56.尾張統一戦、牛屋(大垣)城の攻防の事(5)
尾張統一戦ファイナル祭り!
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斉藤帰蝶はわずかな攻防の中で3つの失策に後悔します。
敵先駆けの存在を知りながら軽視したこと。
先陣を助けようと駆け出してしまったこと。
そして、自ら飛び出してしまったことです。
500人くらいの小勢で左翼・中央の2,000人を粉砕し、後続の突撃隊4,000人を押し留めてしまったのです。
しかも中央の突撃隊を突破して、左翼の後方を挟撃し、左翼の突撃隊2,000人を混乱に落とし、帰蝶を守っていた5人の武将が絶命し、帰蝶自身も捕らわれてしまったのです。
体勢を立て直す為に柳生衆は街道門に戻ります。
柳生を追う斉藤の突撃隊に織田の鉄砲隊400人が一斉射撃を開始したのです。
ダダダダダダァァァァァ~~~~~~ン!
ダダダダダダァァァァァ~~~~~~ン!
ダダダダダダァァァァァ~~~~~~ン!
ダダダダダダァァァァァ~~~~~~ン!
捕虜となった帰蝶を奪還しようと近づく斉藤軍に多くの犠牲が生まれたのです。
帰蝶は手足を縛られ、その当たりに放り投げられます。
「落ちた盾を拾い! 体制を整えよ!」
帰蝶は叫びますが、それが斉藤軍に聞こえる訳もありません。
織田の鉄砲隊が600人程度しかいないことに疑問を感じていましたが、その謎が氷解します。
鉄砲が600丁しかないのではなく、打ち手が600人しかいないのです。
その内の400人が街道門で鉄砲を取り替えて、膝付き、中腰、直立の三段に分かれて撃ち出しているのです。
鉄砲を持ち替えるだけなので、銃弾の幕が生まれていました。
この銃弾で何人の斉藤の兵が死んだのでしょうか!
帰蝶の軽率な行動が招いた失策でした。
しかし、兜を脱いで水を飲む彼らから殺気は消えていません。
再び、突撃を行い。
中央突破を敢行し、鉄砲との前後の挟撃をするつもりなのです。
自分が指揮官ならそうすると確信する。
1万の斉藤軍が500に負ける。
嘘でも、冗談でもありません。
被害の大きさから退くしか選択が思いつきません。
しかし?
次の瞬間、彼らから殺気が消えてゆくのです。
「君がこの軍を指揮していたのか?」
「いいえ、私は指揮官の補佐をしただけよ」
「そうか!」
宗厳様の哀愁のある横顔に帰蝶が何故か頬を染めます。
(なに、考えているの?)
「かかかぁ、これ愚息よ。はっきり言ってやれ! 柳生もお主に負けたとな」
柳生?
帰蝶は筒井軍2万を退けたという話を思い出します。
「残念じゃな! これで柳生が斉藤・朝倉3万を退けたという喧伝が消えてしもうた」
「どういう意味?」
「軍師と賭けをしておったのよ。飾り門が壊されるまでは、柳生の好きにして良いとな!」
「飾り?」
帰蝶が正面の門を見ます。
後続の丸太隊が門を壊し、今にも門が崩れようとしています。
そして、大きく傾き、崩れた先に壁があるだけです。
開かずの門だったのです。
嘘でしょう???
◇◇◇
二の丸の門が破壊されたことで千代女は最後の指示を出します。
「奇数の樽を壊しなさい。偶数は残して上げるわ」
「ありがて!」
大きな木槌で樽を壊すと、度数99.9%のアルコールが溝に沿って流れ出します。
それはダムの放水のような感じで落ちてゆきます。
土手を攻略しようと押し寄せていれば、恐ろしい光景が生まれたでしょう。
しかし、土手を攻略しようとしている兵はわずかでした。
『マッチ1本、火事のもと』
松明を放り投げ入れられた空掘は巨大な炎を巻き上げます。
火は恐怖です。
本能的に恐れを抱いてしまいます。
ズシャ~~~ン!
