あの、オレ本当に何の取り柄もなくなったんですけどー4
あれから数週間が過ぎた。
アリサは会社に行くときは、必ずエレベーターで2往復するのが習慣になった。
でも最近では、もう2度とあちらには行けないのではないかと、諦めかけている・・・
シバは暗示が使えなくなったら、何かが吹っ切れたようで、傲岸不遜な感じはなくなり、すっかり大人しくなった。
こちらの生活にも少しずつ馴れるよう努力している。
言葉も少しはわかるようになってきたので、優ちゃんのバイト先で簡単な仕事をさせてもらっているらしい。
アリサが休みの日に夕食を食べにきたりするが、ほぼ優ちゃん家にいることになってしまった。
「独り立ちしたら、すぐに追い出すから大丈夫!」
優ちゃんは笑ってたけど、申し訳なさでいっぱいだった。
「そこがアリサのいいところだよ。私もそれに救われたんだし」
「え、救うって大袈裟な・・そんなことあったっけ?」
優は笑いだした。
「そうそうアリサはそれでいいのよ!だから勝手にお返ししてるの。」
アリサは昔から「どーして、どーして」とうるさく色々と訊いてこなかった。
優の人生はなかなかのハードモードだったので悩みごとだらけだったが、アリサはいつもどおりにどーでもいい話をして笑わせてくれた。
その間は悩みを忘れさせてくれた。
そしてこちらが口を開くまでは、絶対に待っていてくれる。
心地よい優しさを持っていた。
「それに彼氏と別れたばかりで寂しかったし、何かあるほうが気が紛れるから。」
優がそう言ったので、そういえばそうだったな・・と、アリサは思い出した。
なにせ1年ぐらい?ここにいなかったから、随分前の出来事に感じていた。
「じゃあ、バカ息子をこれからもよろしくお願いします」
アリサは深々と頭を下げた。
「任せなさい、難しいとは思いますが更正させてみせましょう!」
優は改まった顔つきで言い、2人はバカみたいに笑ったのだった。
そのシバはこちらの世界がすっかり好きになっていた。
初めこそ『暗示』もなくなって、なげやりな態度をとっていたが、もう無いとわかったら何だかすっきりした。
あれがあるから『何とかできる』と世の中を舐めきっていたのだと、身に染みてわかった。
ここでは『特性』がないにも関わらず、ワンダよりもずっと進んだ文明がある。
特性など無くったって、何でもできるんだ!ということを具現化しているかのように感じたのだ。
言葉を覚えるのは難しいが、伝わったときは本当に嬉しい。
仕事はしんどいが、お給料をもらって自分のお金でアイスクリームを買ったときは心の底から美味しいと感じた。
そして何よりも驚いたことは優が男だったことだ。
確かに一緒にいて「??」と思うことは多々あった。
アリサよりも美人だったし、厳しさの中にも優しさもあって、シバはそういうところがいいなと思っていた。
「色々あるのよ。」と言ってたが、言葉がもっと理解できたらその『色々』もわかるようになるのかもと励みにしている。
まだ数週間ではあるが、シバはこのようにしてこちらでの活路を見いだしていた。
その日、バイトが休みだったシバはアリサの家で一緒に夕食を食べた。
『暗示』をかけることに慣れてしまっていたシバは人のことをじっとみてしまうクセが抜けなくて、バイト先で勘違いされることが多いらしい。
「モテモテじゃない!」
アリサが羨ましがるとシバは照れていた。
「でも気になる人には振り向いてもらえないから・・・」
そんな殊勝なことを言い出す。
「好きな人できたの?」
「よく知ってる人だよ。」
優ちゃんの言うことはよく聞くなと思ってたけどそういうことだったのね。
シバは意を決して訊きたいことを尋ねる。
「あのさ、優の秘密は知ってるよな?」
アリサはどう答えたらよいのか悩むが、やはり本人の口から話を聞くのが最善だろうと、何も答えない。
シバは何となくこうなりそうだと思っていたので、簡単に引き下がった。
でも・・・悩みに悩んで今の優ちゃんがあることだけは覚えておいて欲しいとだけ言っておいた。
それと・・とアリサはずっと思っていたことを口にした。
「多分、私があなたのことをここに呼んだのかもしれない・・」
あの刺されそうになった時に、アリサは目を真っ赤にしているシバにとても同情したのだ。
だから一緒に連れてきてしまったのではないかと考えていた。
アリサは全く気がついていなかったが、あの時同じエレベーターにシバは乗っていたのだ。
動き出した箱に驚いて声をあげたが、無我夢中だったアリサは、その声にすら気付いていなかったのだ。
こうなったのが良いのか悪いのかわからない・・・
だがきちんと伝えておくほうがいいと思ったのだ。
「『空からの使者』だと言うのは本当だったんだな!
オレのことを救ってくれてありがとう。ここに来れて本当に感謝してるよ!」
ここでは誰もオレの生い立ちも身の上も知らない。
ただの『シバタ アンジー』だ。
二人がつけてくれた名前でオレは生まれ変わったんだ。
シバは心からの笑顔を見せたのだった。




