10.慶次、アボリジニと戦うの事。
【 滝川慶次 】
忍はいい女だ。
俺のやりたい事を止めない。
いい主と巡りあった。
最初の印象は最悪だった。
俺を見るなり飛び上がるわ!
きゃぁぁぁと奇声を発する。
獲物を狙い澄ましたような鋭い目つきに背筋が凍った。
本能が叫んだ!
こいつはヤバい奴だ。
よく逃げ出さなかった。
実際、忍はヤバい奴だった。
色んな意味でだ。
べたべたとくっつくかと思うと、奇妙な話をする。
変な猿を同じ小姓に据える。
どこにヤバいと感じたのか首を傾げた。
飛んだ!
一瞬で甲賀、伊賀、柳生へと飛ぶ。
文字通り、天空を駆けた。
忍は人ではない。
◇◇◇
忍といると色々と面白い事に出会える。
柳生家厳との一戦もその1つだ。
じっさんの癖によく動く。
動きが巧妙だ。
スゲえ!
その爺さん、俺がまったく敵わない宗厳にも3つに1つは勝ちを拾っている。
「あっは、は、は、実戦ではもう勝てん」
「父上、実戦で自分より多くの敵を刈る方に言われたくありませんな」
「愚息よ。お主の動きにはまだまだ無駄が多すぎるのよ」
「どういう意味だ」
「いいか小僧。人を一々突いていたのでは手も鈍る。力も萎える。じゃから敵の喉元に槍を据える。後は勝手に進んでくれる」
言うのは簡単だが、ヤルのは神技だ。
戦場では、敵は鎧を身に付けている。
喉元を守る武具を付けている者もいる。
そんな敵には首横を狙う。
「それができない時は、武具の薄い肘や膝を狙うといいぞ」
「簡単に言ってくれるね」
「小僧、愚息より槍の才があるのぉ。極めろ!」
言ってくれる。<にやり>
忍の側にいると、練習相手に事欠かない。
「慶次、今日こそ勝たせて貰うわよ」
「千代女さん、がんばれ!」
「僕らの仇を討って下さい」
「任せなさい」
千代女にまだ負けた事はないぞ。
(卑怯な手で使われた以外)<負けず嫌いです>
こいつは妙な技をいくつも持っている。
◇◇◇
志土仁に飯母呂一族を届けに行くと、いつも様子を窺っていた奴らが出てきた。
そう、忍を慕う奴らが大半だが、そうでない奴らがいる。
言葉はまったく判らないが、判り易いぜ。
『慶次』
忍が俺の名前を叫んだ。
また、心配そうな顔をしてやがる。
その癖、止める訳でもない。
「やりたそうだから遊んでくる」
「怪我するわよ」
「大丈夫、大丈夫」
「拙者も付き合って参ります」
宗厳のおっさんもこういう事が好きだからね。
おっと、忍が練習用の槍を出してくれた。
確かに敵も変わった木の武器だ。
流石、忍はよく判ってくれている。
◇◇◇
アボリジニと言う肌の黒い奴らは、奇妙に曲がった木の武器を使う。
これが意外とやり難い。
槍を躱して懐に入ってきた瞬間、あり得ない間合いから攻撃が来る。
シュ~ン!
曲がった武器を逆手に持ち替えやがった。
避けるのが一瞬遅れて、頬に赤い筋が走った。
ほぁ、忍が泣きそうになってやがる。
本気で行くぜ!
縦横無尽に振り分けて、懐に入らせないようにする。
はぁ???
