13.猿蟹合戦(前半)、越前蟹はおいしいぞ! 越前じゃないけど。
小浜の町が活気に沸いた!
町行く人も足を止め、近隣の村々から人が集まり、尾張の竹姫らしい一行と若狭武田後瀬山城の武田 義統の家臣団の一大決戦を見に集まっていた。
町の広場には珍しい屋台が立ち並び、から揚げ、てんぷら、タコ焼き、お好み焼き、フランクフルト、イカ焼き、海鮮焼き、蟹の丸焼きなど売られていた。
甘味におしるこ、ドラヤキ、回転焼きも立ち並び、果ては的屋や当たりくじ屋もあった。
さながら夏祭のようなにぎわいであった。
しかも、一つがすべて10文、子供は特別に1文というリーズナブル(お手頃)なお値段設定は小浜の店々もお手上げであり、今日一日と諦めた。
その中でひときわ目立ったのは札売りの声であった。
「さあ、張った。張った。蟹が勝つか! 猿が勝つか! 買わなきゃ損だよ!賭け札はたったの30文。蟹が勝てば、45文。猿が勝てば、300文に化ける」
「兄ちゃん! どっちが勝つんだ?」
「どっちが勝つなんて俺に判る訳はない。だが、蟹の助っ人が途轍もない連中が揃っている。まず、一番手は焼栗だ。たった一人で城を落としたという槍使い手。百本に見える槍が敵を討つ。次に控えしは御卵様だ。三万の敵を追い返したという剣豪だ。一打でも当てた者には百貫文を差し上げると轟語された」
うおおおおおおおおおぉぉぉぉ~~、瓦版屋の言葉で小浜の湊の衆が声を上げる。
「ウチの亭主も百貫文を貰ってくると勇んで出ていったわ」
「本当に賞金が掛かっているのか?」
「本当らしい、代官様が言っておられた」
小浜の湊は昨日から募兵を集めて兵をかき集めていた。
それを知った傭兵達がこぞって城に集まっている。
「次に控えしは蜂屋太郎と次郎のお二方。身なりは小さいが強さは100倍。ぶんぶん飛んで敵を討つ。最後に控えしは油屋御蝶。助っ人の中の紅一点。ひらりひらりと敵を討てるか? さあ、買った。買った。賭け札はたったの30文だ。お天道様が真上に上がるまでに買わないと売り切れだ!」
「おい、猿軍団は何人いる?」
「猿軍団は500余り、助っ人の傭兵を加えると800だ」
うおおおおおおおおおぉぉぉぉ~~、普通に考えれば、
5対800、
蟹の方が大穴だろう。
地元贔屓で猿が買われる。
しかし、賭け率は0.5対100と極振れしていた。
30文の賭け札を300文で買い取ると私が宣言したからだ。
商人は札を売ると10文の上がりを貰える。
もちろん、商人が賭けても構わない。
5,000貫文も賭ける馬鹿な商人もいたらしい。
同じ商人から馬鹿にされている。
でも、大なり小なり、みんな100貫文くらいは賭けているじゃない。
ド~~~ンと5,000貫箱を山積みにして置いておく。
まぁ、尾張の財力を見せつける大サービスだ。
◇◇◇
事のはじまりは二日前!
慶次様がもう逃げるのが飽きたとダダを捏ねた。
うん、判っていた。
慶次様も我慢していた。
慶次様が逃げるのを嫌がったので武田の家臣に捕まった。
「お初にお目に掛かります。某は若狭守護、武田大膳大夫の配下の山県孫三郎と申します」
「ずっと私達を追い駆けていたのは武田の者だったのね。何か、恨みがあるのかしら?」
「ご迷惑申し訳ございません。尾張の竹姫と存じ上げます」
「知りません。私は蟹を食べに来たただの姫です」
「寺社への多額の寄付をされるお方は他にございません」
「それも知りません。そんな奇特なお方がいらしゃるのですね」
「何卒、我が居城へお越し下さい。お願いでございます」
「判りました」
「おぉ、お聞き届けて下さいますか」
「はい。さるお方に行っておいて下さい。力ずくでお相手しましょう」
「へぇ?」
「お望みの通り、さるお方の居城を頂きに参ります」
「いいえ、某は」
「安心しなさい。一日の猶予を与えます」
「お待ち下さい。某はそのようなことを言いつかっておりません」
「問答無用、さるお方にお伝えなさい。明後日からの新しい居城をお探しおけと。でも、褒美も要りますね。見事に守りきった暁には、最新鋭の漁船を一隻差し上げましょう」
「お待ち下さい」「では、ご機嫌よう」
そう言って走って寺の物陰から転移で逃げた。
その足で小浜の豪商の屋敷に訪れて猿蟹合戦の内容を伝えた。
たった五人で後瀬山城を頂きに行くと言うのだ。
武器は丈と木刀のみ!
