おかげさまでピーター率80%の大満足!
「ふぅ、これで終わりっと」
「先輩、お疲れ様です」
先方へのメールを終えた谷津原は、とうに冷め切ったコーヒーの残りをぐぐいと一気に傾けた。
谷津原が手掛けた新発売の栄養ドリンク。デザインからこだわり発売まで何度も打ち合わせを重ねた結果、売り上げもまずまずとあって仕事も一段落を見せ始めている。
「明日、頼むな」
「大丈夫ですって! たまには任せて下さいよ!」
「なーんか心配だなぁ……」
金曜日に有給を取り一人三連休とした谷津原は、地元静岡の祖母の家を訪ねる予定となっていた。
祖母から『ペスが急に死んでしまった』と、悲しみのメールが入ったのが月曜日。
お婆ちゃんっ子の谷津原は、居ても立っても居られずに、直ちに有給の申請をしたのだった。
「明日の一番で営業所の田中さんが、来月のカタログの見本を持ってくるから、それを部長に渡してくれ」
「はいッス!」
「じゃ、俺はお先に失礼」
「お疲れ様でしたー!!」
谷津原は帰省の身支度を調えるため、少し早めに会社を出た。
駅前では建ち並ぶ飲み屋のあちこちから、賑やかな声が聞こえている。七月の初め、ビールがよく似合う暑い夜だった。
そのどれにも目をくれること無く谷津原は歩き続け、そして近くの公園を過ぎ、最寄りの自販機の前で立ち止まった。
「ああ……こう、なんか……嬉しいな」
自販機には、谷津原の手掛けた栄養ドリンクが売っていた。思わず谷津原の顔に笑みがこぼれる。
自らの仕事が周囲の生活に根付いたような、親近感が生まれたかのような、まるで馴染みにでもなれたかのような、そんな高揚感が谷津原の胸を動かした。
「もしもし」
その時だった。
谷津原の袖をそっと引く人が居た。
「おっと!! いつからそこに!?」
谷津原は酷く驚いて二歩後ずさった。
谷津原の袖を引いたのは、今にも魔女にでもなりそうな、とうに古ぼけた老婆だった。
「シシシ。ずっとおったわい」
老婆は自販機の隣で路上販売をしており、その品揃えはどれも古臭く、そして胡散臭い物ばかりが並んでいた。
「気が付かなかったですよ、ハハ」
谷津原は気まずそうに笑いながら、自販機で栄養ドリンクを買った。そして、おつりを取ったときに老婆と目が合い、少しの間を置いてもう1本を買った。
「宜しければ、どうぞ」
「すまないね、ヒヒッ」
催促染みた様子など老婆には無かったが、谷津原は自分一人で飲むのを何となく躊躇った。
山ほど試飲した栄養ドリンクも自販機を通すと味が変わるのか、飲み終えた谷津原は満足げに瓶を見た。
『これ一本で8時間!』の売り文句がサラリーマンとしては何とも切なかった。そして備え付けのゴミ箱に瓶を滑らせ、再び歩き出す。
「お待ちなされ」
そんな谷津原を、老婆が引き止め、そっと一枚の色紙を差し出した。
それは薄い緑色の、長方形の上部に小さな穴が開いていた。
「これは何でも願いが叶う短冊じゃ」
「い、いえ……結構ですよ」
「飲み物のお礼じゃ。なぁに、金は取らんしコレもせいぜいジュース一本分の願いしか叶わんからな、シシ」
「は、はぁ……」
谷津原は愛想笑いを返し、仕方なくその短冊を受け取ることにした。
「くれぐれも大層な願いは書いてはならぬぞ? よいな」
「はぁ」
谷津原はぽかんとした口調で応え、そして足早に老婆の下から立ち去った。
「ただいま」
誰も居ない部屋に向かって帰宅の旨を告げた谷津原は、手にしていた短冊をそっとテーブルの上に置いた。
「七夕、か」
冷蔵庫からビールを取り出しプルタブを開ける。
テーブルの隅からボールペンをほじくり出した谷津原は短冊に向かって座り、ピザのチラシの隅っこにグリグリとインクの出を確かめ【リピーター率が80%のメガヒット】と、書き殴り、ボールペンを投げた。
