14.猿蟹合戦(中盤)、臼はいらない。殺しちゃ駄目よ。
お天道様が真上に上がり、札売りの販売が終わった。
藤吉郎が余った札を回収すると、見届け役の二人(木下 弥助、窪田統泰)が合意して、戦いの幕が切って降ろされた。
「お姉ちゃんをぶっ叩け!」
「蟹屋を倒せ!」
「猿の意地を見せろ!」
「武田がんばれ!」
「蟹屋さん、がんばって!」
わずかに私の応援が聞こえた。
完全にアウェー状態、さっきまでにこにこと蟹を食っていたのに手の平返しだ。
300文が掛かっているから仕方ないか!
尾張衆は声を掛けるなと言っている。
初手は武田の家臣は少なく、ほとんどが傭兵や加世者、力自慢の男達、僧兵なども混じっている。
私に触れられれば、一〇万貫文が貰える。
公言したからには、堂々と前に出て上げた。
『はじめ!』
「俺が一番だ!」
「負けるか!」
「俺こそ」
・
・
・
傭兵達が私に向かって無数の丈や木刀を振りかざす。
『決まったぎゃ?』
そう叫んでいるのが特別観覧台の最上段で解説進行役の藤吉郎だ。
残念!
丈も木刀も私に届かない。
対人防御の『連続転移』だ。
AIちゃんが回避空間をシミュレーションして、残像を残してショート転移で遠ざかるという対人用の転移を開発してみた。
これまで多用した反転転移は余りにも特異だからね!
相手を転移させると目立ち過ぎる。
残像だけ残して、まるで達人のように避けてゆく。
『スゲぃ、スゲぃだぎゃ! 無数の攻撃を物ともせずに軽々と避けているだぎゃ! きゃみ技だ!』
うおおおおおぉぉぉぉ!
物見台の観覧席に座っていた客も総立ちになって私の回避に見惚れていた。
『解説の天魔様、どうおもわれますか?』
『蟹屋様なら当然です』
『同じく解説の亀姫様はどう思われますか?』
『時間の無駄じゃない』
『以上、天魔様と亀姫様の解説でした』
今日のイベントには信長ちゃんと千代女ちゃんが呼ばれている。
余り放置していたら怒られた。
唯一、ゲストに呼ばれて、うろうろとしているのが北条の方だ。
はじめての『渡り』で何が起こっているのか判らない。
何か起こる度に目を回し、智ちゃんらがフォローしてくれている。
これで北条に転移能力が伝わることになるが気にしない。
北条とは喧嘩しないで治めるつもりだ。
これも大人の事情ってやつだ。
帰蝶ちゃんを連れ出して、北条の方を放置すると奥のバランスが崩れるらしく、この際、北条の方も秘密を共有する方が良いそうだ。
子守が増えるかもしれないけど、みんな、がんばって!
傭兵のみなさん、肩で息をするのは早いね。
「嘘だろ?」
「ありえない」
「本当に人か?」
数十人で取り囲んで一斉に打ち込むと、知らぬ間に背後に移動する。
見える人にはショート転移で背後まで移動する残像が見えていたハズだ。
これは『仙術』の域に達しているとか、武田家臣の誰かそう呟いた。
「そろそろいいか!」
「いいと思います」
「城取りに行くのです」
「かんばりますです」
「いくわよ!」
半刻(1時間)ほど、お茶を飲んで寛いでいたみんなが立ちあがった。
蟹さんの特別ルールで陣地の中は安全地帯だ。
私の動きを食い入るように眺めていたのは帰蝶ちゃんはやる気だ。
「お姉様って、こんなにお強いのですね」
「こんなもんじゃねいよ」
「忍様に敵う人はいないのです」
「はいです」
「さぁ、みなさん。そろそろ行きましょう」
慶次様らが陣地から飛び出してきた。
すると、傭兵の一部が私を諦めて移動する。
諦めが早過ぎるぞ。
傭兵達が慶次様らに襲い掛かる。
「ほら、ほら、ほら、邪魔だ。邪魔だ。邪魔だ」
楽しそうに敵を倒して城をめざしはじめた。
宗厳様は道場の練習相手のように、ゆっくりと歩きながら近づく敵を捌いて歩む。
二人とも余裕だね!
張り切っているのは藤八だ。
襲いかかる敵をさっと避けると、特製の猫球付きスタンプを丈の先に付けて、白い鉢巻きに猫球スタンプを付けてゆく。
「まだまだ、精進が足らないのです」
八人がぺたぺたぺたとスタンプを押されて退場する。
「まだ、まだ、行くのです」
藤八は敵の丈を避けると、その丈を足場に飛翔する。
敵の頭や肩を八艘跳びで通り過ぎ、飛びながら丈や木刀を器用に躱し、頭上からスタンプ猫球を押してゆく。
きゃあ、可愛い!
凄い、凄い、凄い、ちっさいのがんばれ!
亭主を忘れて、ご夫人達が小さな英雄に声援を送った。
えへへん、この華麗さが際立った。
牛若丸とは藤八のことだ。
あっという間に数十人を片づけた。
数では慶次様に負けていない。
余りの見応えに湧いた観客の一人がお捻りを投げ入れると、次から次へと真似をするものが出て、お捻りの雨が降りはじめる。
「中々にやるようになったな」
「えへへへ、いつまでも子供じゃないのです」
こつん!?
