29. 竹取り乱(2)の事。
【望月千代女】
「千代女ちゃん、いる」
「はい、ここに」
忍は噂ほど美人でも愚か者でもない。
というか、化け物です。
この世の者と思えません。
その癖、俗物臭がぷんぷんします。
「今、どんな感じ?」
「そうですね。織田当主の信秀と那古野城主の信長の親子喧嘩は、一日で千里を駆けました。織田家中に限らず、皆が注目していたのでしょう」
「千里って、何よ! 天竺まで届いたとでもいいたいの!」
「それは三千里です。畿内は御所まで届いていると言う意味です」
「どうして御所まで注目しているのよ」
「それは尼子が御所に砂金を献上したからではないですか」
「ほぉ~、もうしてくれたんだ」
「砂金袋で2,000袋、1万貫文相当を献上したと噂になっています」
忍が飲んでいたお茶を落とした。
うん、固まっている。
「なんじゃそりゃ! 私は200貫文って言ったわよね」
「そうなの!?」
「どうして?」
「忍様があちらこちらで5,000貫文を配っていると噂になっているからだと思います。甲賀にも5,000貫文を配っているのに御所に200貫文相当って、御所を舐めていますよね」
忍は両手を上げて膝から崩れます。
「ははは、そりゃ、そうか」
納得と言うか、しくじったと言うか。
判り易い人です。
「続きの報告をするわよ」
『 那古野の家老・家臣が竹姫の弾劾状をしたためて大殿に送り付けた。
“那古野城の竹姫は、酒池肉林の日々を送り、竹姫御殿なる物を造らせて栄華を極めんとしている。信長様を誑かす女狐を追放し、信長様の目を覚まさん事を欲する。”
信秀はただまかせておけ、悪いようにせんと誓った。
一同が安心の笑みを零したという。
信秀は信長を呼び出し、信秀が竹姫を預かると言うと信長が頑なに拒絶す。
親子二人、あいにらみ、互いに竹姫を欲さん。
信長、廃嫡を言い渡されたが、竹姫が庇い、初陣でその汚名を晴らさんと誓った。』
「こんな感じで伝わったらしいです」
「もう、帰っていい?」
「何、言っているの!」
拗ねた忍は聞かなかった事にしたみたいだ。
◇◇◇
あぁ、あれが猿渡川です。
猿でも渡れる川が川の名前の由来だ。
三河も広い平野を有しているが、灌漑事業がされていないので田畑は点在する程度しかない。
もったいない。
こんなに素晴らしい自然があるのに、三河武士なんて呼ばれる脳筋率が高い奴らが住んでいる。
少しは生活を改善しようとか思わないのかしら?
「ねぇ、気を紛らすのは終わった」
うるさいわ!
「まだ、報告が終わってないよ」
「はい、はい、はい。で、長田重元は援軍を募った?」
「三河大浜の羽城の城主である長田重元は、棚尾城の熊谷若狭守、安城の東端城の神谷源六、石川丈山城の石川信英、小川城の石川 忠輔、藤井城の藤井利長・信一親子、西条城の吉良義昭に書状を送ったらしい」
「でしょうね」
「三河では安祥城を手に入れた織田がいずれ襲ってくると言っているそうです」
うん、藤八でも判る理屈だ。
岡崎を落とす前に矢作川の西岸をおさえるのは常道だからね。
「西条城の吉良の動向は不明ですが、矢作川西岸の城主は前向きのようです」
次は我が身だから援軍を出す。
当然だ。
史実でも出している。
西条城の吉良もおそらく出す。
織田にしろ、今川にしろ、三河を好き勝手に切り取りするのを(吉良)義昭は快く思っていない。
援軍を出して土豪の城主を自分の味方に引き込む。
信長ちゃんの馬が少し歩みを緩めて、私の横に並んだ。
「忍様。西条城の吉良は援軍を出すでしょうか?」
「出すね。棚ぼたで西条城を継いだ義昭は家中の信頼が薄い。忠誠を勝ち取るには丁度いい案件じゃない。家臣だとか、国人とか、土豪とか、自分の力を見せ付ける為に勝ちにくる。否ぁ、見せ付けないと見限られる。それは避けたいでしょう」
「なるほど、納得しました」
「でも、馬鹿よね。そんな理由で戦い続けるなんて」
「国人や土豪も生き残る為に、みんな強い主君を求めているのよ」
「下らない」
「下らないですか?」
「ええ、くだらない。こんな下らない戦国時代を終わらせるわよ」
「はい」
猿渡川の前で休憩を入れて、おにぎりを配って昼食となった。
『伝令』
馬を掛けて、先発隊の伝令が戻ってきます。
川べりで信長ちゃんにおふざけ中の忍の前に伝令が頭を下げます。
「気にせずに報告して」
「はぁ」
(あんたが言うな!)