実践形式の模擬戦だ。
蟹チームは赤の鉢巻き、猿チームは白の鉢巻きを付け、どこであろうと一撃を貰うと鉢巻きを取って退場する。
慶次様と宗厳様に一撃入れた者には100貫文、藤八・弥三郎・帰蝶ちゃんに10貫文の賞金を付ける。
「竹姫様には賞金は付かないのですか?」
「えっ、私?」
「はい、もしも竹姫様に一撃をいれれば、猿の勝ちが決まりますが…………」
豪商の声に一同が固まった。
それは無理だろうと言う無言の圧力で豪商が口を閉じた。
「そっか、必要か? 200貫文でいいかな?」
「はぁ、はい」
商人はそれで納得したのだけれど、慶次様が否定した。
「それじゃ、少ないだろう」
「…………」
「少ないと思うのです」
「少ないです」
「帰蝶ちゃんはどう思う?」
「判りません」
「う~~~~ん、十万貫文?」
「まだ少ないが、そんなものか!」
「…………」
「少ないのです」
「当然です」
「お、多すぎます」
帰蝶ちゃんの反応が新鮮だ。
商人は腰を抜かしていた。
町の衆から傭兵まで、腕自慢はみんな猿軍団に参加していいことになり、紅白の賭け札を売って盛り上げる。
札の値段は30文、その内、商人の手取りが10文と決めた。
賭け率は私が勝手に設定した。
こうして、内容を聞いた(武田)義統が激怒したと言う。
丁寧に招こうと思っていたのに、一方的に喧嘩を押し付けら、触れることができたら十万貫文をやるとか言われると、そりゃ怒るわ。
しかも、私は一切手を出さないと付け加えている。
代わりに、城門や門、扉を一切閉めないという条件も付けた。
「我らを愚弄するか!」
「驕る平家は久しからず、目に物見せてくれようぞ!」
「よう言うた。武田武士の意地を見せよぞ」
「「「「「「「「「「うおぉぉぉぉ!」」」」」」」」」」
君主も家臣もいきり立った。
たった五人でこの城を落とすと言うのだから怒るよね!
この『猿蟹合戦』を判定する見届け役も双方から一名ずつ選ばれた。
智の旦那様の木下 弥助と武田方から窪田統泰だ。
統泰が自分から名乗り出て、後々まで伝える絵にしたいと願い出たそうだ。
(武田)義統は嫌そうな顔で渋々に了承したらしい。
勝てればいいが、負ければ末代まで絵として語り継がれることになる。
それだけは避けたい。
避けたいが統泰は割と有名らしく、それができなかった。
何でも窪田統泰は窪田家の3代目であり、三条西 実隆をはじめとする公家衆にも顔が利く、かなり有名人な絵師らしい。
合戦前に大量の越前蟹を鍋にして、敵も味方も見物客も関係なく振る舞った。
「竹姫様は気前がよろしいようで!」
「蟹屋です。蟹屋!」
「俺は焼栗だ」
「某は卵でござる」
「蜂屋太郎です」
「鉢屋次郎なのです」
「どうして、私が油屋ですか?」
「蝶ちゃんはやっぱり油屋でしょう」
蝮の娘だしね!
傭兵のみなさんは遠慮なく食べたけど、武田の家臣衆は涎を垂らしながら堪えていた。
敵の施しは受けないかな?