木の武器を組み合わせて、間合いを伸ばしやがった。
「※※※※※※※※」
何を言っているのか判らないが、「よく、避けた」と言って、笑ってやがるんだろうな。
放り投げたと思った瞬間に、もう1本の木の棒で掬って振り回したんだ。
木の一部に溝を掘って、引っ掛かり易くしてあった訳だ。
ちょっと、ヤバかった。
アボリジニの戦士は俺より速い。
速さだけなら宗厳のおっさんにも負けてないつもりだったんだが、それが通じない。
体も大きく、腕も長いから槍と互角になってしまう。
負ける気はないが、戦い慣れしていて駆け引きも通じない。
完全な千日手になってしまった。
「※※※※※※※※、※※※※※※※※」
何を言ったが判らんが覚悟は判る。
アボリジニの戦士が一旦、距離を取り直した。
すれ違い様の一撃に掛けるつもりか?
アボリジニの戦士が横に走った。
俺も一緒に横に走る。
刹那!
奴が止まった瞬間、持っていた武器を俺に投げると、続け様に背中の武器を投げた。
そんな投擲に当たる俺じゃないぞ!
3つの武器を投げ終わると、残る武器を手に持って一気に間合いを詰めて居合のような横一閃が俺を襲う。
おそらく、必殺の一撃!
今までの速さとまったく違い、俺の脇腹を捉えた。
否ぁ、それを紙一重で躱す。
宗厳のおっさんの真似、体を捻って後方に飛びながら着地と同時にその反動で槍を突き出す。
ぎりぎりの攻防、痺れを切らしたおまえの負けだ。
やっと見せた隙に一撃を放つ。
貰った!?
俺の後方から奴の投げた武器が戻ってくる?
一撃を放ちながら体をねじって、その武器を避ける。
その瞬間、俺はアボリジニの戦士から目を離していた。
逆転の攻防。
ヤラれた。
必殺の一撃で隙を見せて、その間合いで武器を戻ってくる軌道に誘われた。
俺の渾身の一撃を掻い潜って、飛び込んできたアボリジニの戦士の膝蹴りが俺の腹を捉えて、俺は吹き飛ばされた。
「※※※」
木の棒を俺の頭の上にかざして、勝利宣言をされてしまった。
糞ぉ、負けた。
カッコ悪り!
その後、宗厳のおっさんがあっさり勝った。
ブーメランとかいう奇妙な武器を使わせる間もない。
圧倒的な強さで勝ちやがった。
第2の戦士とか、第3の戦士とか、宗厳のおっさんの前には関係ない。
「※※※※※※※※」
明らかに格下の奴まで、宗厳のおっさんに挑み始める。
「宗厳さん、次は私と代わって」
「げぇ、千代女が出てきやがった」
「次は私もお願いします」
「俺も」
藤八に、弥三郎も参戦してきた。
「ねぇ、ねぇ、慶次も食べる」
いつの間にか、バーベキューをはじめてやがる。
俺に勝った戦士もバーベキューと格闘している。
「いらない?」
「食べるよ」
「カッコよかった」
「負けた」
「は、は、は、ずっと勝ち続けられる人なんていないよ」
忍の笑顔が眩しかった。
◇◇◇
那古野に戻ると、にわかに騒がしくなってきた。
信長の初陣?
敵は2,000。
信長の前に忍を先頭に武者3人で挑む。
忍の訳の判らない秘術で矢をすべて打ち払い。
「なぁ、秘術なしでも大丈夫だって」
「駄目です。万が一もあります」
こういう時の忍は頑として言う事を聞いてくれない。
そして、100兵を一撃で吹き飛ばす馬鹿力。
なぁ、忍って、負けた事あるのか。
「えっ、何か言った?」
「いや、別にいい」
「そう?」
ずっと勝ち続けているよな。
あっと言う間に初陣は完勝だ。
◇◇◇
島を作ったり、田んぼを耕したり、忍って、何者なんだろうね?