千代女ちゃんが小声で容赦ない突っ込みを入れます。
首を捻って後を見ろ!?
なるほど、周りの家老や旗本が怖い顔で睨んでいるよ。
「大浜城の長田重元が出陣」
「おぉ、討って出てきたか。潔し!」
「これで楽になった」
「どうしてくれようか」
伝令の話を最後まで聞かずに各々がしゃべり出します。
「よい、続けよ」
「はぁ、その数。おおよそ2,500」
場の雰囲気が氷付いたね。
「旗印に、土豪の二葉松の稲熊氏、天野氏、永井氏が見られ、長田城の長田氏、棚尾城の熊谷氏、東端城の神谷氏、石川丈山城の石川氏、木戸村城の石川氏、最後に西条城の吉良氏の旗が見られます」
「何故、ここで吉良が出て来る?」
「義昭は何を考えているか?」
落ち着いているのは林秀貞と平手政秀であり、信長ちゃんも落ち着いています。
秀貞はほら見ろという顔をしています。
そう出陣前に、
“出陣前にも申しましたが、本日は鬼門に通じ、日が悪うございます”
“占いなど、信じて戦える物か”
“武士はゲンを担ぐのも本分でございます”
“であるか”
“本日は取り止めと”
“それはできん”
というやりとりがあったのです。
出陣前に1日遅らせろと言ったのに、聞きもせずに出て来たからこうなったのだ。
そう言いたげです。
でも、信長ちゃんはそんな事は承知だと不満顔です。
そこが駄目なのよ。
「ほらぁ、ちゃんと言ってやりな」
こつん!
私は信長ちゃんの頭を叩いてやった。
ホントに痛かったのか、ちょっと涙目だ。
(ちゃんと、秀貞に説明して上げないさい。言葉にしないと通じないよ)
私がぼそりと呟くと、信長ちゃんが涙目で頷いた。
素直でよろしい。
「秀貞、心配するな。最初から想定しておる。どうせ大軍と言えど、烏合の衆だ。心を砕けば、自然と瓦解する。3倍の敵なら問題ない」
「なるほど、その為の鉄砲でございますか」
「さらにバリスタは、その10倍は威力があるぞ」
「通用しますか」
「ふっ、すべてが重元の兵なら考え直すが、さっきも言ったであろう。烏合の衆であると」
秀貞が「なるほど」と首を縦に振った。
援軍なんて、張子の虎だからな。
不利と思えば、すぐに逃げてしまう。
「秀貞、安心しなさい。今回は私も当事者らしいから、少しだけ活躍させて貰うわ。あなた達は見ているだけでいいわよ」
おぃ、何をする気だ。
判りません。
まさか、また敵を空の散歩にご招待とかじゃないだろうな?
どうでしょうか?
まぁ、忍ならやりかねない。
あれは戦ではないぞ。
そこまで無茶はしませんよ。
あれをされると、俺の活躍の場がなくなるな!
大丈夫じゃな!
大丈夫でしょう。
平手のじいさん、千代女ちゃん、慶次様、どうして聞こえるように小声で何言っているのぉ!
聞こえるように言っているわよね。
みんな、フリーダム過ぎるよ。
◇◇◇
信長ちゃんの頭をなでなでして上げて、いい子、いい子として上げる。
いい事をしたらすぐに褒めて上げよう。
「ちゃんと言葉にするのは大切だよ」
「はい、忍様。以後、気を付けます」
信長ちゃんのいい所は誰の話でも良く聞く事なんだ。
史実の信長で語られる。
『信長は人の話を聞かない』
あれは嘘だ。
口下手だけれども、信長は人の話をよく聞いた。
比叡山焼き討ちを明智光秀が進言した時も、色々な公家や僧侶に相談した記録が日記として残っている。
色々な人に相談し、意見をよく聞いて、自分で考えて判断した。
手紙になると饒舌になるのにね。
信長がねねなどに書いた手紙はきめ細やかな配慮がされている。
見た事ないかな?
