62.尾張統一戦、あづき坂の戦いの事(1)
尾張統一戦ファイナル祭り!
統一戦最後まで投稿します。
天文11年に起こった今川氏・松平氏連合と織田信秀の戦いを『あづき坂の戦い』という。
そして、第2次も天文17年にも起こっている。
天文11年の戦いは、駿河守護今川と互角に戦う尾張の武将として織田信秀は天下に名を上げた。
没落した守護斯波を見限り、頼りない守護代の織田信友を袖にして、尾張の人望は信秀に集まった。
武田や北条という名だたる大名と肩を並べる今川義元の軍と互角に戦ったことが信秀の名を天下に響かせたのよ。
まさに台頭の時代だった。
でも逆に天文17年の『あづき坂の戦い』は今川にも負けて没落したんだ。
没落のきっかけとなる『第2加納口の戦い』の前に私と会ったことが、信秀の運命を大きく変えた。
「よいではないか、よいではないか」
私が芸子遊びの真似ごとを見られた恥ずかしさから口から適当なことを言ったことが、すべてのはじまりだったとは誰も知らない。
もう忘れられているよね!
天文15年、その運命のあづき坂へ兵を進めたのは信広です。
信広、絶対絶命のピンチと気づいていません。
◇◇◇
安祥城を任された鉢屋 久月は、今川方の兵が半分程度しか渡河していないと報告を聞いて焦ります。
雪斎、いやぁ、義元、何を考えているの?
千代女ちゃんが思いつく一番嫌な今川の経路は岡崎から北上して、足助街道から飯田街道へショートカットで移動するコースです。
この場合は、岩崎城を攻略に行っている孫さん(信光)と共闘して、前後から挟撃する野戦になります。
野戦では何が起こるか判らないから避けたいとぼやいていました。
それは避けられました。
千代女ちゃん、やったね!
という訳にはいいかなかったみたいで、今川は半分しか渡河しなかったのです。
完全に読みを外していました。
相手の動きが読めない以上、安祥城で籠城というのがベストな選択であり、敵の出方を見て対策を考え直したい。
これが月ちゃんのベストでした。
そもそも織田の方が圧倒的有利なのです。
特に伊勢海戦で勝利した南蛮船五隻は三河湾へ来ることになっています。
今川義元が滞在している吉田(今橋)城など、艦砲射撃で威嚇することができます。
その後、南蛮船は遠津淡海(浜名湖)辺りまで遊覧航行してから熱田に戻る予定なっています。
上陸禁止、砲艦外交はさせません。
(私が言い切った)
大砲の威力をみせるだけで十分です。
退路を断つことができると思わせるだけで十分なのです。
もちろん、今川は北畠の勝利を願っているでしょう。
でも、現実主義の義元がそんな妄想を信じるでしょうか?
あり得ません。
那古野に間者を一番多く放っているのが義元ですよ。
負けた場合を想定して、戦略を練っているハズなのです。
そう冷徹に月ちゃんは分析し直します。
矢作川東岸に誘っている!
信広らの兵3,000人が予定通りの西吉良の西条城(西尾城)に入ってくれるとありがたいのですが絶対にあり得ません。
信広は岡崎城の背後を襲うつもりです。
でも、岡崎城には無傷の1万3千人が残っており、その背後の吉田(今橋)城に義元の5,000人も健在です。
敵軍の口の中に飛び込もうとしているのです。
これで本丸でのんびりと籠城する策が使えません。
信広の馬鹿、馬鹿、馬鹿!
「花火1つ! 水路、火を投げ入れろ! バリスタ、準備! 最大斜角、狙いは後方にある敵本陣」
バリスタの最長距離は18町(2km)で、その距離になると狙いもつけられません。
そもそも届くの?
雪斎は安祥城と渡し場との中間点に本陣を構えています。
安祥城と渡し場の距離は約4kmです。
(安祥城から東に4kmほど進んだ所が渡し場です)
こちらの射程距離を察して本陣を置いているみたいじゃないですか?
岡崎から渡河した一部は、安祥城の北にある山崎城、高木城を襲っていますが、こちらも問題でありません。
まず、本丸の水路に火を放つと、水路に張ってあった油に火が付いて、二ノ丸、三ノ丸、大外堀の水路に火が走るのです。
四方に火が上がって、城内の岡崎勢、東三河勢、遠江勢が慌てます。
「火じゃ! 火じゃ!」
「逃げろ!」
「早く行け!」
さらに、追い打ちを掛けるように本丸から火薬筒が投げ入れられます。
ズド~ン、ズド~ン、ズド~ン、ズド~ン!