リピーター80%は、部長の霜田が常に口うるさく掲げている営業目標の一つ。そう簡単に届くはずがないとの皮肉も込め、谷津原は鼻で笑う。
「万が一売れたら臨時ボーナスもあるかもな」
谷津原はにやけ顔で身支度を始めた。
駅の朝はサラリーマンと学生で溢れかえっていた。
普段はその一員である谷津原も、この日は私服で風雅にカフェのコーヒーをゆったりと楽しむ余裕があり、時間に追われ足早に駆けるサラリーマンを見ては、可哀想だなと思うのだった。
谷津原の電話がなった。
画面の【霜田部長】を見て、谷津原はげんなりした。どう考えても嫌な予感しかしなかったからだ。
「はい、谷津原です」
「おい! これは何だ!!」
いきなり怒鳴られ更にげんなりする谷津原。
「どうかなさいましたか霜田部長……?」
「どうかしたからこうして電話しているんじゃないか!!」
だから早くそれを説明しろと、谷津原は眉をひそめた。カフェのコーヒーに目を落とすと、それまで特別に見えたこの時間がもう何でもない様な気がしてしまった。
「見本の56P! この誤字脱字は何だ!!」
「えー……っと」
営業所の田中が朝早くから持ってきたカタログの見本。どうやらそれに不具合があったようだ。既に6000部を作り終え、配送所にも送られている。今更騒いでもどうにもならないが、霜田は怒り心頭だ。
「56Pですか……もしかして柳田邸の味噌カツですか?」
「そうだ!!」
谷津原はため息交じりに、やっぱりなと思った。
カタログのデータは主に谷津原が制作をしたが、56Pの柳田邸の味噌カツだけは違った。
『俺ココの大ファンなんだよね! だから俺作るわ』
そう言って、霜田が手を出してきたのである。
「私、味噌カツについては一切手を出しておりませんが……霜田部長ですよね? 大ファンだから制作すると申し出たのは」
「……え!?」
素っ頓狂な声が出た。霜田は自分で手を出した事すら忘れていたのだ。
「お前出来たやつ確認しなかったのか!?」
「確認する前に『印刷所にデータ送ってOKした』と言ったのは霜田部長ですよね?」
「えっ!?」
霜田は言葉を詰まらせた。
この件については谷津原に非は無い。あるとすれば霜田の普段の仕事ぶりが露見した。ただそれだけだった。
「では、そろそろ電車が来ますので」
「あ、ああ……」
霜田の力無い言葉を無視するように、谷津原は電話を切った。
普段から出しゃばりのくせに無能な霜田に、谷津原はほとほと嫌気が差していたのだ。
谷津原は後輩に問題のページのデータを送るように伝えると、数分の後に『どうしましょうか?』の短文と共にデータが送られてきた。
【おかげさまでピーター率80%の大満足!!】
谷津原は、駅のホームで思わず吹き出してしまった。すぐに咳払いを一つし、冷静を努める。
谷津原は『霜田部長に始末させろ』とだけ返信し、到着した電車へと乗り込んだ。
「では、明日中に出来るかは、ちょっと確認してみますね」
「何卒お願いします。請求は定期リーフレットとチラシの方に分散で一年掛けて消化願います」
沼矛印刷所の営業マンである田島は、その電話をどうしたものかと、重いため息をついた。
データ変更による刷り直しは多々あることだが、納期の大幅短縮については常に頭が痛くなる。しかも本来二週間の納期を中一日。土台無理な注文なのは明らかで、しかも請求を分からぬように分散させる小細工のオマケ付きだ。
「沼矛食品のカタログ、データ変更で刷り直し出来るかってさ。明日までに」
「出来るわけないじゃないですか。アホなんですか?」
隣の席の横村は笑いながら、そう返した。
「ま、一応聞くだけ聞くわ。変更は1ページだけだから」
田島が印刷室へ出向くと、室長の赤川が酷く渋い顔をしていた。
田島の顔を見るなり舌打ちを漏らし顔を背ける。田島が印刷室に来るときは、大抵無理難題を押し付けてくると相場が決まっているからだ。