???
小さな木刀が藤八の頭に当たった。
『蜂屋次郎、討ち取られたり!』
「待つのです。致命傷ではないのです」
『申し訳ない。約束は約束です。小さいですが、印の入った小刀です』
「残念、無念、油断大敵だったのです」
最初の討伐は藤八、蜂屋次郎となった。
討ち取ったのはまだ子供の傭兵で、客に紛れて小刀のような木刀を山なりに投げていた。
周りの敵を一掃し、客席に敵がいないと油断した藤八のミスだ。
うん、意外だ。
最初に討ち取られるのは帰蝶ちゃんと思っていた。
帰蝶ちゃんは10人ほどの敵に囲まれて、薙刀のような丈を持って防いでいる。
「一人に対して10人で囲むなんて卑怯です。尋常に勝負しなさい」
帰蝶ちゃんを倒すと10貫文が貰えるのだ。
誰も譲るつもりはない。
確実に勝てそうな相手、言ってしまえば、おまけだ。
傭兵同士で10人が互いにけん制し合ってくれているから勝負が付かない。
つまり、帰蝶ちゃんを守っているのが仲違いの結果だった。
それでも相手の動きを見定めて、一人一人と削ってゆく。
敵が減る。
5人に減ったところで邪魔が減り、襲ってくれるのは早い者勝ちの権利とばかりに勝負があっさりとついた。
帰蝶ちゃんは悔しそうだ。
「はい、なのです」
「悔しい」
「今度、がんばればいいのです」
「そうするわ!」
藤八が帰蝶に頭に白い三角の付いた『天冠』を渡した。
これを付けていると退場せずに見学が許される。
ロープの内側に入れない観客より内側で見られる特典だ。
慶次様と宗厳様の無双が続き、傭兵達の数が一気に減ってゆくと、そろそろ城の方へ移動が開始した。
傭兵の後ろには武田の兵100名が隊列を作って待っている。
一斉に突いてくる丈は厄介そうに見えるが、慶次様は丈に丈をぶつける絶技で一角を崩した。
「おら、おら、おら、そんな突き! 止まって見えるぜ!」
宗厳様は木刀で軽く軌道を逸らして、何事もなかったように通り過ぎてゆく。
一列に綺麗に並んだ隊列が崩れた。
武田の武将は陣形に自信があったみたいで慌てている。
戦ならかなり有効なのだろう。
でも、規格外の二人には通用しない。
乱戦になると兵の技量がモノを言う。
残念ながら武田の兵は傭兵より技量が劣る。
組織に特化した兵であって指揮官の命令によく従い鍛えられているが、死体の退場というゲーム特有のルールに対応できない。
100人余りが一気に片付いてゆく。
「化け物だ!」
指揮官が退却の合図を送り、慶次様と宗厳様が後ろを駆けて付いてゆく。
(加藤)弥三郎もその後ろを走る。
藤八と違い、慶次様の背中を守るわき役に徹している。
ここで手違いが発生した。
逃げて来た先鋒を見て城兵を守る兵が門の内側に入り、味方が城に入った所で城門を閉めてしまったのだ。
城を守るという一点では定石であり、よく訓練されていると褒めるべきなのだろう。
これはゲームだ。
たった5人で城門も破るなんてできない。
「城門のうしろにいる人は下がりなさい」
私は大声で叫んだが、聞こえる訳がないわよね。
“AIちゃん、城門の後ろにいる兵を強制転移、両脇に移動させなさい”
そういうと超巨大ハンマーを取り出して、円盤投げのように体を一回転させて城門を吹き飛ばす。
『トールハンマー』
移動実況の秀吉が叫んだ。
『蟹屋、必殺の城門壊しが決まったぎゃ?』
見ている者も唖然、城を守っている者は茫然、巨大な城門が一撃で粉砕されて吹き飛ばされた。
織田では赤鬼の大浜城の城門壊しで有名だったが、噂とは誇張されるものだ。
織田以外では『赤鬼の城門壊し』を信じる者はいなかった。
見た目は可愛い柔肌の女の子です。
そりゃ、忍の細腕を見れば信じる訳もない。
山の頂上に建てた屋敷から見ていた(武田)義統が体を小刻みに震わせて、トンでもない方をお招きしてしまったことに気が付いた。
「爺よ、あれは人か?」
「鬼という噂ですな」
「鬼か、確かに化け物に違いない」
後瀬山城がたった5人相手に陥落する。
それが夢物語でないことを悟った。
「やっぱり、忍様は蟹でなく、臼だと思うのです」
「どうして?」
「臼が動くと、敵がぺったんこなのです」
「そういえば、猿蟹合戦で臼だけ別格に強いわね」
「そうなのです」
藤八と帰蝶の会話が聞こえた。
こらぁ、勝手に私も臼にするな!
童話の猿蟹合戦でも問題の臼だぞ。
臼だけ、敵を殺す殺人犯だ。
殺しちゃ駄目なのよ。
「私は臼じゃないわよ。殺してないからね!」(ちゃんと転移させました)
「でも、蟹が戦いに出ては駄目じゃなかった!」
あっ、そうだった。
蟹は戦いに参加しないという約束だった。
私の反則負けか!




