12.戦国武将は人を妬むの事。
【 望月出雲守 】
うぅぅぅぅん、手紙を見て、出雲守が唸った。
千代女の手紙には、尾張の国と同等規模、石高で100万石相当の島を拝領したので代官とその手下100人くらいを早急に送って欲しいと書いてあった。
「で、その島というのは、紀伊大島から南東に25里(100km)ほど行った島だそうです」
「して、その島を何に使う」
使者も首を傾げた。
千代女が島を貰ったと彼女に報告を聞いた時も、総代補佐の望月長重と一緒に『はぁ?』と奇妙な声を上げました。
中島や沖島ができた様子を知っている一人であり、忍の異能を疑っていません。
しかし、国一つが一夜でできるモノなのか?
まずはそちらに興味が行っているようです。
帆船にとって寄港地がとても重要だという事すら知らないのだ。
重要だよ!
神戸にある練習帆船『海王丸』がオーストラリアのダーウィンに寄港したコースを知っている?
小笠原諸島を経由する東南の航路を南下した後に、グアムを経由して、ダーウィンに到着した。
黒潮を避けて小笠原を大きく迂回した訳だ。
帰りは黒潮に乗って、まっすぐに北の航路を使う。
台湾、沖縄の近海を北上して神戸まで戻って来た。
つまり、行きはグアム、マーシャル諸島、帰りはパラオ、沖縄列島が重要な寄港地になる訳よ。
那古野からグアムまで2,542kmもあるのよ。
仮に8ノット(時速14km)として、グアムまで8日の行程になる訳よ。
風が止まると、その倍の日数も掛かる事もある。
水が無くなると悲惨よ。
常に水を心配する帆船は近くに寄港地がある事が凄く重要な訳なのよ。
その価値を判って欲しいな!
そんな事をボヤいても、千代女付きの時雨が判る訳もありません。
「忍様がいらっしゃるのに、どうして寄港地がいるのですか?」
時雨がそれを口にすると千代女は怒鳴った。
「あんた馬鹿!? いつまでも忍の転移に頼っているつもり? ちょっとは先の事も考えておきなさい」
「先でございますか?」
「あいつがいつまでも荷物運びをしてくれると思っているのぉ」
「はぁ?」
「織田が大きくなれば、荷物の数も増えてゆくのよ。このごろごろ女が、毎日のように汗水を流して荷運びをいつまでもやってくれると思っているの?」
なにげなく、千代女ちゃんが酷い事をいいました。
でも、時雨には難しかったようですね。
「とにかく、南蛮船10隻が付くと言うなら、相応の者を用意せねばなるまい」
「御意」
出雲守は南蛮船の価値を理解していました。
(1隻で8万石相当の価値がある事を知っていたかは不明だけど)
南蛮船が10隻なら中忍以上の者を探さねばならない。
それを束ねるとなると、力量が試される。
うぅぅぅぅん、出雲守はもう一度唸った。
◇◇◇
【 望月出雲守 】
「どうかされましたか」
「少々困りました」
出雲守は山中城の山中久俊に面会した。
山中家は甲賀二十一家の一つ、六角氏から感状を貰うほどの家柄であり、格式も高い。
中でも才ある者が一人いた。
しかし、山中家は移住に積極的ではない。
出雲守は包み隠さず、久俊に話します。
「なるほど、俊房を欲しますか」
「100万石となると、それ相応の者でないとなりません」
「伴家と黒川家にも同じ事を言われたのでは?」
そう、伴長信の一族で、伴五兵衛は女瑠菩瑠の代官として、黒川与四郎の家臣、辻和泉は天利加の代官として派遣されている。
共に100万石相当の土地を管理していると聞いています。
(嘘じゃないよ!)
行く者は交代で外ツ国に出向しているのです。
行ったが最後、迎えに来てくれないかもしれないと思っているんですよ。
ちょっと酷いと思いません。
各家とも200人が出島を拠点に出張地を交代でローテーションしています。
二家にとって200人はかなり無理をしていました。
「あちらは先住民を監視する役目にて、甲賀の新領とは言い難い」
「なるほど」
「この度頂いた土地は真新しい土地であり、しかも日の本に近い。我ら甲賀の国と言ってよい」
「千代女さんの国ではなく?」
「あれが領主という柄ですかぁ?」
「ははは、確かに」
千代女の性格は皆も良く知っていました。
出雲守が『甲賀の国』と断言した限り、いずれいくつかの家が入って合議制を取ると宣言したと言っていいでしょう。
初代の領主代行職を受ける意味は大きいのです。
慣例を重んじる時代ゆえ、領主代行職に付ける家は3家か、4家となります。
山中家がその1つに名を連ねられます。
最悪でも100万石の家老職を約束されます。
悪くないと、山中久俊は思った。
「よろしい、弟の俊房をお貸ししましょう」
「忝い」
「俊房に部下100人と移住者500人を付けましょう」
「おぉ、移住をされるか」
「移住ではありません。甲賀の国でしょう」
「そうでござった」
久俊は『甲賀の国』というフレーズが気にいったようです。
大国に大和・河内・伊勢などがあり、
上国に山城・摂津・尾張・三河・遠江・駿河などが続き、
中国に安房・若狭・能登等々、
下国に和泉・伊賀・志摩・伊豆・飛騨・隠岐・淡路・壱岐・対馬とありますが、伊賀の国はあっても甲賀の国はありません。
そう、100万石の大島であれば、下国に『甲賀の国』が加わるかもしれません。
否、甲賀53家すべてが気に入ったようであり、我先にと各家から追加で100人から300人の移住の申し出が殺到したのです。
どうやら、その中から水夫のなり手が出てきそうです。
千代女ちゃん、面目躍如。
ドヤ顔で報告しに来てくれたよ。
でも、これって!
