やっぱりいけすかないのです
つまりですね、とミランダは前置きをすると説明を続けた。
「お屋敷の仕事は大雑把に屋敷の外向きと内向き、そして、料理の3つに分けられています。
外向きの仕事は主に男の使用人たちが担当します。で、その統括は執事のヘンドリックさんになります。
内向きの仕事は家政婦のアメリアさんが統括しています。その下にハウスメイドたちがいます。基本的に女の使用人のトップがアメリアさんです。
なので、私たちレディースメイドはアメリアさん直轄になります。
そして、料理人のピートさんの下に台所回りのキッチンメイドたちが付き従っています。
そのヘンドリックさん、アメリアさん、ピートさんの上になるのが家令のゼノ様ということになります」
なんと! ピートは序列としてはミランダよりも上になるのだ。自分が勢いと思いつきでしでかしたこととはいえ少し驚きである。
「ふーん、それで、クラリスっていうメイド? なのかな、よくわからないんだけど、その仮面をかぶった女性はどこに配置されているの?」
わたしの問いに、ミランダは首を横に振る。
「すみません、その方はお屋敷の使用人としては存じ上げておりません」
「知らない?! そんなことあるの?」
「はい、離れには私たちはむやみに立ち入ることは禁止されておりますので。
立ち入りを許可されているのは伯爵様とゼノ様だけ。後は、三度三度のお食事を離れに運ぶ当番のキッチンメイドだけです。
キッチンメイドたちは、決められた時間に1階の決められた場所に食事を運び、食器を下げるだけなので、どんな人物が棲んでいるのかはさっぱりです。
使用人たちの間では、魔法使いがおられるのだなと噂をしておりました。ですから、もっとお歳を召したかたが居られると思っていました」
クラリスという女性はいわゆる使用人ではない、と言うことなのか。魔法使いのような専門職だと確かに、家庭教師や乳母と同じ扱いにはなる。離れの上の階にあった魔法工房を管理しているのも彼女なのだろうか。それにしては若い。
「魔法使い、ねぇ」
噛み締めるようにつぶやく。
ミランダが言うように一般の魔法使いのイメージは若くて初老ぐらいの年齢の人物だ。それは魔法を使えるようになるのに普通に何十年という修行が必要だからだ。故にいっぱしの魔法使いになるには必然的にそのぐらいの年齢になってしまう。そう考えると、あのクラリスという女は驚くほど若い。
もしかしたら若作りしてるだけで、実は年寄りなのかしら? あるいは、よっぽど魔法の才能に恵まれているか、それとも……
「いや、それはさすがにないか……ないよね」
「はい? なんですか?」
「いえ、こっちのことよ」
怪訝そうなミランダに笑顔を向けて立ち上がる。
「ちょっと厨房へいってくるわ」
◆◆◆
「ふーん、それで離れに食事を届けに行きたいって話ですかい?」
「そうそう」
ピートはグツグツと煮立つ鍋をかき混ぜていた。わたしは手近のテーブルで頬杖をついてそれをぼんやりと眺めている。
「残念ですがね、今日の分はもうマールが持ってちまいました」
「あら、そう。それは残念ね」
そうか、では明日にでもしようか、と思った。
「ところでマールとミルダはどう?」
前回の騒動でジモンスとその取り巻きのキッチンメイドを全員解雇した。今、厨房にいるのはピートの口利きで集めてきたメイドたちだ。そこに頼んでスカラリーメイドであったマールとミルダをキッチンメイドとして雇ってもらったのだ。
「ああ、二人とも真面目に良く働くいいメイドでさぁ。さすがに師匠の目利きだぁね、って思ってまさぁ。
特にミルダがあれだね、熱心だ。
料理に貪欲ってのかな。
あれは良い料理人になりやすぜ」
「へぇ、それは楽しみねぇ」
それを聞いてちょっとほっとする。
「ほんじゃ、また来るわ」
台所を去り行き際にピートの味見皿を奪い、ちょっと飲んでみる。
みるみる眉間にシワが寄る。すごく味が薄い。
「ンっ?! ちょっとこれ、塩が足りなくない?」
「これでいいんすよ。病院食ですから」
「病院食? 入院している人とかが食べる病院食のこと?
なんで病院食なんて作ってるの?」
ピートが少し意外そうな表情を見せ、知らないンすか? と言った。
「この屋敷のすぐ横に病院があるんですよ。
そこの患者のための食事です」
「……なるほど。で、なんであなたがそこの病院の食事を作ってるの?」
「その病院が伯爵様の物だからってぇことでしょ」
はぁ?、と半ば呆れた声が出た。わたしの(まだ素顔を知らない)旦那様はなんでも持ってるのな。
なんで毎日1度に100食も作るのか疑問だったけど、その謎が解けた。
その時、マールが厨房に現れた。
「ピートさん! 大変です。荷馬車の御者さんの都合がつかないって話です」
台所に入ってくるなりマールが言った。
「なんだか急な用事で御者さんたちが出かけちゃいました。これだと病院に食事が運べません」
「なんだと? そんなことを言われてもこっちもこまるぞ。後は火を落として少し冷ましゃ終わりだってぇのに……
それで馬車はいつ帰ってくるんだ?」
「いえ、馬車はあるんですよ。
御者さんたちが船へと荷積みを手伝うんだってみんなで出かけちゃたんです」
「港に荷積みの手伝いだと?