とっておきの四基のバリスタから竹槍が発射されます。
竹の中に火薬筒を入れ、その周りに撒菱のような鉄の破片が沢山詰められた袋が入れられています。
竹槍は大きな弧を描いて、安全地帯と思っていた広場の上で爆散するのです。
ズドオオオオオォォォォ~~~~~~~~ン! × 4
天空から降ってくる鉄の破片で多くの者が負傷します。
安全地帯と思っていた場所が危険地帯に変わったので、完全にパニックです。
次に小型の竹槍を発射できる大型のクロスボウも発射されます。
竹が少し細いので、撒菱は入れていません。
でも、大量の火薬筒が天空より降ってくれば、もう戦い所ではありません。
帰蝶を救出したのですが、そこに留まるだけでも危険なのです。
土手の上に立っていた明智 光安と朝倉 景紀が唖然としています。
「はじめから誘い込むのが狙いであったのか?」
「光安殿、最早これまでかと!」
「致し方ない」
『撤退!』
斉藤明智軍と朝倉軍に撤退の指示が飛びます。
しかし、撤退命令より早くに逃げ出していたのが、土岐 頼純です。
竹槍の爆散を見て、とにかく逃げ出しました。
牛屋(大垣)城から3本の狼煙が上がっていることなど気がつきません。
北にある金生山の頂上で見張りが、狼煙の合図を麓の小屋に伝えます。
織田には銅が大量にあり、船を防護する天然樹脂もあります。
つまり、銅線が作れるのです。
銅線でコイルを作って回した発光実験は出島の学校で大うけでした。
出島学校では、子供の理科実験の1つとなっています。
子供達もがんばって自作にがんばっています。
そんな便利な物を見逃す千代女ちゃんじゃありません。
コイルの中に永久磁石を高速に回転させると、エレキが発生するのです。
水を溜めている堰門の両端は火薬の詰まった樽を埋めておき、導火線に銅線を組み込むなんてこともできるのです。
千代女ちゃんは念入りに用意していました。
城の西側に徘徊する義龍の軍を追い払う為に油の山にも火を放つと城外へ避難を始めるのです。
皆が飛び出した頃に堰門に設置した爆薬に火が付くのです。
ズド~~~~ン!
堰が爆破され、城外へと逃げ出した兵を飲み込んで流してゆきます。
幸いなのか、貯水湖の高低差が少ない為に水の勢いが少し弱いのが救いです。
すべてを押し流すというほどの威力はありません。
精々、膝上の水が流れる程度です。
でも、水の勢いを舐めてはいけません。
歩くなんて不可能であり、立ち続けることも困難なのです。
数百mは流されて、泥だらけになって立ち上がるのです。
あるいは、空堀まで流されて転がり落ちるのです。
少なからず溺れ死んだ者もいました。
大抵は何とか立ち上ります。
炎と爆音で恐怖し、命からがら逃げたすと濁流で流されたのです。
兵に戦う気力は残っていません。
明智 光安と朝倉 景紀らは兵を逃がす為に最後まで残っていたことが幸いします。
そして、織田からの降伏を受諾したのです。
◇◇◇
義龍は光安と替わるように兵を戻し、城外の西に置いた陣に戻りました。
兵10,000人の内、5,000人が負傷し、その内の3,000人近くがしびれ薬の為に行動不能に陥っています。
死者は300人のみで、明日になれば、3,000人が復活して軍の立て直しができる状態でした。
義龍は負傷者より、光安に手柄を奪われることを気にしていました。
「なんとかならんのか!」
「西側の土手より攻めれば、光安を囮として、先に城に攻められるやもしれません」
「おぉ、それは名案だ」
「いけません」
「竹中、何が拙い!」
「西の土手は侵入を拒む為に油が撒かれておりました。しかし、全軍で攻めれば、敵はそこに火を放ちましょう。進むのも困難な場所では逃げることもできずに全滅しますぞ」
「糞ぉ!」
「ならば、少数精鋭のみで襲わせればいいのです」
「おぉぉぉ、氏家! よくぞぉ、申した」
こうして1,000人の決死隊が編成されて、密かに西から城を攻めるように言い付けられたのです。
決死隊は慎重に進みます。
二の丸が見えてきた所で、飾りの門が壊れて最終局面に移ります。
西側も火を放たれたのです。
その火を見て、義龍は決死隊の無事を祈るのですが、次に水攻めの水が襲ってきたのです。
義龍も300mほど流されました。
もちろん、食糧や武具は壊滅です。
横に寝かされていた負傷者は抵抗することもできずに流され、3,000人は川へ流された。
川まで流されなかった者は幸いであった。
そこに敗走した安藤と稲葉の兵と合流します。
兵はわずかしか残っていません。
安藤と稲葉の被害はそれほど大きいものではなかったのですが、兵が敗走して再集結できなかったのです。
この状況で織田に襲われては一溜りもありません。
義龍は歩ける者のみを引き連れて撤退することを決めます。
歩けずに残される者に中には自決する者もいました。
義龍は涙を流して去っていったのです。
◇◇◇
降伏受理!