千代女ちゃんが自慢する事じゃないよね。
◇◇◇
【 六角定頼・義賢 】
「今、なんと申した」
「甲賀に謀反の疑いありと」
六角 義賢は25歳です。
注進しているのは目賀田 忠朝の嫡男である貞政です。
目賀田氏は北近江に近い愛荘郡に目賀田城を持ち、東西の交通の要所の1つであり、尾張の情報も多く入ります。
那古野の信長が甲賀・伊賀を重宝している事がよく伝わってくるのです。
中でも、信長付きの望月千代女が100万石の所領を賜ったと言う話は驚天動地の話ではないでしょうか。
新参者に100万石を与える織田家も大概ですが、貰った望月家も大概です。
さらに甲賀の者が『甲賀の国』と騒いでいるのが妬ましかった。
「つまり、甲賀は六角と同じ力を手に入れて造反すると言うのだな」
「謀反まで行かずとも、増長するは必定。何よりも我ら六角の許しもなく、人を送るは、六角を侮っている証拠でございます」
「確かに、我も聞き及んでおらなんだ。父上に報告致す。付いて参れ」
義賢は父である定頼の部屋に入ると望月家を誹謗したのです。
その話を聞いて、定頼がうんざりとします。
「その話ならば、出雲守より聞き及んでおる」
「ならば、何故」
「義賢よ。良く考えてみよ。織田が気前よく望月の小娘に100万石をくれてやった理由を」
最近、定頼は10日と空けずに出雲守と密談を繰り返していました。
先日は『赤鬼一揆』の件、その前は『津島祭の花火』、その前が『くじらの取引』、『沖島の事』、『信長初陣の事』、『南蛮船の事』等々と、事がある度に出雲守が報告に来ています。
出雲守はそれだけ六角を警戒しています。
さて、定頼はこの2ヶ月足らずの報告にうんざりしています。
一言でいうならば、おとぎ話を聞かされているような気分なのです。
また、それを家中の者に聞かす事もできません。
「出雲守、これを我が家中に聞かせれば、なんとなるか?」
「出奔して、織田に仕えたいと言う者も現れるかと」
「だろうな」
「織田家中の者も穏やかではありません。新参者を取り立てれば、古参がいい顔をするハズもありません」
「信秀か、胆力だけは大名並であるな」
「御意」
他に甲斐の武田が『内山崩れ』なる大敗北を喫したという報告も聞いており、他に越後の家督争い、関東の北条の報告を受けました。
甲賀の働きはなくてはならないのです。
「100万石はどうなりました」
「出雲守は六角が引き受けるならば、100万石すべてを差し出すと言いよった」
「おぉぉぉぉ、なんと。是非、その100万石をこの義賢めに」
はぁぁぁぁ、定頼はやはりと言うばかりに息を吐いた。
「どうやってそこに行き、そこで何をする気だ?」
「はぁ、どうやって?」
「小娘が貰った100万石は海の彼方の島じゃぞ。土地こそあるが、瓦礫を取り除かねば、米粒一つできんぞ。おまえは田畑を耕しに行く気か?」
「島とは?」
「八丈島より先らしい」
「それでは島流しではございませんか」
「そう、島流しだ。織田も人手が足りんから望月の小娘にくれてやった。くれてやったはいいが、小娘にも人手はない。島をよそ者に荒らされては殿に叱られるから、人手を貸して欲しいと親に泣き付いてきたのだ」
南蛮船を持つ織田ですら、すぐに手を付けられない島を船も持たぬ六角が貰ってどうする。
行き来を織田に頼り切る事になれば、六角は常に織田の顔色を窺う事になる。
それはできないと、定頼は思った。
まぁ、切り取りし放題というのは、農民にとって嬉しいらしい。
しかし、武士にとって、使えぬ兵が増えても意味がない。
この『甲賀の国』は、5年後か、6年後にもう一度話し合う方が良いと考えた。
「甲賀は人を出すと言っておる。使えるようになったら、もう一度、織田と話し合わねばならんな」
「それで100万石が」
「一万の民を送り、10年間、精力的に耕せば100万石になるだろうな。義賢、1万の民を引き連れて、行ってくるか?」
そう言われて、義賢が横に控える貞政を見るが、(目賀田)貞政も首を横に振った。
そりゃ、そうだ。
八丈島より遠い所で10年間も土地を耕す事に半生を賭けろと言われて喜ぶ者は少ない。
手紙1つであっても織田に頼る事になり、臣従に近い待遇となる。
行けと命じれば、恨まれるのではないだろうか?
