18.秘密を隠すつもりがあるのかって?
山科 言継の本邸は烏丸通りあった。
増えてゆく酒倉、流石に限界と思って京の東、山科荘(宇治郡山科町)の東南、笠取山の麓に別邸を作った。
そこには大量の酒倉が並ぶ、桃源郷があった。
山科別邸から本邸に連れられ、牛舎に乗せられて御所へ赴く。
烏丸通りを北上すると、すぐに御所だ。
「竹姫はんはこの京を見てどないおもまっか?」
「古い家の間に新しい家が再建されて、活気も戻ってきたように思いますが?」
「その古い家と新しい家の落差が酷いやろ」
「それは仕方ないでしょう」
「尾張の宮街の方が立派や!」
京の再建は取り敢えず住める家を造っている。
山科卿の儲けも御所に入れているから、他の宮様の懐はほとんど空だ。
再建したくとも銭がないのだ。
「私はお金なら出さないわよ」
「それは判っとる。竹姫はんにこれ以上、銭を出せなんていいまへん。そやけど、公家の土地を横領しとる奴らを何とかできる知恵はありまへんか?」
「しばらくは無理でしょう。信長ちゃんが日の本を統一するまで無理でしょうね」
「やっぱり、あかんか!」
「飢え死にしている訳じゃないのでしょう。諦めは肝心よ」
日ノ本が統一されても公家がどれくらい生き残れるかは疑問だ。
信長ちゃんは優しいけど、煌びやかなだけで何も貢献しない公家を擁護するように思えないのよね。
公方様は軍事面、朝廷にも五穀豊穣を祈る農林水産に関わる仕事を割り振るんじゃないかな?
そして、仕事のできない公家様は失業する。
今は言わないでおこう。
◇◇◇
尚侍って側室的ポジションと思っていたけど、実際は一般職のトップらしい。
武将が帝に会うなら謁見の間を利用する訳だが、尚侍は私生活の場に入っていけるので、お庭で謁見もできるのだ。
気を使って貰っております。
言継さん、ありがとう!
甲子園の選手宣誓みたいに皆の注目を浴びて謁見なんて嫌ですよ。
しかも、この重たい十二単を着てです。
このレンタルの体じゃなきゃ、服の重みで押し潰されているよ。
「そなたが竹姫か!」
「はい、そうであります」
「そうか、ところでそなたの母か、祖母に岩屋美祢、あるいは、宿祢という名を聞いたことがあるか?」
「いいえ、聞いたことはございません」
「そうか、それならば、それでよい」
言っている意味が判りません。
文明6年(1474年)、出雲・飛騨・隠岐・近江守護を務める主君・京極 政経の京都屋敷に人質として、尼子 経久が連れて来られたらしい。
その屋敷には、同じように南飛騨の益田から益田村の鬼(宿儺)の末裔と言われる岩屋美祢という女も人質として連れて来られていた。
その女は尼子 経久の子を産んだ。
しかし、文明16年(1484年)に経久は居城を包囲され、守護代の職を剥奪されたことで子の価値は失われ、どこかに消えてしまったらしい。
なるほど、60年ほど前の話か。
私がその孫ではないかと思った訳か。
でも、AIちゃんの検索にも引っ掛からない。
どう言うことだ?
まぁ、いいか!
丹後で伊邪那美命の黄泉の国に続くかもしれない洞窟を発見し、半月ほど探査したが何も見つからず、あと1ヶ月ほど探してみようと思っていると言っておいた。
何も見つからないかもということを強調しておいた。
帝(後奈良天皇)は凄く素直な方で私の嘘をうんうんと頷いて信じてくれた。
即位式を行う費用がなく、困っている所に土佐を治める一条房冬が左近衛大将に任命することを条件に銭1万疋の献金してくれたことを知ると、その献金を突き返したくらいだ。
清廉潔白、金で即位を買うくらいなら、即位できなくともよい。
それくらい清らかな心を持つ帝を騙すのに心が痛んだ。
この聖人のような帝は、この悲惨な下剋上の世に神が遣わした者が私と思い込んでいた。
「場所を移そう」
そう言って正殿の間に入った。
今日は使う予定がなかったのか、広い大広間には誰もいない。
私に続いて入ってきた女中たちが甲斐甲斐しく何かを準備すると、幕が開かれ、階段を帝が登り、祭壇の椅子に腰かけた。
「朕が第105代の帝である」
私は膝をついて頭を下げた。
こうして祭壇に座ると神々しく思える。
だが、すぐに立ち上がり、ゆっくりと降りてこられる。
「朕はこの国を治めるべき帝であるが、この国が荒れようと何もすることができない」
「そんなことはございません」
「祖父らはこの国を何とかしようとがんばられたが、荒れる一方で、朕は無力だ」
「いいえ、帝がおられるから、この国は1つでいられるのです。隣の大国では、何度も国が亡び、民が飢え、憎しみの憎悪で大地を包んでおります。日の本がそうならないのは帝のお蔭であります」
「そうか!」