「沼矛食品のデータ変更が入りまして……今日印刷で行けますか?」
「俺達に寝るなと言うのか?」
「ハハ、ですよねぇ……」
「それに製本所にも死ねと言うのか?」
「ハハ……ですよねぇ」
田島はとぼとぼと印刷室をあとにした。営業成績的には美味しいが、後工程全てを敵に回すほどではなかった。
「アレのやり直しですって? しかも明日中に? まさかぁ。田島さんったらやだなぁ、ハハハ!」
製本所の担当者にはジョークだと思われたようで、まともに取り合ってすらもらえず、田島は霜田へ詫びの電話を入れるしか無かった。
「明日中の刷り直しは納期的にも……ちょっと」
その返答に、霜田は酷く頭を掻き毟った。
自らの不始末とは言え、ピーター率はお粗末にも程がある。コレが上役の目に止まれば査定にも関わる。
カタログが顧客に配送されるまでの二日間、霜田は生きた心地がしなかった。
月曜に谷津原が出社すると、霜田は左団扇で豪快に笑っていた。
谷津原の挨拶にも笑顔で応えた。まるで先日の一件を忘れてしまったかのように。
「アレは気でも狂ったのか?」
「いえ、それが……」
後輩に事の顛末を聞いた谷津原は、出社前にコンビニで買ったカフェオレを落とし掛ける程に驚いた。
「注文が激増だって?」
「ええ、その分クレームも増えましたが」
謎のピーター率を目当てに、柳田邸の味噌カツの注文が激増。そして「ピーター入ってねぇぞおい!!」のクレームも新規で激増。しかし売り上げ的にはメガヒットだった。
「ハハハハハ!」
霜田は大笑い。今にも椅子から転げ落ちそうだった。
「ある意味狂ったな」
「ええ……」
予期せぬ売り上げを聞いた専務の行平からの電話があると、霜田はおどおどとしたが、すぐにその顔は明るくなった。
ひょうたんから駒と言わんばかりに、自らのミスをオブラートに包み報告する。そして臨時ボーナスの話があがると、二つ返事で受け取る旨を伝えた。
「俺達には?」
「あるわけないさ」
谷津原はやるせない気持ちをぶつけるように、カフェオレに口を付けた。
「ふぇふぇふぇ」
「…………」
谷津原はまた、自宅近くの自販機の隣で老婆を見付けたが、話す気にもなれず無視を決める。
「メガヒットしましたかな?」
「……!」
思わず谷津原の足が止まる。
老婆と目を合わせたが、その瞳には何を見ているのか分からぬような濁りだけ。谷津原は更に気味が悪くなった。
「もう一枚、如何かの?」
「そうやって、今度は金を取るんですね?」
老婆の口がゆっくりと開いた。
犬歯の抜けた、妙な口内の隙間が、不気味に自販機の明かりで照らされた。
「いんや? タダじゃ」
「そうですか。じゃ」
谷津原は前を向き、歩き始めた。
不気味さから逃げるように。
「ただいま」
誰も居ない部屋に帰宅の旨を告げ、ポケットにカギを入れると妙な感触が指先にあり、それを静かに引き出すと、谷津原はゾッとした。
「短冊が……なぜ」
うぐいす色の薄い紙に穴があり、それは先日の短冊と同じ形をしていた。
谷津原は恐ろしくなり思わず短冊を振り払った。そして疾うに忘れていたテーブルの短冊を見て、背筋が凍った。
【ピーター率が80%のメガヒット!!】
短冊の隣にはビールの缶が倒れており、短冊の上部が濡れたようにふやけ『リ』の文字が滲んで消えていた。
「俺がビールをこぼしたからなのか……?」
谷津原の額に、今までかいたことの無い汗が出始めた。
ついさっき振り払った短冊を玄関の隅から拾い上げ、砂を払う。
そしてゆっくりとテーブルの上にそれを置くと、ネクタイを緩め、ボールペンをほじくり出し、どっしりと座り込んだ。
「臨時ボーナス……」
谷津原の脳内に霜田の左団扇が過る。
「部長昇進……」