無理だな!
定頼は割り切った。
◇◇◇
【 六角定頼・義賢 】
甲賀の民は六角の民である。
それを交渉材料に織田から引き出すしかない。
また、織田が高転びしたなら、改めて、その島は六角の物と宣言するのも良い。
ふふふ、可愛い娘に泣き付かれたからと鬼の出雲も形無しだな。
望月家は100人を送ると言っている。
他に山中家、伴家、黒川家からも100人送るそうだ。
1,000人くらいは送ってやりたいと、出雲守は言っていた。
甲賀の義理固さには頭が下がる。
許可を出してやる代わりに、『内山崩れ』で噂の鉄砲を仕入れてくるように命じた。
国友でも1丁10貫文の値が付く。
しかも、順番待ちで中々、手に入り難くなっている。
堺に手を回したが、手に入ったのは2丁のみであった。
出雲守は1丁5貫文で仕入れてくると誓って、尾張に赴いた。
◇◇◇
【 六角定頼・義賢 】
数日後、出雲守が帰って来て、定頼・義賢親子の前に持ち運ばれた鉄砲の数に驚愕した。
50人の供を連れて、一人10丁ずつ背負って戻ってきたのだ。
「鉄砲500丁。500貫文で仕入れて参りました」
「父上」
「出雲守、如何なる事か」
「織田殿におかれましては、旧式の国友が必要なくなったので、安く分けて頂けました」
「旧式とは」
「まずは、これを」
織田より受け取った新式と旧来の種子島を二人の前に披露します。
一目で先端の丸い筒がまったく異なるのが判ります。
「鉄砲の性能は同じだそうですが、織田はこれより新式に変えるそうです」
「性能が同じなら、何故、捨てるような事をする」
「その丸い先端ですが交換できるそうで、改良型といずれすべて交換するそうです」
「改良とは何ぞな!」
「飛距離・精度を上げる秘術を発見したとか。詳しくは知りませんが、旧式は交換が利かないので不要との事です」
「しかし、貴重な鉄砲をこれほど無碍に」
「貴重ではございますが、織田は月に200丁の生産ができ、三ヶ月あれば、補填できるとの事です」
「それほどに」
織田の生産力に驚くしかなかった。
義賢は『内山崩れ』を知って、すぐに鉄砲を取り寄せた。
そして、色々と試してみた。
鉄砲は使い所が難しい。
しかし、籠城するならば、鉄砲は絶大な威力を出してくる。
そう、弓の名手と同じ威力を足軽でも出せる。
大手門の前にずらりと500丁を並べると中々の脅威となる。
1000丁が一斉に火を拭けば、近づくのも勇気がいる。
「出雲守、まだ、鉄砲は手に入るのか?」
「六角様のみ、新式でよろしければ、1丁10貫文で優先的にお譲りすると言ってくれております」
「10貫か!」
「新式ゆえに」
「他家にも売るつもりか?」
「余り多くの鉄砲が出回るのは、織田にとっても、六角にとっても、不都合でございましょう」
「確かにそうだな」
織田に覇業の意志がある事を感じ取った。
同時に京に上らぬつもりも判った。
「織田はこの六角を盾代わりとするか」
「御意」
「今、織田と友誼を結ぶには、美濃の守護に頼純を認めて貰わねばならんが、織田は認めると思うか」
「認めましょう。ただ、頼純殿では治まりますまい」
「織田は美濃を取るつもりか」
「織田にその気がなくともそうなるかと」
「何故に?」
「今川の藤林が斉藤、北畠、南尾張守護代の信友に頻繁に手紙を送っております」
「義賢、よく覚えておけ。出る杭は打たれる。六角も出過ぎれば、細川晴元は当然、さらに公方様、細川氏綱・畠山政国・遊佐長教すら敵に回す。頃合いを見誤るな! 決して、出過ぎてはならん」
「はぁ、心致します」
定頼はこの六角家を守る事に固執していた。
日ノ本を治めようとする信長とは気概が違い過ぎると出雲守は思ったが口に出さない。
「で、織田は勝てるのか」
「天の采配があれば」
「そうだな。すべては天運か」
定頼は織田の暗雲を感じた。
内と外、しかも3国が同時に織田を脅かす。
織田は持つまい。
出雲守が言った天とは、忍の事であった。
忍が信長を支持している限り、織田の勝利は揺るがない。
だが、天は気まぐれだ。
いつ、織田を見限るか判るハズもない。
六角定頼と望月出雲守、二人の間に見えない壁が隔たっていた。
ここまで読んで頂いてありがとうございます。
◇◇◇
六角 義賢登場!
六角 定頼は家督を譲って、影から院政を引いたみたいですが、詳しく家督を譲った日が見当たりません。1549(天文18)年に観音寺城下町の石寺新市の楽市楽座は六角義賢の名で発効されていますね。
探さねば!