15.猿蟹合戦(後半)、蟹は死刑。本当はどうすればよかったの?
やってしまった!
痛恨の反則、でも、待てよ。
勝つのは駄目だったのよね!?
そうだ、この話を千代女ちゃんにして怒られた。
「忍、馬鹿じゃない。どうして、間の抜けたことをするのよ」
「千代女、そう怒るな! 忍様も悪気があってやった訳ではない」
「当たり前です。あいさつの来た者に喧嘩を振って、無理矢理に城取り上げるとか、織田は最悪の評判を作るでしょうね。無茶を通り越して詐欺に近いわ!」
「5人で城取りは無茶ではないか」
「忍相手に勝てる奴がいるものですか! 信長様、忍に勝てる人がいると思いますか?」
「それは…………」
「それは大丈夫。私は絶対に攻撃に参加しないから」
「どうだか」
千代女ちゃんが懐疑そうな眼つきで私を見ていた。
やっぱり拙い!
このまま反則負けになったら何を言われるか判らない。
これで負けたら馬鹿にされて!
千代女ちゃんに死刑を言い渡される。
間違って猿蟹合戦で勝っても、弾劾裁判を受けて敗訴決定なのよね!
武田の面子を守り、巧く負けないといけない。
ハードルが高いよ。
慶次様と宗厳様に念を押しておきましょう。
「忍じゃあるまし、忘れてねいよ」
「ご安心下さい。戦いに勝って仕合は負けて参ります」
「それより反則で終わりじゃないだろうな?」
「武田も反則しているから微妙なのよ。でも、ジャッジは三条西様だから大丈夫と思う」
見届け人の木下 弥助と窪田統泰が協議し、審判の三条西 実隆と相談に行った。
「城門を閉めたのは武士として当然、見届け人が開城を言って従わなかったのならば、武田の負けですが、それ以前に手を出した蟹の負けです」
「そうよ、自分で言い出した事を守らなかった蟹の負けでいいです」
「そら待ってほしおす。天魔様と亀姫様は納得しても武田はんが納得するかどうか」
天魔様と亀姫様は蟹の負けでいいと言う主張に、三条西 実隆が食い下がった。
確かに城門を破壊されて、蟹の反則負けと諸国に伝わると若狭武田は織田の温情で助けられたとなり、かえって武田に辛いことになる。
そう言われると天魔様と亀姫様も言葉がでなかった。
武田 義統は後悔していた。
高が5人と侮って、武田四天王を呼び出さなかった。
慢心こそ、大敵と言われていたのに、何たる失態かと唇を噛んで耐えていた。
つまり、守りの要は山県孫三郎だけというお粗末な状態だった。
標高168m、石と石階段で作られた山城は他に比べると強固な城だ。
頂上の屋敷は天守閣のようにも見える。
しかし、それは天守閣ではなく、二階に見晴らし台が作られているだけの屋敷であった。
この見晴らし台から総大将の武田 義統が壊された大門を眺めていた。
随分と待たされたが、双方の反則でノーカウントという事になった。
他の城門も閉めないように厳重注意されて、仕合が再開された。
武田の兵が門の下の集まり、丈を突き出して肉の壁作戦に切り替えた。
流石、武田も粘る。
勝てないなら負けない作戦に切り替えた。
太陽が沈むまで粘り、時間切れを狙ってきた。
慶次様と宗厳様は転移ができない。
残り400人をすべて時間内に相手するのか?
だら、だら、だら、慶次様が突撃を敢行する。
「ヤラレたい奴は出てこい!」
敵が怠惰ではないし、牛歩を使って時間稼ぎしている訳ではない。
狭い門に固まっており、何重の層のような隙間ない肉の壁を作って守っている。
倒した奴が出てゆく隙間すらない状態だ。壁だ。
これでは中央突破で中に入って、広い場所で一気に片付ける事ができない。
マジで時間切れになる。
慶次様、強引に前に進む。
負けず嫌いだからね!
宗厳様は余裕綽々で丁寧に倒している。
大人の対応だ。
「ええぃ、邪魔だ!」
慶次様がキレた。
敵を蹴り飛ばしたと思うとそれを台にして跳んだ。
藤八に出来て、慶次様にできないことはない。
ただ、華麗さは藤八の方が上だった。
藤八の八艘跳びのように頭や肩をぴょんぴょんと乗り移ってゆくのではなく、跳んだ先の敵が蹴り潰し、一度沈んだ所から周りを叩き潰して次に跳んだ。
蛙がぴょこん、ぴょこんと跳んでゆく感じだ。
それでも3度ほど繰り返すと、城門の裏側に到着する。
武田もすぐに陣形を変えて、慶次様を囲むように逆円陣を組んだ。
「そのまま押し潰せ!」
押し寄せてくる敵を捌くと、再び、跳んで別の場所を戦場にする。
かなり、危険な戦い方だが効率が上がった。
宗厳様は門の幅を使って横に移動しながら敵兵もドンドンと削ってゆく。
この二人、マジで400人を叩きのめすつもりだ。
暇な私はテーブルを用意して貰って、ティータイムとしゃれこうべ!