谷津原の脳内に、行平から賛辞を受ける自分を想像した。
「成績トップ……!!」
谷津原は、ボールペンを握る右手に力を込めた。
【今月のドリンク売り上げ三倍!!】
いっそ十倍と書きたかった衝動を堪えた谷津原は、短冊をハンガーに洗濯ばさみで留め、シャワーへと向かった。
翌日、出社した谷津原の前に、慌てた後輩が現れた。
「先輩おはようございますドリンク注文がヤバすぎてヤバいです!!」
「おはよう、まずは落ち着け」
内心半信半疑だった谷津原は、しめしめとニヤけたくなる顔を押さえ、発注書のコピーを受け取った。
それはとある資産家からの依頼であり、数日後に行われるパーティーで谷津原が手掛けた栄養ドリンクを使いたいとの旨が添えられていた。
注文数は先月の二倍強。これで今月の売り上げは先月の三倍となる見通しだ。
「……え?」
「これヤバすぎません!?」
しかし、本当にヤバいのは、注文量よりも納期だった。
「7/15って……嘘だろおい」
「しかも一括納品で期日厳守ッス!」
慌てて電話を取る谷津原。相手はグループ会社のドリンク工場だ。
「沼矛の谷津原です朝早くからすみません。飲料の千葉さんをお願いします」
頭を抱えるようにデスクに座り、ジッと電話の主を待つ谷津原。千葉の低い声が聞こえたのは、保留音がしてから五分後の事だった。
「はい。千葉ですが」
「おはようございます沼矛の谷津原です。千葉さん折り入って御相談が……」
谷津原は大量発注、短納期、そして期日厳守の大仕事の相談を持ちかけた。
が、千葉の反応は芳しくなかった。
「機械は24時間フル稼働ですがね。箱詰め、運送は人力なのでなんともねぇ……。あ、あとラベルが足りないですよ?」
「あ……すぐに手配しますので是非お願いします!」
「まあ、ドリンク飲んで頑張りますよ、ハハ」
電話が切れると、谷津原はすぐに工場へ手配書をFAXし、続いて沼矛印刷へと電話した。
「あ、田島さんですか? ええ、先日はウチのアホが失礼をば」
こっそりと毒を吐き、ドリンクの瓶に貼るラベルの話を持ちかける谷津原に、田島は好意的な態度を見せた。
ラベルは小さく一枚の紙に大量に印刷出来るため、実際の印刷枚数はそれ程でも無い。しかし、リニューアル等でラベルが変わることが多く、一度に少量しか刷らないため、定期的に注文をする必要があるのだ。そして一度に刷る枚数が少ないと、それだけ単価が上がる。田島にとっては美味しい仕事の一つである。
「ええ。印刷はすぐにでも。あ……インクが」
「すぐにお待ちします!」
ドリンクのラベルの色をこだわった結果、通常の印刷で出せる色調の限界を超えてしまい、インクも特注となっていた。
しかも特注の特注過ぎて印刷所でも在庫をストック出来ず、沼矛食品で管理する事となっていた。
谷津原はすぐに資材倉庫へと走り、インクの缶を抱えて営業車へ乗り込んだ。
「お待たせしました!!」
沼矛印刷へ駆け込んだ谷津原は、そのまま印刷が終わるのを待った。印刷を終えたラベルを自ら工場へと持ち込む為だ。
「出来ましたか!? 私が持って行きます!!」
「まだインク乾いてないですよ?」
「大丈夫です!!」
谷津原は田島の制止を振り切り、印刷されたばかりの紙を台車に乗せ、そのまま営業車へとぶち込んだ。
荒々しい運転で走り出すと、そのまま隣の県のドリンク工場へと向かい出す。
「ラベルお待たせしました!!」
「早いですね」
千葉がラベルを受け取り機械に仕付けると、ラベルに製造ロットが印字され、小単位までカットされたラベルが、瓶の一つ一つに貼られてゆく。
谷津原は箱詰めのオバチャン達の中に混ざり、黙々と作業を手伝った。それも泊まり込みで。
が、一人増えたところで限界は大して変わらなかった。
「とてもじゃないが間に合わない……!!」
