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信長ちゃんの真実 ~間違って育った信長を私好みに再教育します~  作者: 牛一/冬星明
第1章.赤鬼忍、尾張に居つく
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17.百地丹波の事。

【百地丹波】

真夜中に闇に隠れて移動し、ネコのようなしなやかな動きで屋敷の塀に刀を掛けて、それを足場にひょいと塀を超える。

庭木の間を抜けて開けられた障子から漏れる光の下に膝を付く。


「百地か」

「へい」

遊佐 長教(ゆさ ながのり)の動き、よう教えてくれた。助かった」

「言われた事をしたまででさ」


投げられた袋が百地の前に落ちる。

百地はひょいと拾って、重さを確認すると懐にしまった。


「(細川)氏綱の動向がおかしい。調べておいてくれ」

「へい」


そう言うと、再び塀を超えて屋敷を後にした。


「頭、どうでした」

「久秀(のちの弾正)は金払いがいいな」

「で、三好陣営の動きはどうだった」

「今度、堺に行くようですな」

「そうか、なら遊佐長教の仕事を請け負って奴にその情報を流しておけ!」

「判りやした」

「でだ。氏綱か、長教か、動いたなら久秀に知らせてやれ」

「頭はあくどいですな」

「勝手に殺しあってくれればいいさ。伊賀に戻るぞ」

「へい」


 ◇◇◇


【百地丹波】

応仁の乱以降、戦いが大いに変わった。

足軽と呼ばれる農民を編成した兵が活躍し、そんな野人の中から草奔(そうもう)と呼ばれる忠節を重んじて槍一本でのし上がる者、野伏(のぶせり)と呼ばれる浮遊民から抜き出て追いはぎや強盗などする悪党の集団が幅を利かせるようになった。伊賀忍者もそんな土豪の悪党から身を起こした集団の1つであり、荘園の領主に奇襲やかく乱で反抗してきた。


まぁ、鎌倉末期の英雄である楠木 正成(くすのき まさしげ)も草奔の悪党でさ。


伊賀が草奔であったかは疑問ですが、小宮神社の神主であった服部氏(はっとりし)が頭角を現し、千賀地に名を改めた服部氏が、「千賀地」「百地」「藤林」という悪党の集団を束ねるようになったのです。

そして、どういう経緯かはよく判らないのですが、服部 保長(はっとり やすなが)、初代『服部半蔵』として、室町幕府12代将軍である足利義晴に仕える事になったのです。


「服部も落ちぶれて、やっと俺の天下となったのさ」


保長は伊賀衆を使って義晴に忠義を尽くしたと言えば、聞こえがいいですが、要するに命の安売りをした訳です。

そうして、『北面武士(ほくめんのぶし)』にのし上がったのはいいのですが、肝心の義晴が京を捨てて逃げる有様ではその価値もありません。

保長はそんな義晴を見限って、伊賀守護の仁木様を担いで三河に下向し、松平清康と共に天下に名乗りを上げようと思った矢先に『守山崩れ』で清康が亡くなり、松平は分裂して、服部は仁木様の手前、三河を去る事もできず、没落した訳です。


将軍が使っていた忍者と言う名は大いに役立ち、各地で伊賀に仕事を頼む者が後をたたなくなり、藤林の長門守が今川義元に買われました。

目ぼしい奴らが出ていった事で、伊賀の頭領は実質、百地丹波の物となったのです。


「遂に、俺の時代がやってきた訳だ。細川や畠山などから金をせしめ、生き残るのは俺達、伊賀者さ」


伊賀は阿拝 (あべ) 郡、山田 (やまた) 郡、伊賀 (いが) 郡、名張 (なはり) 郡の4郡の内、3郡は六角に支配されているので、名目の上で12代将軍義晴の味方をしています。

