困惑するふたり
同じ頃。マルチーズはラブラからの連絡を待っていた。
あのシバという男が来てから、みんながアっという間にあの男を王様にしよう、などと言い出して、何がどうなっているのか困り果てていた。
ゴールデンまでもが賛成し、その上、説得までしにくるのだ。
パグの時のことを、今も根に持っているのだろうかとも考えたのだが、ゴールデンは素直な男なので、本当にあのシバという男が次期国王にふさわしいと思っているのだろう。
自分自身、ゴールデンに見捨てられてもおかしくないことをしたので、まあそういうことなのだろう・・・
だがそれより気になるのはチャウ様のことだった。
マルチーズはこの国を去るまでチャウ様にとても可愛がってもらっていた。
本当の祖父である4世は病気で滅多にお会いできなかったが、その分チャウ様がその役割をしてくれていた。
チャウ様の手の甲には古い傷跡があった。
(母は知らなかったのだろうか?)
きちんとは教えてくれなかったが、どうやら兄である4世と揉めたときのものだったようだ。
戻ってきたチャウ様にはそれがなかった。
かわりに首の後ろに少し大きめの黒子を見つけた。
実はそれはパグにもあった。
夫であった自分しか知らないようなことだ。
もしかしたら、こいつはあのパグがチャウ様のフリをしているのではないのだろうか・・・そんな疑問がずーっと頭の片隅にあった。
チャウ様が偽者であるならシバの素性も怪しいものだ。
だが味方になってくれそうな人がいないと思っていた矢先、衛兵からラブラの書簡を受け取ったのだった。
シバという男が『暗示』の特性持ちだとわかり、ようやく皆の態度の急変に合点がいく。
書簡には、できるだけその男と目を合わせないようにと、注意書きがあった。
パグとの一件以来、城内の者たちと顔を合わせるのが気まずくて、部屋に篭りがちだったことが、幸いだったようだ。
部屋にいればシバの暗示にかかることは防げそうだが、今では父や女王の母までもが説得に訪れるので返答にも窮するのだった。
そしてその疑惑のチャウもまた困っていた。
使えそうだと引っ張ってきたシバのあまりの浅慮さに辟易としていた。
シバも最初は言うことも聞いていたのだが、この城にきて女王に暗示をかけてからは自分勝手な行動が目立ち始めた。
あまり城内で目立ったことはするなと、言い含めておいたのに、とんでもないことをしでかした。
ラブラドールのことだ。
暗示をかけに行くと言って戻ってきたら「あいつ自害するぜ、ざまあみろだ!」と言って笑うのだ。
どうやら自分のことをバカにされたことに腹を立てて、そんな暗示をかけたらしい。
国の重鎮の息子が城の牢屋で死んでいたとなると、どんな大騒ぎになるのかもわかっていないらしい。
叱っても、だったら女王に不問にするよう暗示をかければいいだけだ!と実に短絡的なのである。
お陰でチャウは牢屋にまでいき、気絶しているラブラドールがそれ以上自分を傷つけることができないように手枷、足かせ、口に布まで詰め込むことになった。
見張りにも異変があれば必ず知らせるように言っておいた。
シバにもそこには近づかないように言っておいたので、今はもう暗示はとけていることだろう。
シバはそのことで強く叱ったチャウのことを、今では疎ましく思っているようだ。
皇太子であるマルチーズがまだ暗示にかかっていないにも関わらず、女王の部屋に入り浸り、自分に都合のいい暗示ばかりを彼女にかけているのだった。
チャウはシバが裏切って、自分を排除させるような暗示を彼女にかけはしないかと、疑心暗鬼になっているのだった。




