29. 斎藤義龍、不破成敗の事。(2)〔 斎藤義龍 VS 望月千代女 〕
【 斎藤 義龍 】(ナレーション忍)
義龍が翌日に西保城を攻めようと言ったのに対して、稲葉良通は否と言ったのです。
「彦四郎、臆された訳ではございますな」
「新九郎様、何事も物には順序と言う物がございます。『敵を知り、己を知れば百戦危うからず』と申します。うさぎ一匹を狩るにしても、準備を怠ってはなりません」
「そういうものか?」
「そういうものでございます」
「そうか、彦四郎に任せる」
「直ちに物見を放ちます」
義龍は母親譲りの六尺五寸(約197cm)と、武将として非常に恵まれた大男であったと言われます。
しかし、お頭は弱く、持病も患っていたと伝わります。
利政(後の道三)は義龍に武将の才がないと思っていた節はありますが、信長ちゃんが美濃攻めをしても義龍在中は勝てていません。
知力は伴わなかった義龍ですが、家臣の意見を聞き、まとめる能力はあったようです。
家臣の言う事に耳を傾けた義龍は美濃勢の結束を固め、信長ちゃんの美濃攻略は阻んだのです。
信長ちゃんは大切な家臣を沢山失いました。
はっきり言って、『信長ちゃん、アウト!』ですよ。
桶狭間の戦いが運よく勝った事を露呈します。
でも、信長ちゃんは天運は持っていたのです。
義龍は34歳の若さで亡くなり、その嫡男であった龍興は、家臣の結束を集める事ができず、信長ちゃんの調略に屈して美濃を追われるのです。
家臣の意見をまとめる能力っていうのは大切だね!
合議制は日本の伝統の1つだけど、時として、君主や国主を押しのけて力を発揮できるようになるのよね。
もし、義龍が長寿であったなら、信長ちゃんの美濃統一はもっと後になった事でしょう。
天運、だよね?
それとも…………?
さて、それはともかく、稲葉が放った物見の話では牛屋(大垣)の大軍一万が不破領に入ったと報告を受けて、義龍の顔から血の気が引きます。
義龍・稲葉・安藤の兵を合わせて2,000人にしかなく、万の大軍を相手にするのは無謀でした。
「兵には、この事を伝えずに出陣する」
「大殿に助力を頼みませぬか?」
「頼まん。万と言っても烏合の衆だ。まずは一当てしてからとする」
「畏まりました」
稲葉良通と安藤守就は細心の注意を払って、ゆっくりと軍を進めます。
不破の居城、西保城は池田山の麓にある小さい丘に石垣や堀で守られた小さな城です。
辺りは鬱蒼とした竹薮に囲まれて、大軍が押し寄せるのを防いでくれます。
しかし、万の兵を入れるような大きな城ではありません。
実際、守っている守備兵は100人のみです。
義龍軍2,000兵の前に一溜りもありません。
牛屋の一万の兵はどこに行ったのでしょうね?
ダァダダダ~ン!
城から100丁の鉄砲が一斉に火を拭くと、身を隠していた竹藪から不破 光治は自ら先頭に立って兵200人を率いて襲い掛かり、先鋒に横槍を入れました。
わぁぁぁぁ、義龍軍の先鋒400兵は大崩れです。
不破の大勝利です。
大崩と言っても、まだ中堅の稲葉 良通、安藤 守就は健在であり、本隊の義龍も無傷ですよ。
「殿、お味方がそう崩れでございます。如何いたしましょう」
「慌てるな! 戻って、皆を落ち着かせよ。打ち合わせ通り、あちらに討って出てきたならば、左右から挟撃するまでじゃ」
良通が慌てる味方の武将に怒鳴ります。
先鋒を買って出ながらの失態です。
「不破の小倅、中々にやるではないか」
「殿、このままでは先鋒が壊滅してしまいます」
「慌てるな! 相手は少数だ。法螺を鳴らせ!」
ぶうぉぉぉぉぉぉ~~~んん!
法螺の合図で先鋒が後退を始めます。
同時に左右に展開している稲葉本隊と安藤隊が前進します。
義龍は苛立ちながら爪を噛んで貧乏揺すりをしています。
「周囲の様子は?」
「特に敵兵が現れる様子はありません」
どこで討って出てくる?
見えざる織田の援軍に緊張しているのです。
しかし、光治は一撃を入れた後に追撃を掛けずに離脱し、城を放棄して撤退したのです。
50人ほどの被害で西保城を奪ったなら上出来でしょう。
城を占拠した後、周囲の物見を立てて警戒しますが敵兵の姿もないと言うのです。
義龍軍の完全勝利に兵が喜びます。
浮かれた兵達に義龍も乱取りを許します。
「若、浮かれてばかりもいられませんぞ」
「判っておる。だが、兵に気晴らしも必要であろう」
「まぁ、仕方ございませんな」
足軽って、無報酬なんだよね!
