31. 竹取り乱(4)の事。
「さぁ、ちゃちゃっと終わらせるわよ」
「「「うおぉぉぉぉぉ」」」
この世界、強さは正義だ。
足軽達が声を揃えて答えてくれる。
猿山のボスの気分だ。
まぁ、いいか。
大浜城まで行進だ。
やっぱり、伏兵いなかったね。
もう、そんな余裕もないという事だ。
終わったな。
我々の敵はぬかるんだ道だ。
低湿地帯です。
高浜川をはじめ、沢山の小さな川が厄介だ。
特に荷物を水に浸けるのは厳禁だ。
川では車高が高くなった特製の筏付き荷馬車の本領を発揮してくれる。
簡単に言うと、木浮き輪付きの4輪荷馬車だ。
とっても不格好な!
道を移動するのに苦労する事、苦労する事…………限りなし。
無駄に重たいのが、玉に傷だ。
戦闘が始まるまでは、300人の荷駄隊おっさん連中がずっと文句言っていたんだよね。
それも戦に勝つと文句1つ言わなくなった。
ぬかるんだ道で車輪が足を取られると檄が飛ぶ。
「赤鬼様のお通りだ」
「根性みせろ」
「押し出せ」
「玉が付いているのか」
まぁ、お下品な!
根性で時間短縮は無理だった。
荷駄隊が遅れる毎に休憩を入れる。
高浜から10kmの道が遠く思えた。
◇◇◇
大浜城が見える所で最後の軍議です。
「ここは我らにお任せ下さい」
「いえいえ、我らこそ」
「ここは譲れん」
古参も新参もなく、詰め寄る武将達です。
大浜城は岬みたいな先に造られた小さな城であり、船で逃げられないように取り囲んでいます。
かき集めれば、300人ほどが立て籠もれる城です。
大浜の戦いで四散した兵がどれくらい残っているのか知りませんが、多くて100人くらいでしょう。
少なければ、20人ほどではないでしょうか?
手柄が欲しい武将が我先にと名乗りを上げるのです。
「信長ちゃん、今更、首が欲しい?」
「特に欲しくありません」
「うん、正解。潔く首を取って上げて、長田重元の名を上げても仕方ないのよ」
「そう言うものですか」
「織田と最後まで勇敢に戦ったと褒められるでしょう。そうすると他の城主や武将も重元に負けるな! 死ぬまで戦えと厄介になってゆくのよ」
「なるほど」
こほん、秀貞が軽く咳払いします。
「首を取るのは武門の誉れでございます」
私を睨む訳でもなく、秀貞がさらりと言ってのける。
家老として言っておかないといけないと言う事でしょう。
「しかしです。大殿に持って帰るのは大浜城でも十分でございましょう。降伏してくれるなら、織田として申し分ありません」
今度は(平手)政秀がその反論を言う。
あぁ、なるほど!
二人はこうやって反発しあう意見を述べるようにしているのか。
「その意見に賛成。重元を討ち取ると、他の城も城を枕に討死とか言い出して面倒でしょう。矢作川の西岸はさくさくと終わらせて帰りましょう」
これで周りの武将達も納得してくれただろう…………思わないらしい。
ギラついた目を輝かせて、あくまで攻める気でいる。
「それでは我らの面目がたちもうさん」
「如何にも」
「ここは重元の首を」
「武門の栄誉を承りたい」
「信長様、我に一番槍の名誉を」
「我こそに」
「いや、いや、一番槍は我の物に」
ホント、面倒臭い連中だ。
「誰か、降伏の使者に立つ人はいない?」
何でおまえが指図するのか。
そんな視線で私を睨み付けます。
「いないみたいね。じゃあ、私が使者になりましょう」
「何を勝手に言っておる」
「如何にも客将ならば、控えて頂きたい」
「殿、惑わされてはいけませんぞ」
「ここは家中の者の意をくみ取るべきかと」
「信長ちゃん、私が使者でいいわね」
「よろしくお願いします」
「「「「「「「「「殿ぉ~~~~!」」」」」」」」」
陣を出ようとする私の前に(池田)恒興が立ちはだかります。
その憎悪で私を燃やし尽くしたいと言うほど睨んでいます。
今にも太刀に手を掛けようと構えて!
困った。
信長ちゃんが心配そうに覗いています。
仕方ない。
「その意気やよし。付いて来なさい」
ひょいと近づくと襟を持って持ち上げます。
「何をするか!」
「使者の供よ」
軽々と持ち上げ、甲冑も着ない姿で大浜城へ歩いて行きます。
「ちょっと待て! どこに行く気だ」
「決まっているじゃない」
「冗談はよせ」
慶次様、宗厳様も当然のように付いて来ます。
震えながらも藤吉郎も付いて来ているのはりっぱです。
皆、甲冑を脱いだままですから無茶もいい所でしょう。
恒興君、暴れると落としちゃうよ。
あっと言う間に到着です。
大浜城の城の門前で恒興をどさっと降ろします。
おぉ、丸腰で大手門の前です。
敵が弓を絞って狙いを付けていますよ。
当然ですね!