信長は天女と言い。
藤吉郎は大日如来と言う。
三河では赤鬼と呼ばれる。
外ツ国では神様扱いだ。
「ねぇ、慶次」
「なんだ」
「忍って、自分が神様と思われているのに気が付いていないよね」
「みたいだな」
「普通、気が付かない?」
「忍だからな」
「そうね」
忍は普通の女の子として扱われるのを希望している。
だから、俺達ともタメ口で話せる。
面白いからいいか。
◇◇◇
千代女が信濃の調略に出ている間に赤鬼一揆が起こった。
一方的だった。
本気になった忍に敵う奴はいない。
むふふふ、余裕で勝った忍の顔が緩む。
何を考えているんだか?
しかし、俗物な奴だ。
「忍、顔が崩れているぞ」
「忍様は表情が豊かですものね」
「そういうのじゃ、ねえだろう」
「可愛らしいお方だと慶次は思いませんか?」
「信長はもの好きだね」
「私も忍様が好きです」
「俺も、俺も」
何を考えていたのか知らないが、良からぬ事だとすぐに判る。
顔がだらしなく、鼻息を荒くしている時は大抵そうだ。
空誓とのやり取りでも本音が漏れている。
「赤おぃ、いいえぇ! 竹姫様の討伐命令の撤回は?」
「やれるもんならやってみなさい」
忍を殺れる奴がいるのか?
「忍の自信はどこからくるのかね?」
「慶次は聞いていませんでしたか」
「何が?」
「このセーラー服の秘密です」
「刀で切っても切れないです」
「凄いです」
はじめて聞いたぜ。
この世の武器では、セーラー服を切れない。
初陣で甲冑を着ていないのはそういう訳だったのか?
「もちろん、忍様がいない戦場では、頭とか、守れませんから甲冑を上から着るつもりです」
「もしかして、忍の体も切れないのか?」
「どうでしょう?」
「頼りない答えだね」
「天女は羽衣を脱ぐと、空を飛べなくなると古書に書かれています。しかし、忍様は自由に空を飛んでいます。私には、見えない羽衣を身に纏われていると思えるのです」
「その羽衣も、この世の物では切れないか」
「あはっ、よく判りません」
信長は俺より忍の事をよく見てやがる。
◇◇◇
どたばたも終わって落ち着いて来た。
久しぶりの志土仁だ。
さぁ、腕に自信がある奴は掛かって来い。
「僕もやるです」
「今日こそ、初勝利です」
アボリジニの戦士との模擬戦は恒例になっている。
俺より速い奴が多いから駆け引きが重要になってくる。
バーベキューも恒例だ。
変な公家のおっさんも満足だろう。
那古野に戻ると、千代女が仁王立ちで待っていやがった。
千代女は忍に甘えるのが上手だ。
本来は主従関係の俺らに忍が気を使う必要なんてないんだが、忍はそういうのが嫌らしい。
食事が終わって再び、志土仁へ!
天地創造か!
久々に忍が人でないと思い知らされた。
ここまで読んで頂いてありがとうございます。
◇◇◇
お盆と言えば、安土城のライトアップです。
安土城復元の話もあるけど、金と安全にうるさいので中々に難しいね。
CGだけじゃ、物足りない。
◇◇◇
信長公記 巻十四(天正九年辛巳)因幡国鳥取城取り詰めの事」の条に、
『七月十五日、安土御殿主、並びに、惣見寺に挑灯余多つらせられ、御馬廻の人ゝ、新道・江の中に舟をうかべ、手ゝに続松とぼし申され、山下かゞやき、水に移りて、言語道断、面白き有様、見物群集に候なり。』
ルイス・フロイスが、その著書「日本史」の中で
『すなわち信長は、いかなる家臣も家の前で火を焚くことを禁じ、彼だけが、色とりどりの豪華な美しい提燈で上の天守閣を飾らせた。七階層を取り巻く縁側のこととて、それは高く聳え立ち、無数の提燈の群は、まるで上(空)で燃えているように見え、鮮やかな景観を呈していた。彼は街路-それは我らの修道院の一角から出発し、前を通り、城山の麓まで走っている-に、手に手に松明を持った大群衆を集め、彼らを長い通りの両側に整然と配列させた。』