【閑話】那古野に氷が出回ったの事。
出来立ての、ほやほやの、おまけ投稿!
【 熱田 福屋の主人 】
私の祖父は甘い物が大好きという住職でしたが、熱田の黒砂糖を使った『ういろう』(※)を食べてから、寝て覚めても『ういろう』、『ういろう』と言うようになったとか。
ういろうは医術ト筮と申しますが、『もののけ』に憑りつかれたようになったのです。
恋い焦がれる不治の病とは、よく言ったものです。
外郎薬『透頂香』ならぬ、頓珍漢坊と名を改めて、寺を出ると熱田のういろう売り屋に弟子入りしたのです。
それはもう、ういろう造りを熱心に学んだととか?
しかし、それほど好きな『ういろう』が目の前にあっても食べられない。
微かな匂いを楽しみ、手の端に付いたわずかなういろうをぺろり、また、ぺろりと舐める内に親方に見つかって破門されたと聞きます。
腕のいいういろう職人だったそうですが、商品を食べてしまうようでは破門もされても仕方ありません。
これで寺に帰ったかと思うと然にあらず!
物売りから材料を分けて貰い、小麦の皮を甘酒で発酵させて甘い饅頭を作ったのです。
物売りもほのかに甘い菓子を食べられて満足、頓珍漢坊も菓子を作れて気が紛れたようです。
そして、来る日も来る日もより甘い菓子を作る事に熱中していると、そこの饅頭屋が立っていたというのが、我が屋の起こりだと聞いています。
余所様より、ホンの少しだけ甘い饅頭屋と言われております。
◇◇◇
【 熱田 福屋の主人 】
それは不思議な出会いでした。
少女は店先で真新しい永楽銭500文をポンと置いたのです。
「この店の菓子を全部1つずつ持って来て!」
「お嬢ちゃん、全部というけど、種類は色々あるよ」
「構わない」
饅頭と言っても1つではない。
固焼き、半焼き、蒸かし焼きと焼き方もそれぞれ、具材が変われば味も変わります。
家の自慢は干し柿といちじくを練り潰した物を具材にした物です。
そこに玄米を発酵させて作った水飴をたっぷりと入れて、甘酒で発酵させた皮にホンの少しの塩を混ぜた品が家の自慢の一品なのです。
我が店の自慢は砂糖と蜂蜜を使った菓子もあるのですが、これは一見さんに売れるような商品ではありません。
砂糖一斤(675g)が、250文もするのです。
一斤の饅頭(10個)を作るのに、その砂糖半斤も使用する。
饅頭1個で砂糖代が12文も掛かる高級菓子です。
砂糖さえ手に入れば、1個50文で売っているのですが、砂糖は輸入品で中々手に入りません。
家の菓子は1個10文から20文と高くもないですが安くもありません。
謎のお嬢ちゃんは30個の菓子をぺろりと食べてしまったのです。
お見事!
「砂糖菓子はない?」
「ない事ないが、砂糖の在庫があまりない」
「作って!」
「おい、おい、今言われて、はいそうですかと出せる訳じゃない」
「明日でいい」
「一個じゃ作れんぞ。最低10個だ」
「うん、いくら?」
「500文にしてやる。まぁ、10個で500文じゃ、足が出てしまうが特別だ」
「そう!?」
そう言うと、お嬢ちゃんは袋の中から500文の入った小袋を2つ出したのです。
「これなら足りる」
おい、なんだ?
身なりは綺麗だが、古着の麻の服を着た庶民にしか見えないお嬢ちゃんです。
狐にでも憑かれましたか?
翌日、饅頭を食べ終わったお嬢ちゃんが言ったのです。
「合格」
まさか、あの噂の竹姫様の下女の一人とは思いません。
何でも、普段着では目立つので借りた服を着ていたらしいのです。
名を瓢 八瀬と名乗りました。
流石、竹姫の下女です。
そことなく、違う雰囲気が漏れ出しています。
◇◇◇
【 熱田 福屋の主人 】
八瀬様と知り合いになってから大忙しです。
何と言ってもサトウキビから砂糖を作って、相場を5分の一に下げようと言うのです。
無茶な願いです。
その無茶をやるのが竹姫のもっとうらしく、ああでもないこうでもない。
草紙とにらめっこです。
試行錯誤の後にやっと目星がついたのです。
これで後は職人を雇うだけです。
サトウキビが入ってくるのは秋以降です。
それまでに倉を借りて砂糖造りができるようにしておくようにとのお達しです。
本当に大変でした。
何とか試食ができるようになると、八瀬様は卵と小麦と砂糖を使った不思議な生地を使って、『ドラ焼き』なる不思議なあずき菓子を作られたのです。
「作れるようになって!」
「畏まりました」
「明日まで、明後日には試食に来る」
また、八瀬様が無茶を言われます。
明後日、竹姫がお越しになられて試食されます。
よろしいとの事です。
そして、試食が終わると、竹姫が『餃子』なる不思議な焼き饅頭も作られたのです。
饅頭に海老を入れるなど斬新です。
魚のすり身を蒸して固めていれるのも面白い。
こうして、我が饅頭屋に『餃子』と言う新しい商品が並ぶ事になったのです。
織田孫三郎(信光)様もご贔屓になられました。
馬鹿売れです。
しかし、仕入れる海老や魚が新鮮過ぎるのが気になったので取引きの魚屋に聞いたのです。
なんと!
