何故ケツにダイナマイトを入れているのか宇宙人。
キャトルミューティレーションされた。日曜の朝の事だ。
犬の散歩を終え、ポストから新聞を取り出し、配達の牛乳瓶を取ったところで宇宙船に誘拐されてしまった。
メタリックシルバーな格子の檻の中、俺は新聞と一緒に閉じ込められている。因みに牛乳瓶はキャトルミューティレーションの衝撃で倒れ、溢れてしまった。グレイ染みた宇宙人が数人、溢れた牛乳を指差してスキャンやら採取やらを忙しそうにしていた。
「で? コイツは……?」
特に拘束具もされず、相部屋の住人に向かって親指を向けた。尋ねたグレイ君は俺の質問を無視し、溢れた牛乳を舐めて『案外悪くなくない?』みたいな顔をしている。
何故か俺と一緒に檻の中に居るグレイ氏は、体育座りで横に倒れている。しかしよく見れば、ケツにダイナマイトらしき物体を刺していた。
仲間割れだろうか、それとも我々人類と同じように、同種族間による争いの果てなのだろうか……。
「……ご趣味ですか?」
グレイ氏は答えない。
「おーい」と、グレイ君に呼び掛けるが、まだ犬のように溢れた牛乳を舐めている。それを止めようとしたスキャン係がグレイ君に殴られて、檻の外が少し騒がしくなってきた。
「とんでも官邸団録画してないから、その前には帰してくれよ~」
仕方なく、格子に寄りかかり新聞を広げた。
普段は適当に読み流すが、他にやることもないので、株価の隅々まで読んでしまう。
中学生向けの数学のテストの答え合わせの途中で、ようやくリーダーらしきグレイ様が檻の前に姿を見せた。
「♩♪♬♪♬♪♪♩♬」
まるでオルガンを適当に押したような音がグレイ様の口から流れた。そもそも言語なのか怪しく思う。
「おい、訳せ」
体育座りでふて腐れているような、グレイ氏のケツを叩いた。肌触りがゴムみたいで、ちょっと嫌な感じがした。叩いたが為に夢が一つ消えたような気がした。
「人間はどうやって食うのが美味いか、相談してる」
首をぐるんと回し、奴等を見た。
グレイ様とコック帽をかぶった某グレイが何やら空中に映し出された画像を見ながら楽しそうに笑っている。画像には皿と料理が見えた。俺は食料として認定された。
「待てって! 食われるなんて斜め上過ぎるだろ!? せめて肺一つとか、肝臓大さじ二杯とか、そんなくらいだろ!?」
力尽くで格子を揺らすが、メタリックシルバーはびくともしない。
「何とかならんのかおい!」
グレイ氏のケツを叩くと、嫌そうな顔をして起き上がった。が、すぐに横になって寝転んだ。
「諦めろ。奴ら、地球人を食べるのは初めてだから、例え不味くても食われるのは確定してる」
「なんてこった!」
居ても立ってもいられず、檻の中をグルグルと回り始めた。
どうしたら良いか、考えても考えても答えは出ない。
檻の外では、グレイ君が舐め終えた牛乳の残りを金色の装置で吸い取って綺麗にしていた。
「知恵を出せ! そのケツのダイナマイトは飾りか!?」
「いやこれアクセサリー。流行だよ、知らない?」
宇宙人の趣味は理解できん。てか本当に飾りだった。
ケツダイナマイトがアクセサリーなら、脱腸の老人達は皆パリコレに立てるだろうよ。
通訳以外役に立ちそうに無いグレイ氏に、俺は舌打ちをサプライズプレゼントしてやった。
「で、何故お前は閉じ込められてるんだ?」
「勝手に地球人を食ったから」
最悪だ。
俺は今、ライオンと同じ檻に閉じ込められてるらしい。
ふて腐れたように大人しいグレイ君も、実は肉食獣で、その気になれば俺なんかペロリと食ってしまう悪食星人。もう終わりだ。家には帰れそうにもない。
「♪♪♩♪♩♬♩」
グレイ様がにこやかに話し掛けてきた。隙あらばぶん殴ってやりたいが、格子の間隔が狭すぎて手も出せやしない。
「おい通訳」
「最後に何食べたいかって聞いてる」
「おいおい、もう最後かよ!」
やりきれない怒りを格子にぶつける。
グレイ様が手を叩いて笑った。
「野郎! 食われる前に食ってやる!!」
「うぎゃあ!」
グレイ君が悲鳴をあげた。俺が本気で肩に齧り付いたらだ。
ジタバタと暴れるグレイ君だが、俺もどうせ死ぬなら最後に思い切りやりきってやるつもりだ。
「♪♩♩♬♩♩!?」
グレイ様が慌てて俺を指差している。
「止めろ! 俺を食ってもアレだ! アレだぞ!」
「知るかよ! 滅茶苦茶不味いけど食い千切ってやるからな!!」
檻の扉が開いて、グレイ氏と某グレイが俺を止めに入る。
丸かじりとはいかなかったが、ほんの少しだけ肩の肉を食ってやった。グレイ君から銀色の血がにじみ出した。
「マッッッッズ!!!!」
床に肉片を吐き出した。子どもの頃に食べたバナナ味のガムを思い出し、気持ち悪くなって嘔吐した。
「♬♪♪♬♬♪♩……!!」
「何言ってんのか分かんねぇよ!!」
押さえられた腕を振りほどき、グレイ様の頬を殴り付けた。折れるような衝撃が拳から伝わり、グレイ様は壁に激突して項垂れた。微動だにせず首が240°程曲がっている。やべ……。
「♬♪♪♩♩♩♪♩!!」
首が曲がったまま叫ぶグレイ様に、俺は一先ず安心をした。万が一、殺っていたら宇宙戦争ものだろう。
──一瞬、目の前が光り、いつの間にか家の前に戻っていた。
何が起きたのか分からずキョロキョロと辺りを見回すが、いつも通りの景色がそこにはあった。
「手に負えなくて戻された……?」
自由を勝ち取ったような魂の雄叫びをあげた。
死からの生還に、全身から汗が噴き出した。
「キャーーーーッ!!!!」
家に戻ると、妻が悲鳴を上げた。
「バケモノー!!!!」
泣き叫びながら逃げる妻に、俺は「ただいま」と笑いかけた。
一体どうしたのか、訳も分からず妻を追う。
「こ、来ないでよ……!!」
キッチンで包丁を握り締める妻に、俺はそっと問いかけた。
「どうした? 変だぞ!?」
しかし妻の顔は酷く怯えたように震え、歯を食いしばり、恐怖を押し殺すようにして肩で息をしていた。
「何言ってるのよ!! ここは日本よ!! TOICA700点でも意味ないのよ!!」
妻が俺に包丁を向けた。安物の切れない包丁だ。しかし、切れないだけに刺されたら痛そうだ。
「落ち着け、な?」
「キルユーーーー!!!!」
包丁の突き出しが見えたが、避けるだけの反射神経は無かった。
「ゥググ……!」
腹に包丁が半分埋もれている。
血が──銀色だった。
「──!?」
フラフラと、流し台の壁にぶら下げてある小さな鏡を覗いた。
「……マジかよ」
そこには、人間とグレイのハーフのような顔が映っていた。
「……ハハ」
俺は、手に負えなくて捨てられたのではなかった。
もう食料としての価値が無くなってしまったから捨てられたのだ。
グレイを食べるとグレイになる。
知っていればアイツを齧るなんてしなかったのに……!!