戦に連れて行かれて、何のご褒美もない。
これでは誰も行きたがりません。
という訳で、勝った側が負けた側に『乱取り』と言う乱暴狼藉を許したのです。
適当に村や町に行って、好きな物を奪って来なさいと言うのです。
女、子供も奪う対象です。
奪った物を自分の物にするのも、売って銭にするのも好き放題です。
これが足軽の収入なのです。
戦の後は奴隷市場も立ちます。
酷いね!
ところが西保城の倉は空っぽであり、周辺の町や村も誰もいません。
誰もいない処か、取る物が1つも残っていないのです。
これでは足軽も怒り出します。
奪う物がない事に怒った兵達は憂さ晴らしに火を付けて回りました。
不破郡池田の村々にいくつもの煙が上がっていました。
翌日、義龍は軍を南宮社に向けて出発します。
途中、赤坂村に残ったわずかな村人に事情を聞いて、不破と織田の意図を知ったのです。
「おのれ、愚弄しおって!」
初手から逃げ!
織田が戦う気がない事を知って、義龍は周囲の物を壊して暴れたというのです。
◇◇◇
私は帰ってきた千代女ちゃんを労った。
「見事な活躍、ご苦労様」
「私は嫌がらせしただけよ。義龍軍が慎重に行動してくれて助かったわ」
そう、義龍軍が慎重に軍を進めてくれたお陰で戦闘はほとんど回避できました。
もし、義龍軍が朝の内に西保城を攻めていたら、避難完了まで時間稼ぎの戦闘をする羽目になったのです。
千代女ちゃんも信辰から借りた兵300人を隠して待機していた。
もし、戦闘となったら千代女ちゃんがどんな指揮をしたのか興味ありますね!
その希望は叶いません。
牛屋(大垣)に勤める人夫の昼夜を通して献身的な避難協力のお蔭で、翌日の昼には完了し、その報告を聞いた千代女ちゃんは戦う事なく兵を引いたのです。
不破 光治は武士の面子という事で、義龍軍に一当てしてから南宮社に引いた。
そして、南宮社の奥にできた砦に感動したと言います。
「忍がやり過ぎるから!」
「大した事してないよ。黒鍬衆なら10日でできる簡単な仕事よ。あそこは池が堀の代わりになって守り易い場所だったのよ」
「鉄砲櫓が6つもなければね!」
砦そのものは普通だったが、雨が降っても使える鉄砲櫓は効果的だった。
追加した300丁の鉄砲で合計400丁の鉄砲が狭い回廊を上がってくる敵を狙い撃ちする。
左右に広がった鉄砲櫓から交差するように放たれた弾は、『殺しの間』と呼ばれる必殺戦法になっていた。
明智光秀が言ったとか、言わないとか?
漫画の想像だろうね。
いずれにしろ、中々当たらない鉄砲の弾も左右から狙われると命中率が非常に高くなる。
義龍軍も攻めあぐねた。
「荷駄隊を襲ったのがよかったのよ」
「あれは伊賀衆、藤林豊前守を褒めて上げてよ」
「藤三郎、あっぱれ!」
(軽いな!)
「はぁ、お褒めの言葉、ありがたく頂戴いたします」
「甲賀衆は何をしていたの?」
「甲賀衆50人は南宮山に罠を仕掛けて登り難くしただけよ」
落とし穴や毒針やトラバサミなどを設置した。
矢を射た後、煙幕を張って、同士討ちとかも精神的に堪えたようだ。
当然、山を登っていた部隊も一度撤退を余儀なくされたのだ。
まともに戦えば、負けるつもりのない義龍も兵糧攻めに根を上げて、5日後には引き上げた。
「義龍も悪くない将だね!」
「まぁ、10日も粘れば、士気がガタ落ちになって『内山崩れ』の二の舞になったかもしれないわね。士気を保っている間に引き上げるのは英断ね」
「で、斎藤義龍 VS 望月千代女 はどちらの勝ちなの?」
「私は何もしてないわよ」
私的には、不破の民に犠牲者が出なかった事で千代女ちゃんの判定勝利だね!
でも、義龍は「織田はまともに戦おうとしない卑怯者だ」とでも言ってそうだ。
言っとけばいいさ!
義龍は南宮社と西保城に火を放って斉藤家の武威を示し、『勝った! 勝った!』と言って凱旋した。
不破光治も斉藤軍を追い払ったので『勝った! 勝った!』と触れ回っている。
後は世間の評価を待つだけになる。
この時代、ほとんどの戦は両陣営が『勝った! 勝った!』と言っているのよ。
ホント、どっちが勝ったのかな?
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不破光治には南宮社の再建のみを許すと言った。
西保城は朝倉・斉藤軍の標的にされるから再建しても無駄だしね。
南宮社は『織田普請』の銭で再建する。
社の再建は後回しで、まずは要塞化だ。
1ヶ月か、2ヶ月後には、必ず攻めてくる。
リベンジマッチが絶対に起こる。
もう時間と競争だ。
不破がどれくらい人夫を集めてくれるのかで決まってくる。
不破の民も南宮社の再建に手を貸すと言っている。
がんばれ、不破光治。
ここまで読んで頂いてありがとうございます。