焦りを感じた谷津原は、依頼先の資産家へと電話を掛けた。
「かくかくしかじかで納期の方をなんとか……!!」
「パーティーの時間はずらせない。間に合わないなら他のを使う」
「そこをなんとか!!」
「ならん」
パーティーは7/15日の六時から。
沼矛食品の〆日は7/15。
谷津原は短冊に『今月の』と書いた事をとても後悔した。
「千葉さん!!」
「はい?」
近くで箱詰めを行う千葉のそばには、空になったドリンクが何本も転がっている。千葉も不眠の作業で大分苦しんでいた。
「他の瓶にラベル貼っちゃダメですか!?」
「ダメです」
「ダメですか!?」
「ダメです」
「貼れー!!!!」
「…………」
千葉は似たような栄養ドリンクの生産ラインに電話を掛けた。
「ラベル変更」
それだけを伝え、そして倒れた。
他社のドリンクに沼矛食品のラベルが貼られてゆく。別ラインのオバチャン達も頭を傾げたが、まあいいやと箱詰めを行ってゆく。
こうして、偽装行為の末、発注数のドリンクは確保できたのだった。
「運べー!!!!」
次々と運ばれゆくドリンク&偽装ドリンク。
千葉と谷津原もそれぞれトラックに乗り込み配送を手伝う。
ヤケクソで栄養ドリンクを3本飲んだ谷津原だが、その全てが偽装ドリンクだとは気が付かなかった。それ程に彼は疲れ切っていた。
「お待たせしました!!!!」
トラックから次々とドリンクが降ろされ、計量の後、無事に納品を終えた谷津原はその場で倒れてしまった。
「……う、うーん」
「あ、気が付かれましたぞ?」
谷津原が目を覚ましたのは、パーティーの最中だった。
屋敷のベッドで目を覚ました谷津原の目には、次元の違う世界が映し出された。
「すみません。どうやら気を失ったようでして……あ、私沼矛食品の谷津原と申します」
「あ、もしかして栄養ドリンクの開発担当の……?」
「ええ」
「それはそれは! 此度の発注も我が主がそちら様のドリンクを大層お気に召した事から始まりまして。ささ、主にご紹介を」
「え? え?」
谷津原は促されるままにパーティー会場の中へと連れ出された。ヨレヨレのスーツが目立ち、谷津原は奇異な目で見られた。
「ご主人、此方沼矛食品の谷津原様です。谷津原様が今回直接配送を」
「おお! これはこれは何たる奇遇!」
「ど、どうも……ハハ」
谷津原はすっかり萎縮してしまい、名刺を渡すことすら頭から抜け落ちてしまっていた。
「これから一つ余興がありましてな。是非参加して頂きたい」
「?」
前へと連れられた谷津原の前に、四つのワイングラスが並べられた。それぞれ黄色の液体が、少量注がれている。
「私は栄養ドリンクが大好きでしてな。毎日沢山飲むものですから、すっかり利き酒ならぬ利きドリンクが出来るようになりまして」
「は、はぁ」
「是非、谷津原さんにも試して頂きたい。開発担当の方なら自社のドリンクならすぐにお分かりでしょうから」
「は、はぁ…………ぁ」
谷津原は小さく声をもらした。
「ついぞ先程お届け頂いたドリンクの中から使っておりますぞ」
「…………」
谷津原は思い出した。
納品したドリンクの半分以上は偽装ドリンクであることを。
そして願った。目の前に注がれている栄養ドリンクが、本物であることを。
「…………」
「飲み終えた感想は如何ですか? 当然お分かりでしょうな! ハハハ!!」
谷津原は押し黙るしか無かった。
散々と試飲した栄養ドリンクも、別物とすり替わっていては意味が無い。
「こ、これですかねぇ?」
谷津原は勘を頼りに答えた。
「ハハハ、それは別会社のですぞ! どうしましたか?」
谷津原は赤面し俯いた。
「もう一度! ちょっと業務の疲れが」
それから谷津原は三度やり直し、ようやく正解を言い当てた。
が、開発担当が味音痴との噂が出回り、来月以降の売り上げは急激に落ちてしまった。