熱田まで魚を氷で冷やして持って来ている?
この炎天下で氷を使う。
正気の沙汰でありません。
公家様や殿様なら山深い氷室で保存された天然氷を食されると聞きますが、値段を付けるとするといくらになるか判りません。
八瀬様にその話をすると、竹姫様から那古野城に招待されて、かき氷を御馳走になりました。
そして、出島の製氷所に行く許可を貰ったのです。
◇◇◇
【 熱田 福屋の主人 】
まさか?
出島では大量の硝酸を解かして、氷を製造していたのです。
何でも、硝酸を用意すると何度もでも使えるそうです。
私も硝酸を分けて貰えないか聞くと、流石に軍事物資なのでと断られましたが、後ほど、氷1貫(3.75kg)を50文で売って頂けると言う申し出があり、さっそく買ってかき氷を売り出したのです。
かき氷を作る仕掛けを貸して頂き、1貫で10杯は取れますから原価は5文です。
それに水飴を付けて20文で売りました。
馬鹿儲けです。
あっと言う間に100貫の氷が消えてしまいます。
翌日は500貫も仕入れました。
笑いが止まりません。
「明日から熱田の共同船で仕入れて」
「八瀬様、そんな!」
「十分に儲けた」
「はい、判りました」
翌日から熱田の数か所でかき氷が売られるようになり、数日後には津島や那古野城下でも売られるようになった。
馬鹿儲けはできませんが、今でも売れています。
最近は食事処まで氷を仕入れるようになったとか。
かき氷ではなく、カチ割氷として売っているらしいです。
夢物語の氷が目の前にあります。
変わる物です。
この那古野はどんどんと変わってきております。
秋には甘い砂糖菓子を出して、あっと驚かせましょう。
ありがたや、ありがたや!
八瀬様、竹姫様々です。
◇◇◇
暑い日はかき氷を食べながら、上半身は何も身に着けていない剣術の稽古を眺めるのが最高ね!
「何、考えているのか?」
「美しい芸術を鑑賞しながら、冷たいかき氷を食べる至福を味わっているのよ」
「芸術ね!?」
「千代女ちゃんはそう思わない」
「別に!」
「でも、氷がこんなに儲かるなら、もっと早く始めればよかったわ」
「タダの氷で貪っているわね」
「いずれ製氷機で作ると、このくらいの人件費になるでしょう」
「おそらくね」
出島で氷を作っているというのは嘘だ。
作っている量と使用している量のバランスが合わない。
硝酸で処理していると手間が掛かり過ぎる。
再処理の時に爆発の危険があるというのは不味いでしょう。
コンプレッサーを作らせて、本格的冷凍庫を作りたいな!
では、氷はどこからやって来たのか?
南極だよ。
南極で取ってきたタダの氷を出島の地下倉庫に入れるだけで大儲け!
笑いが止まらないわ。
かき氷の機械代なんて安いモノよ。
(レンタルだしね!)
「京では帝くらいしか食べられない氷菓子を、那古野ではその日暮らしの人夫が食べている。京の人が聞いたらひっくり返るわよ」
「ははは、いずれ日本中で食べられるようになるわ」
「そうね!」
今日もかき氷が美味しい!
那古野は平和でした。
ここまで読んで頂いてありがとうございます。
◇◇◇
ういろうが食べたいので、書いてみました!
※).ういろう:米粉などの穀粉に砂糖と湯水を練り合わせ、型に注いで蒸籠で蒸して作るが、室町時代のころから存在する黒砂糖を用いた「黒糖ういろう」が本来の姿と考えられている。
北伊勢の桑名の方で黒砂糖を使った『多度ういろ』が有名であるが、いつの頃から売られていたのかは定かではない。
・江戸時代の百科事典『和漢三才図会』にも見られる、色が外郎薬(透頂香)に似ていることから「外郎」と呼ばれる菓子になったという説
・元王朝の瓦解で博多に亡命した陳宗敬の子、宗奇が足利義満の招請で上洛して外郎薬を献上した際に、口直しに添えた菓子に由来するという説
等々あるが、本編では、足利義満の説に従って話を進めているが、実際はどうか判らない。
なぜ、名古屋で和菓子の人口当たりの消費量が多いのかは謎ですが、その中でも『ういろう』が最も多く消費されています。
ういろう、おいしいですよね。
江戸時代から続く老舗は多くあるんですよ。