恒興君、腰が抜けたのか、巧く立ち上がれない感じです。
「おまえ、正気か!」
「何か、おかしい?」
「おかしいだろう。白旗を掲げずに近づけば、いつ矢を射られるか判らんだろう」
「慶次、そうなの?」
「まぁ、普通はそうだな。まぁ、俺は構わんな!」
「宗厳、やっぱり白旗はいる?」
「討ってくるなら、切り落とすまで」
「ほらぁ、みんな大丈夫って言っているよ」
「おまえら、頭がおかし過ぎるだろう!」
みんな、甲冑を脱いだ姿です。
城の守りが矢を射る為にぎりぎりまで引き絞っています。
無茶苦茶です。
命が幾つあっても足りません。
恒興君、腰を抜かしながらもじりじりと後ろに逃げようと足掻いています。
今更、逃げても仕方ありません。
背中から射抜かれて終わりです。
藤吉郎は私の後から離れません。
「いいね、いいねぇ~、この緊張。悪くない」
「忍殿といると飽きませんな」
「お、おまえら、何言っているんだ。狂っているぞ!」
忍の手がすっと上がると、しゅ~んと言う音を立てて、竹槍が1本飛んで来て、後ろに突き刺さるのです。
そして、刺さった竹槍が…………!
どがぁ~~~~ん。
戦場と同じ、爆音と土煙を上げてダイナマイトが爆発し、当たりを黒く染めるのです。
決まった!
特撮ヒーローの爆発炎上です。
おぉ~~~、クライマックス!
ひぇぇぇえぇぇぇ、恒興が頭に手を当てて丸まって怯えています。
「大丈夫よ。当たらない距離にしてあるわ」
「馬鹿ぁ、自分に向けて火槍を撃つ馬鹿がいるか!」
「カッコいいじゃない」
あはっ、あははは、慶次様が大笑いです。
宗厳様が失笑します。
藤吉郎はお約束で丸まっています。
さてと、使者をしましょうか!
20トンをある大金槌を取り出して、ハンマー投げのように体を回転させて勢いよく体ごと大金槌を投げ飛ばします。
「よいしょ」
どどがががががががぁぁぁぁぁぁん!
大きな音を立てて大浜城の大手門がその一撃で吹き飛ばされ、吹き飛ばされた大手門が転がるのです。
矢を射る準備をしていた者共も唖然とするばかりなのです。
『降伏せよ。然すれば、誰一人の首もいらん。腹を切る必要もない。降伏せよ!』
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暫く、静寂が訪れます。
「その口上は本当か」
「私が保証して上げる。誰一人、死ぬ必要はない。臣従するのも、逃げるのも自由よ。どっちにする」
「暫しお待ちを」
うん、待たせるのが好きだね!
待たせた挙句、討死するとか言ったら怒るよ。
でも、
待ったかいがあったのか、22人が私の前でひれ伏した。
「誠に我が家臣、我が子の命をお救い下さるか」
『あんたの首はいらないわよ』
「誠で!」
「首なんて貰っても嬉しくないのよ」
「我が長田一族臣従させて頂きます。このご恩、一生忘れませんぞ」
「そういう話は信長ちゃんにやってくれる」
「ははぁ」
家臣合わせて22人が信長ちゃんの前に屈します。
しかし、信長ちゃんは意外と欲張りだった。
「重元殿、臣従されるのは良いが、領地は如何なされる」
「いずれは手柄を立てて、本領をお返し願う所存で」
「そうか! ならば、今すぐに手柄を立ててくれぬか。お主に味方した矢作川西岸の城主を口説いてまいれ。見事口説いた暁には、大浜を安堵してくれよう」
「誠で」
「この信長はこの領地に興味がない。仲裁に来たのみだ。大浜を誰が治めようとかまわん」
「必ずや口説いて参ります」
そう言って、信長ちゃんを大浜城に入城させると、重元達は急いで出ていった。
そして、翌日に五城の城主と吉良の家老を連れて戻ってきた。
矢作川西岸のほとんどの城主と西条城の吉良義昭を臣従させるという偉業を為したのだ。
こうして、信長ちゃんの大浜討伐は終わった。
◇◇◇
【林 秀貞】
大浜軍、長田重元の兵数を聞いて慌てふためく諸将に比べて、信長様は落ち着いていた。
確かに『烏合の衆』じゃ。
大山を取られたのは、やはり未熟。
不手際が見られるが、落ち着いて吉浜神明社に陣を引かれた。
本陣を作り、軍議が簡単に行われる。
敵は3倍、しかし、吉良義昭が後詰に入っているので、総大将の重元が前にいる。
巧くやれば、勝てるかもしれない。
なっ?
なんと、信長様自身が口上に出ると言い出した。
青山や内藤が止めるのだが、その意志が固く、そのまま軍議を打ち切られた。
口上は巧いと言うより、稚拙過ぎる。
この場に置いて降伏を進めるとは、口上とは味方を鼓舞するモノと心得ておらんのか。
不手際だ。
唖然!
飛んでくる矢をすべて薙ぎ落す。
『矢切の但馬』が三人もおった。
味方大いに湧き、敵が沈む。
勝てる。勝てるぞ!
