47.尾張統一戦、北畠と志摩地頭十三人衆による志摩沖海戦の事(4)
【 九鬼 定隆 】(ナレーション忍)
九鬼家は志摩地頭十三人衆の中でも首1つ抜け出した存在でした。
志摩十三地頭として小浜久太郎、安楽島越中守、浦豊後守、千賀志摩、的矢次郎左衛門、三浦新助、甲賀雅楽介、国府内膳正、九鬼弥五郎、越賀隼人、和具豊前、田城左馬、鳥羽主水がおり、いわゆる海賊業を営んでいたのです。
九鬼 定隆の父である泰隆が岩倉村田城に城を築いてから伊勢国司・北畠氏に臣従して、神官と争い、その褒美として志摩の箔浦を得ました。
神宮領、伊雑宮領、三宝院領など、それら御厨や荘園の一部を横領し、地侍として成長して島衆と呼ばれるようになっていったのです。
4代目泰隆、5代目定隆と少しずつ成長してゆきます。
しかし、出る杭は打たれます。
5代目定隆が亡くなり、6代目浄隆が家督を継ぐと勢力拡大を危惧した七党(相差・和具・小鹿・安楽島・甲賀・国府・浜島)が北畠氏の後ろ盾を得て田城城を攻められ、浄隆は討ち死にし、逃れた浄隆の子である7代目澄隆が織田を頼ったのです。
これが九鬼水軍のはじまりです。
今は、4代目泰隆が伊勢国司・北畠氏に臣従して、神官の領地を横領している真っ最中ですから、北畠氏から志摩地頭十三人衆への繋ぎとして泰隆が遣わされ、暫定的な志摩地頭十三人衆の長として、戦場の先頭に立たされたのです。
貧乏くじです。
織田の苛烈な鉄砲の前に九鬼衆が一番多く被害を出しました。
いい気味だと、他の志摩地頭十三人衆は薄笑いを浮かべていることでしょう。
南蛮船を先頭に弁才船、関船を取り逃がしましたが、小早18艘を水没、50艘を拿捕、50艘近くが四散しました。
小早は60艘程度しか残っていません。
一方、北畠・志摩水軍も関船1隻、小早80艘を爆沈しましたが、拿捕した敵の小早を運用すれば、被害は30艘余りという感じです。
単純な被害を比べると、初戦は北畠・志摩水軍の大勝だった訳です。
「これが織田の鉄砲か!」
北畠 晴具が織田の鉄砲を見てにんまりと笑います。
「何丁ほど手に入った?」
「おおよそ、500丁ほどです」
「500丁!」
1丁が10貫文として、5,000貫文です。
南蛮船2隻(各100丁、計200丁)、弁才船2隻(各100丁、計200丁)、関船20隻(各50丁、計1,000丁)、小早80艘(各20丁、計1,600丁)に鉄砲隊(1,500人、3,000丁)が乗り込んでいたのです。
3,000丁よ。
あの『長篠の戦い』と同じくらいの鉄砲を所持して、この体たらくは鵜飼 実為の指揮官としての才能が乏しいことを露呈した事になるわね。
戦力差がかなりあるから作戦らしい、作戦を伝えなかった千代女ちゃんの失態ね!
あれ?
あの気づかいお化けが、そんな失態をす~~~~る。
あり得ない。
『千兵は得やすく、一将は求め難し』
敢えて作戦を伝えず、将になりそうな才能を見つけるつもりなんだ。
先を見据えているというか、あの子、凄いな!
それはともかく、鉄砲500丁が手に入ったと喜んでいられなかった。
「親父、本気で勝つつもりなら、すべての船を南蛮船に向けて突撃させて、移乗戦を仕掛けるしか勝ち目がないぜ!」
「馬鹿者、近づくだけで半数が落とされるわ」
「半数を沈めても1隻でも奪えば、おつりが返ってくる」
若い具教が回りを睨みつけるも、北畠の武将や志摩地頭十三人衆の地頭たちが顔を背けた。
北畠の武将は海の上で溺れて死にたくなかったし、地頭衆は北畠の為に命を尽くすつもりはなかった。
結局、先ほどと同じ、湾口で敵を待って、包囲殲滅するという作戦で落ち着いた。
鉄砲500丁を北畠が貰い受ける代わりに、今度は先頭に北畠の小早が鉄砲を持って並ぶことになった。
「父上、せっかく分捕った鉄砲をなぜ、北畠に」
「定隆、覚えておけ! 九鬼衆の命に代えられるものなどない。鉄砲で九鬼衆の命が買えたなら安いものだ」
「まさか、この戦が負けると?」
「すでに負けておる」
被害が大きかった九鬼衆は予備の兵力として、北畠旗艦の後の配置を買い取った。
北畠・志摩地頭十三人衆の配置替えをしている間に、織田も体勢を整えてきます。
「なぁ、定隆。包囲殲滅戦をやられた織田は、同じように横列で攻めてくれると思うか?」
「私ならやりません」
「では、あれは何だ?」
少し距離がありますが、織田の船が帆をたたんで横に並んでいます。
南東の風に吹かれながら、ゆっくりと湾口に近づいてきます。
「あり得ん」
「父上、何がですか?」
「あの勇猛果敢に脱出した手腕を見るに、同じ愚を犯すとは思えん」
「同じように見えて、まったく違う策なのかもしれません」
「ははは、そうかもしれん」
最後尾にいる余裕か、少し緊張がなかったみたいです。
ボン!