しかし、盗賊の頭のような百地丹波が金も落とさない将軍に義理を立てる訳もありません。


そう、銭です。

銭がすべてなのです。


 ◇◇◇


【百地丹波】

「頭」

「馬鹿野郎、頭領と呼べ」

「すみません。怪しい奴らが望月の若に連れられてやってきました」

「客かもしれん。丁寧に扱え」

「それが、すでに中町に入ってやして」

「馬鹿野郎、見張りは何をやってやがる」

「すみません」


しばらくして、次の走りが戻って来て、少し事情が判ってきます。


「尾張の若様だと」

「伊賀の忍者を買いに来たと言ってやがります」

「精々、高値で売ってやるさ」

「それが三頭領を揃えろだと」

「そんな勝手が許されるか!」

「望月の若様がいますから、すでに使いが走っております」


ちぃ、丹波は舌を打ちますが、中町まで入られて隠す事もできません。

場所は丹波の屋敷とする事で面目を保ちます。


やって来た若一向を見て、丹波は呆れます。

手勢はわずか、しかも女・子供を一緒に連れてくるなど、気が触れているとしか思えません。

尾張の『うつけ』と呼ばれているそうですが、本物の『うつけ』ではないかと思ってしまうのです。


交渉は淡々と進みます。

織田が臣従を求めてきたが、そんなモノを受ける奴はいません。

ふ、ふ、ふ、尾張警護に3家で300人はいいだろう。

尾張の情報を持って、どこかに売り付けてやる。

斉藤と今川あたりがいいだろう。


「ありがたいお申しですが、お断りさせて頂きます」

「役儀においてお断りせねばならぬ事もあり、直臣は無理でございます。然れど、尾張警護100人の件はお受けさせて頂きます」

「よろしいので」

「藤林になんら異存は御座いませぬ」

「待て、待て、千賀地も受けさせて頂きますぞ」


「勝手に決めるな」


如何、千賀地と藤林が妙に乗り気になってやがる。

こいつらも望月の嬢ちゃんから、望月が5000貫文を貰った話を聞いてやがるのか?


「さっき、小耳に挟んだ事だが、望月には1万貫を与えたそうじゃないか。俺達にはなしか」


織田の若様が怯んだ。


「それは先ほども言いましたように」

「望月には金を用意してあったが、俺達はどうせ臣従しないだろうから用意していないんだろう。俺達を甘く見て貰っては困るな」

「そう言う訳ではなく…………」

『私と代わりましょう』

「お願います」


もう少しの所で女がしゃしゃり出て来た。

妙に落ち着いた感じが気にいらねえな。


女が手を翳すと、何もない所から5000貫箱が現れた。

なっ、妖術、幻術の類いか?


「これは失礼しました。まずはご検分を」


俺は5000貫箱を急いで開けた。

光輝く永楽銭に言葉が出ない。

これは織田が作った永楽銭だ。

だが、この輝きは間違いなく、純度が高い。

正真正銘の5000貫だ。


「誠か?」


千賀地と藤林も乗り出して確かめる。

織田には腐るほどの金がある。

これは間違いない。

鴨だ。鴨がやってきた。


「納得いかんな」

「何がですか」

「望月は一人で5000貫も貰ったのだろう。だが、俺達は3人で5000貫と言うのが納得いかん」

「そうですか」


女は残念そうに5000貫箱の蓋を閉じる。

はったりだ。

ここまで若様が足を運ぶには理由がある。

もうひと押しすれば、掠め取る事ができるハズだ。


「しばらく、しばらく、我らは臣従する訳では御座らん。3人で5000貫、それで十分ですぞ」

「その通りです」

「百地が引き受けぬと言うなら、千賀地と藤林で引き受けさて頂きます」

「我に異存はないぞ」

「勝手に決めるな」


この馬鹿野郎が、ここで折れてどうする。

交渉のいろはも判らんのか。


『そのお気持ち、確かに受け取りました』


馬鹿か?

自分から降りてきやがった。

5000貫が丸儲けだ。

ただの鴨じゃない。大鴨がやってきた。

むしり取ってやるぜ!


「もう5000貫付けましょう。今から柳生の里に向かいます。ご同行願いたい」


俺が案内するだけで5000貫だと、何を考えていやがる。

俺を殺す気か?

やはり警備の伊賀者を断ってきた。

俺が居なければ、千賀地と藤林を巧く操れるとでも思っているのか。

所詮、女の浅知恵だな!


 ◇◇◇


【百地丹波】

ふぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁっぁぁぁぁっぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁっぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁっぁ!


何が起こった?

何故、俺は落ちている?

幻術だ!

幻術に決まっている???


ぎょえぇぇぇぇぇ!


はぁ、はぁ、はぁ、幻術が消えた。

恐ろしい技だ。


「忍様、もう一度できませんか」

「できるけど、今日は無理じゃない」


何を言ってやがる。

この糞餓鬼が!

俺を見下しやがって、この(あま)


「ねぇ、丹波」

「何でございましょう」

「世の中には譲れない物があるのは判っている。だから、織田と伊賀が戦う事になっても責めるつもりはない。それに私が干渉するつもりはないのよ」

「何の事でしょう」

「詰まらない意地で私を出し抜こうとか考えないようにしなさい」

「滅相も御座いません」


俺の考えを読んでいたのか?

だが、俺はその直後に信じられないモノを見せられた。


大岩が目の前から消え、天空から降って大きな地響きを立てるのです。


まさか?

これも幻術か?