痺れを切らした敵が押し寄せた。
いかん…………このままでは危ない。お待ち下され、すぐにお助け…………?
なっ、なんじゃ?
忍殿が一振りすると、押し寄せるすべての者を払い退けられる。
柳生宗厳が駆けると首が飛んだ。
滝川の小倅が先陣の大将を討ち取って敵が崩れた。
信長様の手が上がる。
鉄砲が唸り、バリスタの発射が始まる。
凄まじい。
これが信長様の自慢しておった火槍の威力か!
終わったな!
『えいえいおぉぉぉぉ、えいえいおぉぉぉぉ、えいえいおぉぉぉぉ、えいえいおぉぉぉぉ』
足軽共が勝鬨を上げた。
狂乱しておる。
勝てば、相応の報酬を約束されておる足軽達の気軽さだ。
「林殿、どうなったのでしょうか」
「我らが勝ったという事でしょう」
「しかし、竹槍の後に、我々が突撃するという話は?」
「どうぞ、突撃して下され」
「林殿!」
何を言っておるのじゃ。
この馬鹿共は!
終わっておるだろう。
しかし、恐ろしい姫じゃ。
まさに一騎当千の強者。
『まさに黒髪の関羽だ!』
三国志好きの大殿(信秀)が惚れる訳だ。
しかし、傲岸不遜な態度、破天荒な行動、人目をはばからぬ乱行、武家の枠に入りきらん。
平手殿が「命がいくつあっても足らん」と言っておったが、これでは尼子が持て余すと言うのも頷ける。
大浜城に到着し、手柄もなく、やたらと沈み込む諸将に飽き飽きする。
一番手柄は3人に奪われてしまったのじゃ。
残るは、重元の首のみ。
ウチの与力衆が一番やる気だ。
女・子供しか残っておらん城を落として恥ずかしいと思わんのか。
なんと、前田家が張り切っておるぞ。
いかん、いかん、ウチの与力が首を取れば、他の衆が何と言うか!
「前田、下がれ!」
「林様、何故に」
「大浜攻めに我が与力衆は使わんぞ」
「林様ぁ!」
「手柄は他に譲ってやれ」
「林様」
本当に困った奴らだ。
「信長ちゃん、今更、首が欲しい?」
「特に欲しくありません」
「うん、正解。潔く首を取って上げて、長田重元の名を上げても仕方ないのよ」
この娘は本当に怖いモノ知らずだな。
そんな事を言えば、家中の者をすべて敵に回す事になるぞ。
まぁ、そんな事を気にする娘ではなかったか。
不満そうな(池田)恒興を摘み上げて、甲冑も付けずに敵の大手門の方に歩いてゆく。
これでは命がいくらあっても足りんぞ。
おぉ、そうか!
平手殿はこれをされたのか、災難じゃったな。
さらに、火槍を自らの背中に撃つのも正気ではない。
よく見えんが、大手門がふっとんだ。
これはもう人じゃない。
本物の赤鬼じゃのぉ。
流石の長田重元も諦めたようじゃ。
それにしても信長様も太おうなられた。
まさか、重元をけしかけて矢作川西岸を治めてしまうとはな。
巧い絡め手じゃ。
今、織田に城攻めをされれば戦にならん。
百姓も加世者も集まらん。
国人も土豪も集まらんじゃろうな。
援軍も期待できん。
こりゃ、降るわ!
儂も耄碌したな、勝ちに浮かれて頭が回っておらなんだ。
一日待つと、やはり降ってきた。
見事だ。
織田の跡取りは信長様に決まりだ。
二日続けての宴会はちとキツい。
皆、浮かれておる。
手柄はなし。
呑んで憂さを晴らすしかない。
酒盛りの場の隅で(池田)恒興がぶつぶつと言って座り込んでおる。
余程、怖かったと見える。
憐れ恒興、しばらくは使い物にならんな。
平手があの姫様を怒らすなと言っておったが、まさか、これほどとは思わなんだ。
あの姫は織田でも持て余すのぉ。
運というのはすべて付きまといます。
どんな天才の野球少年も同地区に、
さらに天才がいると注目されずに終わります。
イライシャ・グレイは、電話機を発明した。
しかし、同日にアレクサンダー・グラハム・ベルに特許を出願していたので取得できなかったのです。
東北大学総長を務めた西澤潤一は、「光ファイバの生みの親」です。
しかし、特許庁の特許申請の手続き上の不備から西澤の特許は認められません。
その間に、香港中文大学学長を務め、「光ファイバの育ての親」とも呼ばれるチャールズ・カオがアメリカで特許を取って日本は敗訴します。
運がなかったとしか言えません。
運って、大切ですよね。
◇◇◇
◎矢切の但馬:平家物語の巻第四橋合戦で登場する三井寺の大衆五智院の但馬は、宇治川にかかる橋の橋板を落とし、橋桁の上で繰り広げられた戦いで飛んでくる矢を長刀で切り落としました。以後、大衆五智院の但馬は、『矢切の但馬』と呼ばれる事になったのです。
『矢切の但馬』とは、矢を恐れずに果敢に挑む強者の大名刺となったのです。