敵の南蛮船から小さな音がなり、どうやらくじら矢らしきものが撃ち出されたようです。
バァ~~~~ン!
それは津島祭で見た花火のような光景でした。
空に華が咲き、それが燃え広がってゆくのです。
それは『なんっちゃてナパーム弾』だったのです。
望月島にアブラヤシがあるので、パーム油の製造が可能になっているのよ。
個人的には余り好きじゃないけど、劣化しにくいパーム油は便利な油なのよ。
で、『なんっちゃて』というのは、ナパーム弾の作り方を私も知らない。
さらに、原料の1つであるガソリンもない。
作れなくないが、それは違うと思ったので提供しなかった。
信長ちゃんが代用したのが純度90%のアルコールだ。
アルコールとパーム油の混合液を花火の外周に撒き付けたのが、『なんっちゃてナパーム弾』だ。
火薬で飛ばされたアルコールが引火して爆発し、大きな火の華を開き、無数のパーム油の火の粉を降らすのです。
詰める重量も知れているので私の知る凶悪なナパーム弾とは比べようもなく威力がない。
でも、火気厳禁の船です。
空から降ってくる無数の『火の粉』に驚愕したのです。
パ~~ン、パ~~ン、パ~~ン!
「火を消せ!」
「父上、あの火は海の上でも燃えておりますぞ」
「何故、何故じゃ! 海の上で何故燃える?」
消えますよ!
油が残っている間だけ燃えているだけです。
ジェット戦闘機で200kgや500kg級のパーム油を放っている訳じゃありません。
撃ち出す銛の内部を中空にして軽量化して、なんとか5kgの混合液を打ち出すのが精一杯なのよ。
パ~~ン、パ~~ン、パ~~ン!
「引け! 引け! 引け!」
我慢できなくなって志摩の地頭が戦線を離脱しはじめます。
「父上、どうしますか?」
「とりあえず、下がろうか!」
「我々も撤退するべきでは!」
「今、逃げると北畠が文句を言ってくるやもしれん。とにかく、火の粉が落ちて来ない所まで後退する」
「後退、後退」
そう、泰隆は指示を出しながら終わったと思いました。
なぜなら…………「あっ、起こったか!」と呟きました。
ズドドドッド~~~ン!
鉄砲の火薬を積んだ小早、関船が大爆発を起こします。
船も火気厳禁ですが、火薬はさらに火気厳禁です。
前列の陣を取った北畠軍の小早は火を消すことが最重要課題です。
向ってくる敵所ではありません。
巻き添えになりたくない地頭衆も次々と離脱します。
総崩れです。
九鬼衆が後退を終えるより早く旗艦から白い旗が上がったのです。
「英断だな!」
「父上」
「鉄砲を回収したことが仇になってしまった」
「まさか、最初からこれを狙って!」
「そうだとするなら、相当の知恵者がいるな!」
いえ、いえ、いえ、単なる偶然です。
旗艦も鉄砲100丁と火薬箱を積んでしまっていたので大慌てでした。
火事になれば、いつ爆発するか判らない火薬庫を腹に抱えた。
これでは戦えない。
具教は近づけば、敵も火気が使えなくなると叫んだそうですが、近づく前に爆散すると思った7代当主晴具は降伏を選択したらしい。
織田は折角流したパーム樽を回収するのに大忙しです。
7代当主晴具の英断だったのです。
こうして、『志摩沖海戦』はあっけなく終わったのだ。
「織田に一杯喰わされたな!」
「よく見よ。燃えた船は一隻もない」
「確かに!」
「小早も火薬箱を海に捨てれば、問題なかったということだ」
「しかし、あのままでは戦になりません」
「うむ、戦にはならんな。だが、悠々と湊に返ってから降伏の使者を送ることはできた」
「そう考えると、少し残念かもしれません」
そもそも、船で戦をすると、火矢で攻撃するのは常道です。
船を燃え難くする工夫はしていたのです。
甲板や帆に海水を掛けておくなどの簡単な対策ですが、それなりの効果があったのです。
普通に海戦では、「大国・火矢・烙鏃箭・飛鎗・火鞠・火桶・抛鍵・抛鉾・抛炮碌・抛刺手」など、火を用いた戦い方があります。
村上水軍は炮烙玉を使っています。
余り有名ではありませんが、三枚羽を付けたロケット状のもので鉄炮・大砲・木筒を用いて発射し、着弾すると先端部の火薬が炸裂する棒火矢もあったそうです。
まぁ、結果が同じだからいいか!