そりゃ、4、5時間は帰ってこれないじゃないか。
さて、どうするかな、俺はこれから屋敷の分に取りかからないとなんねぇしよぉ。
こりゃ、待ってもらうしかないなぁ……
あん? 師匠、なんですかい、そのいやらしい笑い顔は」
「えへへ、馬と荷車はあるんでしょ。なら、わたしが持ってきましょうか?」
「またぁ。本当になんにでも首突っ込みますよねえ、師匠って人は」
呆れるピートをよそに馬車の様子を見にいそいそと外へ出る。裏口に荷車が止まっていた。ご丁寧に軛をつけられ退屈そうにしている馬が2頭ついている。
「あれ、もう準備万端じゃない」
「そうなんです。いつでも出れるというところで御者さんが連れていかれてしまったんです」
後ろからの声に振り返ると、重そうに鍋を運んでいるマールとピートがいた。
「これを積んだら出発できます。
よいしょ! ふう。終わりました!」
蓋をした鍋を荷台押し込むとマールがぱちんと手を叩き、にかっと笑った。
前に見たときには青白い顔で表情も乏しかった。喩えるなら触れたらポッキリと折れしてまいそうな冬の枯れ木のようだったが、今は年相応の笑顔の似合う少女になっていた。
そんな彼女を見れるのは嬉しかった。
「そう、じゃあ、行きましょうか。
道案内は頼める?」
「勿論です!!」
御者台に乗り、問うとマールは軽い身のこなしで隣に座り、元気良く答えた。
うん、良い返事だ
軽くうなづくとパチンと鞭を鳴らす。それを合図に馬車はは動き始めた。
屋敷の裏門、別名北門を出ると久しぶりに広々とした草原を目にすることになった。来たときよりも草が青さを増していた。
夏が近いのね
頬を撫でる風にも夏の匂いが感じられた。見上げると真っ青な空に巨大な雲の柱がどこまでも高く立ち上っている。
ここは美しいところだ、と心の底から思った。
「見えてきました」
道なりにしばらく行くとマールが言った。指差す方向に白い建物が見えた。∟と┃を組み合わせてコの字のような形を作っていた。
「あの右手の建物が診療所で左側が病棟なんです」
「それで、どこから入ればいいの?」
「建物をぐるっと回って裏側に回っていただけませんか」
「了解」
馬車を裏手に回して止めると待っていましたとばかりな建物から数人の女の人が出てきた。
マールは御者台から飛び降りる。
女たちは一団となって荷台から鍋やらパンの入った箱やらを降ろし始める。一団の無駄のない動きもさることだが、恐らくはグループ最年少であるマールがリーダーとしててきぱきと指示をする姿は感動的でもあった。
「お疲れ様です」
手伝う隙を見つけられず御者台からマールたちの作業を眺めていると声をかけられた。
見ると女の人がにこにこと微笑んでいた。
白い上着にズボン。他のメイド服の女たちとは明らかに着ているものが違った。
「いつもの方とは違うのですね。
私はナタリー。ここで看護師をしています」
初夏の爽やかな風のような聞くものから不安を取り除き希望を与えてくれる心地好い声だった。
「こんにちは。いつもの人は忙しいらしいので今日はわたしが代わりです。
エレノアと言います」
「エレノア……
えっ?! エレノアとは、もしかしてエレノア様ですか?」
ナタリーの顔色が変わった。慌ただしく頭を下げる。
「あらまあ、どうしましょうか。
これは奥様とは存じませんで大変失礼をいたしました。どうぞ、お許しください」
「あ――、そういうの気にしないでほしいかも」
ナタリーは少し目を見開き、わたしを探るように見つめると、ふわりと笑った。
また爽やかな初夏の風が吹いた。
「奥様はマールさんから聞いたとおりの方なのですね」
「それ! マールからなんて聞いてるのか、すっごく気になるわ」
「お綺麗で、飾らなくて優しくて、親切。
柔らかくて、暖かくて、いい匂いがして、お母さんのよう。それから……」
「ああ、それ以上はいいです。体がむずむずしてきた」
耳を両手で塞ぎながら御者台から飛び降りる。
「ミルダさんは、照れ屋さんとも言ってました」
ナタリーが追い討ちをかけてくる。
面白がってる、この人? いや、げっぷが出そう。この話題はもう打ち切り!