幻術だ。


「判った? 私がその気になれば、伊賀の民をすべて天空から落とす事も、大石を降らせて、伊賀の里を山にする事ができるのよ。でも、人の争いに関わるつもりはないの。伊賀が織田に刃向かうならそれはそれでいい。私を出し抜こうだなんて考えないようにしなさい。私は騙されるのが嫌いなのよ。それだけ、よ~く、覚えておきなさい」


その脅しに、ごくりと唾を呑み込み、魔性の女を見上げます。

はったりだ。

騙されるものか。

俺は丹波だ。

伊賀の頭領の丹波だ。


『そこの者、何者だ』


森の奥から出てきた侍が取り囲み、その中に知っている顔を見つけます。

柳生の者か。

本当に、ここは柳生の里なのか。

まさか?


いかん、この女だけは殺しておくべきだ。

俺は本気で殺気を殺して、女の背中を見つめたのです。


 ◇◇◇


【百地丹波】

柳生との交渉は伊賀とほとんど同じように進み、それなりに乗り気なのはすぐに判った。

しかし、やはり。

柳生は武を重んじる一族であり、答えは手合せの後と言う事になる。

相手は小僧が名乗りを上げた。


驚いた。

年端もいかない子供に見える餓鬼が中忍並の動きをする。


確か、聖徳太子の脇に立つ童子も子供の姿をしていたな。

童子の姿をしているが、あれは鬼だ。

信長の周りのガキは童子(鬼)なのか?


嫌な汗が背中に流れる。

しかし、そんなのは前哨戦でしかなかった。

柳生宗厳が現れると、まるで正体を現したかのように魔性の女は騒ぎ、家厳と対決する。

勝負は一瞬で決まったと思った。


俺でも避けられるかどうか判らない鋭い寸止めの剣が魔性の女の頭上に止まったと思った瞬間、家厳は背中を向けて刀を止めている。


「儂の負けじゃ」


あっさりと家厳が負けを認めた。

嫌な汗が止まらない。

続けて、宗厳が相対する。


刀を鞘に入れた儘で無造作に近づき刀が開いた。

鮮血が開いたと俺に見えた。

鬼女の胴体が引き裂かれたとはっきりと俺の目に映った。


しかし、現実には宗厳の刀が空を切っていた。


俺なら痛みを感じる間もなく、死んでいた。

それほど鋭い刀筋であった。


「なるほど、奇妙な技だ」


そう言って、もう一戦が行われる。

再び、無造作に近づき、殺気が鬼女を切る。

再び、俺の目に死線が見えた。

同時に鬼女に対して背中を見せる宗厳が現れる。


刹那!


信じられない。

さらに振り向き様に神刀が鬼女の首を飛ばす。

紅い鮮血が天空に舞う姿が俺の目に映っている。

映っているのに、宗厳の刀が再び、鬼女に背中を向けて空を切っているのだ。


だぁぁぁぁぁ、全身から汗が止まらない。


「完敗だ」

「では!」

「小姓とさせて頂きましょう」

「やった!」


俺なら3回は死んでいる。

こんな鬼女を俺が殺せるのか?

無理だ。

絶対に無理だ。


しかも、この剣豪が脇を固めるだと。


化け物だ。

みんな、みんな化け物だ。

この鬼女は尾張に化け物を集めて何をするつもりなんだ。


「丹波、伊賀を安全に通行させなさい。これは私からの命令よ」

「か、かっ、かっ、かしこまりました」

「必ず、一人も欠ける事なく、志摩まで送り届けるのよ」

「か、必ず」


やり遂げるさ!

文句を言われて殺されてたまるか。


「丹波、伊賀まで送ろうか?」


冗談じゃない。

一瞬でも一緒に居たくない。


あぁ、去っていってくれた。

助かった。


「あっしはこれで」

「よろしくお願います」

「任せて下さい」


家厳にあいさつを終えると伊賀を目指す。

尾張なんて絶対に行かないぞ。

どうする?

百地 三太夫(ももち さんだゆう)に行かそう。

全権を渡そう。

一々、相談など来られて堪るか。


臣従したいならば、それもいい。

それで伊賀と絶縁だ。

縁を切って、織田とおさらばだ。

天下の大泥棒石川五右衛門(いしかわ ごえもん)百地 三太夫(ももち さんだゆう)の弟子だそうです。

五右衛門の罪状は強盗、追剥、悪逆非道であり、なんの善行を行った訳でもないのですが、浄瑠璃や歌舞伎では秀吉の命を狙った義賊に祭り上げられていますね。

刺青奉行の『遠山の金さん』も天保の改革で江戸三座は取り潰す所を町奉行遠山金四郎が反対した為に、江戸三座は残る事になったのです。

名奉行でもない遠山金四郎が名奉行として歌舞伎で演じられるようになったのです。

民衆の風評で口伝が創られてゆくのです。


百地丹波はどんな人だったのでしょうか?

知りたいですが、見つかりませんね。


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