どうして、髑髏を『しゃれこうべ』と呼ぶのかな?
「お姉様はどうでもいい事を気になさるのですね」
「気にならない?」
「私は特に気になりません」
私的には『酒落・神戸』(おしゃれな・こうべ)でティータイムなんだよね。
語源は、『晒され頭』が訛って、「しゃれこうべ」が有力そうだ。
などと、下らないことを帰蝶ちゃんらとおしゃべりしている。
日はドンドンと傾いてゆき、戦いも終盤へと移行した。
慶次様も肩で息をするようになってきた。
残りも100人を切った所で山県孫三郎が出てきた。
「責めて、一人くらいは道連れにせんと、お館様に顔向けできん」
「悪いな!手柄をくれてやるつもりはない」
山県と言えば、甲斐四天王の山県 昌景も強かったらしい。
まだ、会ったことないけどね。
赤備えの武田軍団を率いた山県 昌景だ。
ただ、身長は140cmくらいで小柄らしいが、こちらの山県は180cmくらいあった。
体格差で慶次様が不利だ。
「慶次様に怪我をさせたらおしおきね」
「忍様、何を言っているのですか?」
「これは私の主観の話です」
戦いが終わるまでは手を出さない。
もし、慶次様に怪我をさせたら大車輪で天空に放り投げてやる。
それで反則負けで、このゲームも終わりだ。
「慶次様が弱るまで待つとか卑怯な奴ね!」
「戦いの常道でしょう」
「帰蝶ちゃん、信長ちゃんや慶次様を傷つける奴は徹底的に叩きのめす。ただ、それだけなのよ」
「そ、そうなのですか!」
帰蝶の中で理想像が崩れてゆくのを私は知らない。
疲れから派手好きな慶次様の動きが小さくなってゆく。
それは無駄な動きを省く、何度も宗厳様が指摘しても治らなかった慶次様の悪い癖だった。
弟子の成長を喜ぶように宗厳様の目が細くなり、嬉しそうな笑みを浮かべていた。
孫三郎の顔が歪む。
突いた丈を流され、慶次様の突きがより鋭くなる。
体が大きい分だけ避けるのが苦しいそうだ。
激しい丈の叩きあいが続く。
えっ、慶次様の顔に丈が突き刺さった様に見えた。
否、否、否、大車輪の決定だ。
しかし、残像を残して丈が通り過ぎた。
体を半身ずらして丈を避け、逆に慶次様の丈が孫三郎の首元の前で止まっていた。
「某の負けだ」
「いい勝負だった。足元がふらついて、いい具合に避けられた」
「あははは、謙遜を」
「嘘ではない」
膝が崩れたので自然と半身になったらしい。
跳んで避けると残像が残らないが、自然に崩れると錯覚が起こる。
(宗厳様、談)
慶次様は奥義をまた1つ手に入れた。
これで終わりではない。
まだ、山を登らないといけない。
大将が負けても兵の士気は落ちない。
いい兵達だ。
でも、敵らしい敵もなく、頂上まで到着し、屋敷に乗り込む。
最後の近習が抵抗する。
階段を上がると、武田 義統が丈を持って立っていた。
「いい面構えだ!」
慶次様はやる気であった。
やぁ、丈を突き出した瞬間、宗厳様の木刀が丈を弾いた。
「終わりです」
確かに太陽が微かに水平線に沈んでいた。
まだ、完全に日が沈んでいないので義統は納得していないが、窪田統泰が旗を交差して終了を告げた。
猿の勝ちだ。
それが伝わると、町人らは300文を得て熱狂した。
屋台の食べ物は武田の屋敷に運ばれて、飲めや歌えのどんちゃん騒ぎに突入する。
敵も味方もない。
正規兵も傭兵もない。
とにかく、あるだけタダで飲んで食べて騒いだ。
屋敷の中では三条西 実隆を囲んで簡単な宴が開かれている。
そこにはゲストとして、天魔様と亀姫様も呼ばれた。
もちろん、油屋もいる。
蟹も外で焼栗や卵らと一緒の方がよかったよ。
武田 義統が改めて、頭を下げて同盟を求める。
天魔様は惚けていたが、おそらく夏前には正式な使者が尾張に来るのだろう。
結局、同盟国が増えた。
何故だ、私は貴重な歴史建造物を観光しているだけなのに?
「やっぱり、こうなった」
千代女ちゃんに呆れられた。
無事之名馬と言って惚けておく。
ともかく大団円だ。
次は丹後の天橋立を観光するぞ!
猿蟹合戦、楽しみ頂けたでしょうか?
今回の話は、芥川龍之介『猿蟹合戦』をベースに、忍ちゃんが活躍した話です。
猿蟹合戦の続きを知りたい方は一度、芥川龍之介『猿蟹合戦』を読んでは如何でしょうか?
とても、面白いショートショートです。