焙烙玉よる殺傷性のない火薬筒ですが人を吹き飛ばすには十分な威力です。
空から降ってくる火薬筒を避ける場所もありません。
「引け、引け、引け!」
「押すな!」
「押すな!」
逃げる者に押し出されて、火の水路に落ちる可哀想な人が続出します。
その火だるまの姿を見て、さらに恐怖が増してゆきます。
「早く出やがれ!」
「押すんじゃね!」
「何を!」
味方同士で押し合い、へし合い、殴り合っています。
とにかく逃げ道は門を通るしかないのです。
大パニックです!
誰もわが身だけでも助かろうと地獄絵が起こっていました。
ダダダッダ~~~ン!
追い打ちを掛けるように鉄砲の銃声が鳴り響きます。
しかし、城から出た兵士達はさらに絶望するのです。
辺り一面の田から火の手が上がっており、逃げ場ないのです。
それでも道の真ん中を何とか進む勇者がいましたが、途中で力尽きて倒れてゆきます。
はっきり言いましょう。
酸欠です。
ばたばたと倒れてゆく様を見て、絶望が襲ってきます。
城外を迂回しているコースの先も火の海の中でした。
千代女ちゃん、派手だ!
水の代わりに油を撒いた田んぼはよく燃えていました。
今川の侵攻を予想して、村を安祥城の西側に移設したからできる策なのよ。
矢作川まで4kmをすべて火の海にするなんて大胆にも程があるわ!
一体、いくら掛かっているのよ。
実は安祥城より西側には火の手が上がっていません。
千代女ちゃんが安祥城から西に1kmくらいまで火の海にする計画は私が止めました。
間違って四方を炎の海にすると、安祥城の付近の酸素を消化して、一酸化炭素中毒で全滅の危険性があったんだよ。
科学に強くなったと言っても抜けているね。
まぁ、仕方ないか!
ダ~~~ン!
その1発を最後に銃声が止まります。
でっかいメガホンの化け物に口を当てて、月ちゃんが叫びます。
「死にたくない奴は武器を捨てよ!」
『死にたくない奴は武器を捨てよ!』
『死にたくない奴は武器を捨てよ!』
・
・
・
月ちゃんが叫び、まわりの武将も復唱します。
城内の兵は逃げることすらできない状態です。
取れる方法は降伏するか、討死するかの二つに1つです。
でも、実際は1つです。
岡崎勢が連れている領主らは、織田に寝返ってもいいと考えている。
井伊勢が連れている今川の新兵のほとんどが傭兵や加世者であり、討死など受け入れてくれない。
(松平)広忠は家臣に取り押さえられ、(井伊)直盛は傭兵らに説得されて降伏を受け入れてくれました。
『降伏する。撃たないでくれ!』
降伏の使者が立ったのです。
「堰を開けろ!」
月ちゃんの合図で貯め池の堰を開かれて水路に水が走ります。
炎は油ごと外の水路に流されて、城内の火が鎮火してゆきます。
「(千賀地)保元さん、後を任せてよろしいですか?」
「お任せ下さい」
月ちゃんは七城と戸田を集めます。
「今川の侵攻は防がれました」
「大勝利、おめでとうございます」
「「「「「「おめでとうございます」」」」」」
「ありがとうございます。以後、掃討戦となりますが、火が鎮火するまでこちらは動けません。残念なことに敵の半数は渡河しておりません。一矢報いたい今川勢が南下する危険性があります。みなさまにはただちに帰城して頂き、守りも固めて頂きたいと思います」
「なんと、それは急がねば!」
「本丸より城下町へ続く通路を使い下さい。向こうには馬も用意させております。すでに信広様は出陣しておられます」
「「「「おぉぉ、信広様が!」」」」
「とにかく、城に戻って守りも固めて下さい!」
「あいわかった」
「戸田殿、信広様の一件、後で吟味させて頂きます。織田に二心がないことの説明をお聞きしたいと思っております」
「しょ、しょ、しょうちしました」
月ちゃんの鋭い眼光に康光は生きた心地がしません。
広忠の寝返りが嘘であったことがバレています。
当然、(戸田)康光も疑われています。
疑われているというか、当事者の一人と思われています。
「戸田家が残されるとよろしいですね!」
止めの言葉です。
織田は怒っている。
康光はそう感じました。
本当に滅亡…………まだ間にあう。
「皆さま、わたくも信広様を追わせて頂きます。これにて御免」
そういうと月ちゃんは誰よりも早く通用門へ急いだのです。