10.渋川 春海がいなくなる日の事。
尾張に戻ってきて4日目、私は目を虚ろにして食事を取っていた。
いつもけらけらと笑い、誰かをからかって美味しそうに食事を取る私が静かにしていたからだろう。
(望月)千代女ちゃんが声を掛けてきた。
「今度はいつ頃までいるつもり? 桜が咲く頃ならあんたがやりたいと言っていた花見でもする?」
「したいけど、明日戻ります」
「はぁ、熱でもあるの?」
「ははは、早くにげなければ」
力なく、私は笑った。
恐るべし戦国時代、あり得ないよ。
「慶次、何があったの?」
「知らん」
「我々は校庭で初等科の生徒を相手に稽古を見ておりました」
「ということは、学校の中か!」
「よく判りませんが、『三次方程式なんて判るか』と先ほどまで騒いでおりました」
一同が一斉に首を捻った。
そんな中で藤八も静かに口を開いた。
そう、藤八も今日は静かであった。
「数学は摩訶不思議、色々判らないことが多いのです」
藤八と弥三郎は信長ちゃんの命令で私に同行して学校に行き、みんなと一緒に学校の授業を受けるように言い付けた。
弥三郎は午前中の授業を無事に終え、午後から理科の実験の火薬作りに挑戦して楽しんだという。
一方、藤八は算数が絶望的であり、臨時でエルダーとなった中等部先輩に午後から算数の特訓に付き合わされたのだ。授業についていけない子が続出し、それを補う為にエルダー制を採用してみた。
エルダーというのは、初等科、中等科、高等科にクラス分けして、1つ下のクラスの子と義理兄弟・姉妹になって面倒を見る制度だ。
弥三郎と藤八は軍師・将軍として名を馳せた武将なので、その二人と義兄弟になれたので張り切ってくれた。
弥三郎はスポンジが水を吸うように吸収し、藤八は絶望的だった。
藤八の頭の中で数字が飛んでいるようであった。
そのほのぼのとした景色はすぐに終わりを告げた。
◇◇◇
尾張に帰ってきて早々、地球脱出の第二宇宙速度(地球脱出速度)を聞いてきた奴の事を覚えている?
私はてっきりロケットでも作るつもりなのかと思って、それっぽい科学雑誌の草紙を印刷して彼らに渡して上げた。
その中に賀茂 在昌(27歳)がいたことに気づくべきであった。
在昌は陰陽道宗家の一翼である賀茂朝臣氏嫡流勘解由小路家の当主勘解由小路 在富の次男であり、天体観測のプロの家系の子供であった。
そもそも朝廷の陰陽師の第一席は土御門家であったが、土御門 有脩が天文11年(1542年)頃に所領の若狭名田庄に引き篭もってしまった為に、(勘解由小路)在富が北条より呼び戻された。
そこであのお邪魔な公家である山科 言継のおっさんが関与してくる。
まぁ、元々、(勘解由小路)在富と言継のおっさんはかなり親しい仲であったらしい。
ホント、あのおっさんは余計な事しかしない。
みんな、『桶狭間の戦い』(永禄3年5月19日)の戦いの前日が満月だって知っている?
旧暦は月の暦であり、1日が新月。15日が満月になるハズなんだ。
しかし、当時の日本は貞観4年1月1日(862年2月3日)から宣明暦が使われ、685年も経っていた。
つまり、余りにも古くなり過ぎて、満月や日食の暦が狂っていたんだ。
日食が起こる日を間違うということは朝廷の威信に関わる重要な案件だった訳よ。
今日、日食が起こる。月食が起こる。
天を司る朝廷の力、神々を祀る神官の力が疑われる訳だ。
何故かって、簡単なことよ!
『これより祈りを奉げ、天の光を取り戻します』
そんな風に祭壇を設けて、そして、祈りによって太陽の光を再び取り戻す。
皆、帝の力に恐れおののくというモノだ。
逆に、
『今日、天が暗闇に包まれます』
そう宣言して何も起こらなかったら大変よ。
帝は天に見捨てられた。
天が怒っておられる。
日本は天候不順で天皇が退位するのはめずらしいけど、中国の皇帝は天候不順で政権が変わってしまう。
つまり、天の時を正確に把握するのは陰陽師の大切な仕事だった訳よ。
これを解決する為に授時暦に変えるべきではないかという話も上がるのだが、授時暦は日本に攻めてきた元国が作った暦だから縁起が悪いと言って、改暦できないでいた。
下らない話ね!
この改暦を成し遂げたのが、江戸天文方の初代所長であった渋川 春海だ。改名前の名前を二世安井算哲と名乗り、本因坊と並ぶ江戸初期の囲碁の名家だったの子だったのよ。
春海は天体観測の結果から授時暦を日本で採用しても正確な暦にならないことを突き止め、日本初となる大和暦『貞享暦』に改暦させた。
手持ちの器具で地球、月、火星などの惑星と衛星の軌道を手計算した。
どんな頭をしているんじゃ!
コンピューターなしで計算できるものなの?