「わたしのことは良くわかったから、マールやミルダのことを知りたいな。
こちらには良く来るの?」
「はい。最近からですが、ミルダさん、マールさんのどちらかが来てくれます」
「二人の働きぶりはどうなんです? 役に立ってますか」
荷台の物をあらかた降ろしたマールたちが今度は荷物をいそいそと病棟に運び入れるのを横目にしながら質問をしてみる。話題を反らすのを半分。あとの半分は純粋な興味だ。
「それはもう、とても助かっております。
以前のメイドさんたちは運んできたら仕事は終わり。後はこちらに丸投げでしたけど、マールさんやミルダさんは率先して手伝ってくれて大助かりです。
正直、あの二人を担当にしていただいた奥様の大英断に感謝しています」
あ――、あれね。あれは大英断というより成り行き、ほとんど勢いだけでした
その真実に少し白目を剥きたくなった。
「少しマールさんの仕事ぶりを見ていかれます? 興味があれば病院も案内します」
例の爽やかな声でナタリーはそんな提案をしてくれた。
マールが獅子奮迅の働きを見せる配膳室を後にして娯楽室や大浴場に案内してもらった。どこも想像してたものより良い設備ばかりで伯爵様のこの病院にかける本気度が伝わってきた。なんでこんなに入れ込むのかは謎だったけど……
「痛いッ」
廊下を歩いていると鋭い悲鳴が聞こえてきた。大人になる前の少年の声。
「痛い、痛いよ」
「もう一度、ゆっくりやるから、ちょっと我慢だ」
別の声がした。大人の男の声。そして、それは聞き覚えのある声だった。
何事かと声の漏れ聞こえてくる部屋を覗く。
部屋ではゼノが男の子に覆い被さっている。
「嫌だっ! 痛いよ」
再び、鋭い男の子の悲鳴が響く。
「ちょっとあなた! なにしてるの?!」
思わず怒鳴ると弾かれたようにゼノは振り向いた。ほんの一瞬だけど目の前のものを良く確かめるように目を細めたようだった。
「これは、これはエレノア様。こんなところで出会うとは意外ですね」
いつも低く安定している声が微かに高く震えているのに気がついた。
「一体なにをしているのですか?」
「それはこちらのセリフです。
子供に乱暴を許しませんよ!」
「乱暴……?」
ゼノは怪訝そうな顔で長椅子に座っている子供を見下ろした。わたしもつられて男の子の方を見た。さっきまではゼノの背中で隠れて見えなかった。
男の子は白い治療用の服を着て長椅子に両足を揃えて座っていた。突然の乱入者、つまりわたし、をキョトンとした顔で見つめていた。
「奥様、ゼノ様は今治療中なんです」
ナタリーがそっと耳元で囁いた。
「ほえ? 治療中?」
「はい、あの子は最近手と足の移植魔法を受けていまして、その治療なんです」
「治療? でも、あの子、嫌がってるじゃないの」
「痛いのはある程度仕方ないのです。繋げたばかりの手足は強張って動かず、無理に曲げたりすると痛むものなのです。でも、それを承知で動かしてやらない後々上手く動かせなくなるのです」
「そ、そうなの?」
わたしってば、また早とちりしちゃったのか?
ゼノ、いやゼノさんと男の子をまじまじと見直す。今更ながら男の子がこの間の離れの地下で見た子供だと気がついた。
「いやはや、思い込み激しいというか、早とちりと言うか。
相変わらずですね。あははははは」
むう。また、馬鹿にして!
そりゃ、勘違いしまくってやらかしてるのはこっちだけど、言い方とかもっと他にあるでしょう。ちょっとそのことは一言言い返さないと気がすまない。
「ちょっと!
確かに間違えたのは悪かったけど、もっと他の言いか―――」
「その辺が可愛いところとも言えるのですがね」
「か、か、か、可愛い?!」
声が裏返った。
しれっとなんてことを言ってくる?
い、いや、落ち着けわたし。これは絶対からかっているに違いない。こんなのにホイホイ乗っては恥の上塗りよ。
「なにどさくさに紛れて口説いてるのよ!
こっち一応人妻なのよ! 分かって言ってる?」
「勿論ですとも」
駄目だ。こいつはわたしが偽者だって知っている。なにもかも分かっていてニヤニヤ笑っているんだ。
本当に腹が立つ。
「それより屋敷から出ないでください、とお願いしたと思いますが?」
なんと言い返そうかと考えているうちに向こうが先に口火を切ってきた。
「これは食事を運ぶ人手が足りないって言う話だったから仕方なしに来たのよ。仕方なしだからね。それにここも伯爵の病院なら屋敷の敷地内みたいなものでしょ」
「はぁ~、料理人の次は御者の真似事ですか?
本当に落ち着きのないお方ですね。
素人が手をだすことが他の人の邪魔になると思わないですか?」
「邪魔ってなによ?! わたしがいつ邪魔をしたっていうの?」
「今、まさに。
奥様との無駄話が私の治療の邪魔をしているとは思いませんか?」
むぅ……
「分かりました。お邪魔して申し訳ありません。これ以上邪魔しないように退散しますわ」
それだけ言うと部屋を飛び出た。
本当にいけすかないやつ
2022/06/25 初稿
2023/03/09 ゼノのセリフ一部変更




