1人膝まづいている。

 微かなすすり泣きが聞こえる。

 女の子が男の人のごつごつした手を握り泣いていた。

 ああ、夢を見ているんだな、と分かった。


「泣くな。こうなるって話しはずっとしていたろう?」


 男の人の声は優しくて懐かしい。鼻の奥が熱くなる。女の子はただ黙っていやいやと頭を横に振るだけだった。


「これからは弟が俺の代わりだ。

大丈夫、あいつは頼りないが根は良い奴だからな、悪いようにはしないだろう。

だから心配するな」


 女の子はなお一層激しく頭を振る。


 そうだ、その女の子が泣いているのはそんなことを心配しているからじゃない

 わたしには分かる。なのになんで分かってくれないの?


 男の人の少し苦しそうに顔を歪めた。でも、すぐに元の笑顔に戻ると言う。


「だが、お前の力は秘密にするんだ。他人に知られるとどんな厄介なことを引き起こすことか分からないからな」

「やだよぉ。お父さん。わたしを1人にしないでよぉ」

「1人じゃない。お前は誰にでも好かれる。

みんなを大切にするんだ。お前が愛してやれば、みんな必ずお前を愛してくれる。

だから、どこにいてもお前は1人じゃない。

おいおい、そんなに泣くな。可愛い顔が台無しだぞ。エレノア」


 ふいに目が覚めた。

 未だに慣れぬ無駄にふかふかなベッドの中。

 夢から覚めたわたしは呆けたように天井を見つめていた。


 ああ、わたし、可愛いって言われたことあったんだ。初めてじゃなかった


 そんなことをぼんやりと思い出した。




 目が覚めてからはどうにも寝つけなかった。寝るのを諦めて、部屋を出た。暖かいミルクでも飲めば眠気も戻るかと勝手知ったる厨房へと向かう。その途中だった。


「えっと、“Ц“はツェーで “Щ“はシャー……」

「違いますよ。“Щ“はシチャー。シャーは“Ш“です」


 女の子と男の声が聞こえてきた。廊下の先にあるドアから光が漏れていた。声はそこから聞こえてくる。


「あわわわ、どちらも同じに見えますよぉ」


 女の子のやや困ったような声。それはマールの声だった。


「落ち着いて良く見てごらん。右下に尻尾みたいなのが付いているのがシチュー、ないのがシャーだよ」


 その声はゼノの声だった。ゼノとマールの組み合わせは実際に声を聞いても想像できない。何をやっているのドアに耳を張り付けて聞き耳を立てる。


「では、これは“ХАНАСУ“はなんと発音すると思う?」

「えっと……うーん、うーん……」

「えっと、“はなす“ですか?」


 それはミルダの声だった。


 えっ!? ミルダもいるの? 

 

 本当になにをしているのと耳に全神経を集中させる。


「奥様、そんな格好でなにをされているんです?」

「うきゃあぁ!!」


 耳元で声をかけられて、すっとんきょうな声を上げてしまった。振り返るとエッダが目を飛び出させんほど大きく開いて、立っていた。


「うわ、うわぁ。ビックリした!

お、奥様、驚かないで下さいよぉ」

「いや、驚いたのはこっちよ! 急に声をかけないでよ」

「だって真夜中の廊下でドアに張り付いてたら声もかけたくなりますよ」


 そんな会話をしているとドアが開いてゼノがのっそりと姿を現した。その背後にミルダとマールがちょこんと顔を覗かせている。

 やれやれ感満載の調子でゼノはため息をついた。


「カエルが引き潰されたような声がしたかと思ったら、またあなたですか」


 

 そこは使用人の部屋。

 簡単なベッドが3つ置かれている。聞けばエッダとマール、ミルダの3人の部屋と言うことだった。

 

「ゼノから文字を教えたもらっていた?」


 マールとミルダ、エッダの顔を順々に見て、さらにすました顔で立つゼノへと視線を戻す。


 このいけすかない男が? 

 彼女たちに文字を? 

 しかも夜中に? 