私は絶対に無理。
この渋川春海が生まれるのが、92年後の話なのよ。
朝廷では、暦の狂いが今日も議論されていた。
「(勘解由小路)在富殿も苦労されてまんな」
「山科卿ほどではありませんよ」
「まぁええわ。ワテがええこと教えたろか」
「何か、策でもありますか?」
「策なんてあらへん。もっとド直球や!」
「はて、どういう意味ですか?」
「天の理をすべて知ればええんや! 元の暦なんか、使う必要もあらへん」
言継のおっさんの紹介状を持って、(勘解由小路)在富の次男の(賀茂)在昌がやってきた。
地動説や惑星の公転と教えてあげると、(賀茂)在昌が感動してくれた。
去年は鼻高々だったのさ!
知っていると思うけど、木星や土星などは毎年少しずつ背景の星座を変えてゆく。一方、火星は星座を東に進むように日々位置を変えてゆくのよ。
ところが、ある日から火星が西にバックするのよ。
そう、地球の公転速度が火星より内側の為に速いからだよ。
地球が火星を追い越すときに、天体に移る火星はまるでバックするように少しずつ後に下がっているように見えるんだよ。
その原理を教えて上げると、(賀茂)在昌は私を神のように崇めてくれた。
人に知らないことを教えるって気持ちいいな!
それが去年のこと。
◇◇◇
(賀茂)在昌の為に天体の副読本と関連する本を草紙にして出して上げた。
年を越す間に天体観測ブームが起こり、クラブ活動になっているとは知らなかったよ。
星を見て綺麗だ。
それで終わらないのが陰陽師だ。
宣明暦と授時暦の間違いを正しい暦を作り直さないといけない。
因みに授時暦の誤りは、渋川春海が見付けている。
北京と東京(江戸)の緯度の差だ。
つまり、そこを直せば、より正確な暦に近づくんだよ。
天体クラブのメンバーが和算や数学で解析を始めた。
『忍様、この数値なのですが!』
『知らないよ』
『忍様、この第2宇宙速度の計算式はこれでよろしいですか?』
『だから、知らないって』
『ははは、ご謙遜を忍様に知らぬことなどございますまい』
AIちゃんの手助けを借りて、何とか返事をしてゆく。
頭の中に三角関数の文字が飛び交った。
地球は自転しているから時間毎に観測すると、観測点の違いから月の距離と位置が割り出せるなんて知らなかったよ。
というか、普段使わないよね。
同じ原理で太陽を観測すると、太陽と地球の距離が判る。
但し、自転速度の公転速度と公転軌道を考慮しなければならない。
わぁぁぁぁぁ~~~~、判るか!?
「私は高校生なのよ。基礎物理は知っているけど、そんな高度な計算なんてやらない」
「学校の事だったのよね」
「そうよ」
「忍は色々と知っているじゃない」
「教材とか、資料を持っているだけよ。私もこれから学ぶのよ」
「一緒に学ぶつもりで教えて上げたら?」
「一日で覚えられるものじゃないのよ」
まさか、私の16年間を3ヶ月で追い付かれるとは思ってもいなかったわ。
鉄の加工を始め、技術も日進月步で進化していると言っても火縄銃がピストルになるのはまだまだ先だ。
技術は1日で追い付かない。
化学も小学生と中学生レベルを走っている。
原理が判っていても道具が追いつかないと、実際に何もできない。
医療だって同じだ。
悪霊が原因でないと判っても薬はすぐに作れない。
天然痘1つにしてもそうだ。
対策や症状が詳しく判ったが、馬のウイルスを人に移して抗体を作る原理を知ってもすぐにできる訳ではない。
一緒に考えてゆくとことができる。
しかし、しかしだ!
数学と物理の一部は簡単な機材があれば、机上でできるんだ。
追い付かれて抜かれた!
資料用の教材として、AIちゃんに登録されてあった本を草紙にして、寄贈したことが裏目に出た。
どうして3ヶ月で大学レベルに達しちゃうかな?
3次方程式は大学レベルなんだよ。
超難関とかは平気で出してくるけどさ!
「私、文系なのに」
「それ、不思議な制度よね」
「何が?」
「万遍なく教えるのが学校の趣旨でしょう? なら、全部を教えておく方がいいじゃない」
「知らないと、文科省に言ってよ」
そもそも歴史の教科書も不満だらけだ!
年号と符号を覚えるだけの授業じゃ、歴史のおもしろさが伝わらない。
歴史とは、人の人生の縮図なんだよ。
その時代、その人物がどういう風に生きたのかを教える方が勉強になる。
年号だけ覚えても何の価値にもならないよ。
ドラマの方が余程、歴史をしているよ。
改竄だらけの間違った歴史だけどさ!
ともかく、AIちゃんに作って貰った資料草紙で時間は稼いだ。
今の内に逃げる。
もう、数学はこりごりだ。
渋川春海の成功の影に関 孝和など天才の協力があった訳だけど。
尾張出島には知らない内に色々な人も増えている。
天文の関孝和がいそうだよ。
だから、私が居なくても問題ない。
(賀茂)在昌には、天体クラブのみんなが付いている。
天体観測に何年掛かるか知らないけど、(賀茂)在昌が改暦するよね!
疑う余地がない。
私はそのメンバーに入らないぞ!
さぁ、若狭に出発だ。