「帝は高天原から天翔船に乗って天孫降臨された子孫であります。その船が天を駆ける船だったのか、海を渡る船だったのかは判りません。帝が天照大神の子孫であることは間違いないのです。どうか、心静かに御過ごし下さい」
「そうか、心を素戔嗚尊のように荒ぶれてはいかんのだな! そう言えば、そなたは伊邪那美命の洞窟を探っておると思うした。では、伊邪那岐命はどう国を作ったのか?」
巧く説明が出来る訳もない。
伊邪那岐命と伊邪那美命が鍋みたいな物を回して、八島ができたと古事記には書かれている。
完全な神話だ。
伊邪那岐命と伊邪那美命が別の国の男女であり、二人が出会って淡路島に小さな国を作った。
その淡路島を中心に八島と呼ばれた畿内を治めたと言うのが真実だろう。
「おもしろい話である。だが、それを広める訳にいかない」
「承知しております」
「では、伊邪那岐命の目から鼻から天照大神、月読尊、素戔嗚尊が産まれ出たと思っておらぬのだな」
「恐れ多いことですが、私はそう考えております」
天照大神は伊邪那岐命と同じ天翔船に乗ってやってきた外つ国の者だ。遠く遥か南、あるいは、日が昇る東、または、大陸で滅んだ呉の姫という説がある。
卑弥呼の時代、大陸では絹の製造は王家のみが知る秘宝とされていたが、倭の国では普通に造られていた。
素戔嗚尊が暴れて、機織り機を壊したと書かれているように、天照大神の一族は、外つ国の王家しか知らぬ絹の製造を知っていた。
九州には、呉の国から二人の姫が海を渡ってきて、王と結ばれて天照大神になったという伝承が残っている。
一方、素戔嗚尊の伝承は畿内に多く残る。
素戔嗚尊が都にしたのが橿原であり、初代天皇である神武天皇が即位したのも橿原だ。
神武天皇は素戔嗚尊の子孫である物部氏の姫を妻にすることで1つになった。
天孫族である天照大神と素戔嗚尊の融合が起こり、この国の礎をなった。
「おもしろい、おもしろいぞ。竹姫の言う伝承は判り易い。目から産まれたというより、遥かに得心できる」
「ありがとうございます」
「心の中にあった重石が取れたような気がしたぞ」
「そうなのでございますか?」
「うむ、代々、帝を守ってきている者達は鬼の末裔と呼ばれている者が多い。何故、鬼達が帝を守ってきたのかが判らなかった。なるほど、朕もまた、鬼の末裔であったか!」
素戔男は牛頭天王と同一視される。
その姿は身丈が7尺5寸、3尺の赤い角もあったというが、その姿は鬼だ。
聖徳太子は童子と呼ばれる子供の形をした鬼を従えた。
物部氏は『もののべ』と書き、『もののけ』(物の怪)とも呼ぶ。
つまり、鬼だ。
帝は天照の血を引くと同時に素戔男の血も引き継いでいる。
帝も、また鬼の子孫なのだ。
この世を地獄にしているのは鬼だ。
鬼は強く、そして、恐ろしい。
その鬼を滅ぼせるのも鬼だ。
帝を守る者の名を武士と呼び、「ものの」は鬼だ。
鬼を滅ぼせるのは鬼だけだ。
「竹姫様、どうかこの世をお救い下さい」
ちょっと、ちょっと、帝は何を言っているのかしら?
私、逃げ出したいよ。
私の手を取って、跪いて、それを額に押し付けて願うのはやっちゃいけないような気がする。
それを見た周りの女官が気を失ってゆく、倒れる人が続出中だ。
「どうか、どうか、この世をお救い下さい」
「それは無理」
「無理でございますか?」
「この世を救うのは、この世の人でないと駄目なのよ。私は手伝うけれど、救うのはこの世の人よ」
「その通りでございます。申し訳ございません」
「謝るのも止めて、帝が謝ると、他の人が困惑するでしょう」
「申し訳ございません」
帝を立ち上がらせると私が跪く。
これが正しい位置だ。
それでも帝の瞳は優しさに満ち溢れていた。
◇◇◇
帰ってきた私は疲労困憊だ
国が荒れて、その心配から余程疲れていたのよね!
気の迷いとしか思えないわ。
「ねぇ、私の力を帝に話していないわよね」
「わてはちゃんと約束は守っているで! そやけど、帝はんには帝はんの忍びがおりはんのや。『守矢』とか、『志能備』とか、『多胡弥』とか、たしかそう呼ばれてたような、大伴氏の末裔という話も聞くけど、詳しいことは知らん」
「帝の独自の情報網に私の能力の一部が漏れているってことね!」
「そう思った方がええやろうな! 若狭とか、派手に使ってるんや。バレへん方がおかしいやろ!」
「もしかして、ヤリ過ぎた?」
「何、阿呆なこと言ってますねん。知れて当然やろ!」
言われてみれば、若狭は京から目と鼻の先だった。
そこに500人近い尾張の兵や女中が現れて、翌日には消える。
5人で城を陥落寸前まで持ってゆくとか。
私に至っては表門を一撃で潰すとか。
三河の商人が京に来ることはないが、若狭の商人は京にやってくる。
その逆もしかり。
その上、証人もいる。
山科卿に言われて愕然とした。
わぁ~~~、失敗した。