どんな事でも素直に考え、素直に結論に至る。
当時の戦国武将と違う所であり、天下人へ押し上げた要因だと思う。
祖父の信定の教育が良かったんだろうね。
感傷に浸っている間に、“なみあらふ衣ヶ浦…”と西行法師も詠まれた衣浦は大浜郷に入っていた。
「敵とは、『森前の渡し』の手前になりそうね」
「向こうの方が大軍だから場所を選んでくれるでしょう」
寡兵なら沼手で挟まれた狭い道とか、川を挟むとか、色々と考えてくるだろうが、大軍を擁している大浜軍は広い場所を選びたい。
「慶次なら、どこを戦場にする?」
「俺なら大山に本陣を置き、その前に配置するね」
「某も同感でございます」
「なら、急がないと先に取られちゃうわよ」
「いいえ、取らせて上げましょう」
「我らは吉浜神明社に本陣を置き、それからゆっくりと軍を進めるでいいですか」
「うん、それでいいよ」
信長ちゃんの方が判っている。
春日神社八劔社のある大山と吉浜神明社の距離は600mくらいだ。
門前に広がる広場には、鉄砲100丁とバリスタ4機を横に広げて置く事ができる。
総攻撃になれば、田畑を無視して攻めてくるだろうけど、初戦は海岸線に沿っている広い土手道を使って槍合わせになるのが必定だ。
しかも大山を取らせれば、そこを守る為に集まってくる。
逆に、ウチが大山を取ると東と南に軍を分けて挟撃戦を仕掛けてくるかもしれない。
まぁ、ウチが吉浜神明社を本陣に置いても同じ事が言えるけど、大山を取った事を鼓舞して、派手に集まってくれると思うんだよね。
うん、そうなった。
ウチの配置は、信長の直参の馬廻り衆が50人を先頭に、その後ろに旗本衆の林・平手・青山・内藤が続き、右翼と左翼を丁度半分に割って、鉄砲衆、直近衆、バリスタ隊、足軽衆と並んでいる。
対する大浜軍は、正面に長田重元と稲熊氏、天野氏、永井氏が並び、敵左翼に長田城の長田氏、棚尾城の熊谷若狭守、東端城の神谷與七郎、石川丈山城の石川信英、木戸村城の石川式部が横に並び、乱戦になると突入してくる。
最大兵力を持つ西条城の吉良義昭は後詰を任され、大山の本陣で1,000人の兵を遊ばせている。
大将は長田重元のハズなのだが、守護・守護代格の義昭を先陣に置くのは躊躇ったようだ。
それでも800対1,500で圧倒的に大浜軍が有利だ。
作戦は簡単。
信長が口上の為に前に出て、鉄砲とバリスタで威嚇する。
敵が襲ってきたら、私達がいなしながら後退し、
信長ちゃんが本陣に戻って来たら総攻撃を掛ける。
うん、簡単だ。
という訳で、
朱染めの甲冑を着た私、慶次様、宗厳様の3人が馬を降りて、信長ちゃんと一緒に前に出ます。
セーラー服姿の男の娘が、三武者のみで前に飛び出してくる。
甲冑を着ないで戦場に来るのは、相手を小馬鹿にしている証拠です。
信長ちゃんの姿を見た大浜の兵が青筋を立てて、鬼の形相で睨んでいますよ。
大胆不敵!
弓の射程である20mくらいまで近づいたのです。
後の青山・内藤・池田ズが睨んでいる。睨んでいる。危ないよね。
敵方の腕自慢の弓士達が信長ちゃんを狙っています。
「俺が織田三郎信長だ」
すっきりとした透き通る声が戦場に放たれたのです。
ブックマークよろしくお願いします。
みなさんの声ががんばりに繋がります。
◇◇◇
◇◇◇
昨日はA子ちゃんがB子ちゃんの悪口を言った。
今日はA子ちゃんがB子ちゃんの事を大好きと言う。
明日はA子ちゃんがB子ちゃんの事を嫌いと言うに違いない。
幼稚園児のように、好きと嫌いが入れ替わる。
戦国時代、将棋の駒のように、取った駒は味方に変わります。
昨日の敵は、今日の味方、明日は敵。
寝返るのが常識って、怖いよね。
◇◇◇
今回、一番大きい間違いは、滋野望月が天文15年の武田に寝返ったと思い込んでいた事ですね。
真田の寝返りは天文13年説、天文15年説、天文17年説があり、おそらく、天文15年なら武田に行っているだろうと思っていたので、当初、天文15年説で滋野望月も寝返ったと勘違いした訳です。
小説内では、忍は滋野望月が武田に組みしていると勘違いしたまま、22話の会話で訂正される流れに変更したのです。
真田幸隆が活躍するようになったのは、天文17年以降です。
原因は砥石崩れです。
会社で例えるなら、
大手の会社に再就職したけど、派遣社員なので重要な事は任せて貰えない。
ところが、
とある事件で中間管理職が大量に離職した。
仕事が滞ってしまうので、派遣社員を正規社員に格上げし、課長代理に抜擢されたのです。
役職は低くとも経営会議に出られるようになった真田幸隆はヘッドハンティングを提案し、成功して、最終的に小県という本領を取り戻したのです。
つまり、大量の上司がいなくなった事が出世の鍵なのです。
大きな勘違いです。
滋野望月のヘッドハンティングは天文17年以降でないとおかしいのです。
と言う訳で書き直し。
間違いが見つかった場合、書き直す時間がいるので、少し間隔を開けた日程にしております。
溜まった場合は、一斉放出する予定なのです。