「なにが目的よ?」


 問い詰めるようにゼノをねめつける。しかし、答えたのは彼ではなくマールだった。


「私が文字を読めるようになりたいってお願いしたんです!」


 マールはゼノを庇うようにわたしの前に身を乗り出す。


「私もです。私も本を読めるようになりたくて一緒に教えてもらっていたんです」


 後を継ぐようにミルダが口を開いた。二人とも真剣なのが痛いほど伝わってくる。


「べ、別に咎めている訳じゃないの。どっちかと言うと心配してるの。この人……」


 ちらりとゼノのほうへ目を向ける。


「……に変なことされないかってね」

「おやおや、とんだ言い掛かりですね。

変なこととはどんなことですか?」

「間違えたらそれを口実に叩いたり、つねったり、変なところ触ったりしてないか」

「子供相手にそんなことをして面白いのですか?」

「あら、大人相手なら面白いって口振りね」

「そうですね。あなたのような無駄口を叩く口をつねったら面白そうだ」

「む、無駄口ですって?!」

「ほらほら、そうやって貴重な勉強時間を無為に浪費して、ついては彼女たちの睡眠時間を削っているのが分からないのですか?」 


 むむむむ、言い返したいけど返す言葉がない。だから、せめて唇だけ尖らせてやる。


「はい、はい。分かりました。

お邪魔虫は退散しますわ」


 なんだか悪役の言いそうなセリフを吐き出すと部屋を飛び出る。

 肩を怒らせ、廊下を闊歩する。しかし、それもほんの数秒しか続かなかった。頭に上って頬を火照らしていた血はあっと言う間に冷えて、お腹の下に沈殿して後悔という塊になる。


 後悔? 


 ふと湧いた感情に戸惑う。後悔とは一体なんに対しての後悔なのか? 自分でも良くわからない。


 大人げない捨てセリフを投げつけたこと?

 

 いや、いや、いや。それだと今度は誰に対して投げたことを気にしている? 


 さらに混乱する。


 まさかあいつに対して? 

 あのいけ好かない、底意地の悪い皮肉屋のあいつに?


 断じてそんなことはない!


「あの……奥様?」


 背後からの声に振り返るとエッダが追いかけて来ていた。


「お部屋までお供します」

「えっ? 別に良いわよ。迷子になんかならないわ。

それよりもあなたも読み書きの勉強しないといけないんじゃないの?」

「私はレディースメイドの嗜みで仕事の合間にミランダさんからみっちり絞られてますから」

「あら、そうなの」

「昼間良く分からなかったところをゼノ様に聞いたり、予習のお手伝いしてもらってます。そうすると怒られる回数が減りますから」

「怒られることあるの?」

「しょっちゅうですよぉ。ミランダさん、怒ると怖いんですよ。叩かれたり、つねられたりします。ゼノ様のほうがよっぽど優しいです。絶体に怒らないですから」


 エッダを叩くミランダ。

 マール、ミルダ、エッダに優しくて接するゼノ。


 どちらも想像できない。


「そんな光景どうやったって頭に浮かばないわ」

「人って普段見せない面って多かれ少なかれあるじゃないですか。

ミルダは料理が上手くなりたいって思っていて勝手に味付けした挙げ句、食材台無しにしたことあるし、マールはナースに憧れて私たちを練習台にして包帯巻いたりしたりしてるんですよ。

私も隙をみて奥様のベッドで居眠りしてたり……あっ?! これミランダさんやエレオノーラさんには絶対内緒ですよ!」

「わたしにはばれても良いの?」

「だって奥様はゼノ様と同じで優しいから。

もし寝こけてる私を見つけてもそのままそっと寝かしてくれたじゃないですか」


 エッダはそういうと、ニハハと笑った。 


 確かにラウンジで寝てたりしてるのは見逃したけど、ベッドで寝てたりしたらさすがに見咎めると思うけど。それは、それとして……だ。


 自分とゼノは同じで優しい


 その言葉の『優しい』ではなく『同じ』という単語にとくんと心臓が跳ねた。『あいつと同じ』という表現がモヤモヤと曖昧な感覚を沸き立たせる。


 良い意味なのか悪い意味なのか、良くわからない。ただ、ひどく心をかき乱すことだけは確かだった。



2022/07/02 初稿

2023/04/26 矛盾解消のため文章一部変更

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