織田はむしろここからの方が忙しかったかもしれません。
「救護班、治療を急げ! 助かるものは可能な限り助けよ!」
「柳生衆は仮設テントの組み立てを急いで!」
「三人一組で動くのよ。抵抗する者に容赦はするな!」
斉藤・朝倉軍の武装解除だけはさせますが、手足を縛るようなことはせず、負傷者の救出を手伝いさせます。
斉藤・朝倉にとって大事なのは味方の命です。
城内が終わると城外へと手を広げます。
西側ではしびれ薬で寝かされていた3,000人近くの内、1,000人以上も川に流されたようですが、これはもう祈るしかありません。
しかし、他の者は空堀や川の淵で何とか命を取り留めました。
泥水を啜り、死にゆくのを待つ兵を拾ってゆくのです。
息をしていない者に千代女ちゃんらが人工呼吸を行って、息を吹き返すと何か特別な者を見るような目で兵士たちが千代女ちゃんを見るようになったことは秘密です。
助かった者を城の仮設テントに入れると、衣服を剥ぎ取り、水で体を洗い、傷口を消毒してゆきます。
そして、温かい食事が出てくるのです。
死を覚悟した者に精気が戻ります。
一方、死に逝く者も多くいました。
槍で抉られた傷を負った者は、傷口から壊死して死んでゆくのを待つのです。
100人に一人でも死地から戻ってくればいいほうでしょう。
そうです。
まだ、2,000人以上が生死を彷徨っているのです。
何人が助かるのでしょうか?
自らの失態に帰蝶らの顔色はすぐれませんでした。
できるのは傷口を消毒して上げることくらいです。
夜が更ける頃に、怪しい黒ずくめの巫女が現れて、『万病丹』という薬を煎じて、負傷者に飲ませます。
翌朝、負傷兵の顔色がよくなっていることに帰蝶らが驚きます。
しかも軽症者にも飲ませており、傷がほとんど治っているのです。
織田は医術すら凌駕しているとしか思えません。
翌朝、斉藤8,000人余り、朝倉8,000人足らずが解放されます。
帰蝶、(明智)光安、(朝倉)景紀はどうも調子が狂います。
「織田になんとお礼を申し上げばよいのか判りませんが、これでよろしいのですか?」
「無駄飯を喰わせる余裕はないのよ。さっさと帰って頂戴」
「感謝の念に堪えません」
「なら、二度と攻めて来て欲しくないわ」
「善処いたします」
「それは困ります。来年以降にもう一度攻めて頂きたい」
「信辰様、何をおっしゃいますか!」
「この大垣城の素晴らしさを実感して貰わねば! あぁ、大垣というのは、城が完成した暁に付けられる名前でな! 総石垣の城なので大垣と命名されることになっておる。これが完成図だ」
信辰が土産と称して、二枚進呈した。
「この望月殿が考案された石垣は上に上がるほど垂直になる。足場のない土手がどれほど攻略困難か想像してみられよ」
「信辰様、ばらさなくてもいいでしょう」
「完成すると誰も攻めてくれん。自慢するくらいしかやることがない」
完成した城を想像する。
あの足場に石を積み上げて一面の壁に見立てると、帰蝶、(明智)光安、(朝倉)景紀の顔から血の気が引いてゆきます。
完成図は空堀ではなく、水堀です。
「一番凄いのは唐の国の攻城兵器を使っても落とせなくなるのが凄い所だ。この大垣は二の丸まで3つの石垣がある。1つ目は落とせても、2つ目が落とせん。大垣は難攻不落ですぞ!」
「落とせない城なんてないわ!」
「その通りだ! 帰蝶殿はよく判っておられる」
「では、難攻不落を取り消すのですね!」
「取り消さんぞ。なぜならば、我が方には望月千代女という『今孔明』がおりますからな、がははは!」
信辰さんは昨日の酒がまだ残っているみたいです。
付き合ってられないと思った千代女ちゃんは話を終えて切り上げた。
体力が回復した兵から帰国させる約束を交わすと、斉藤・朝倉の兵が引き上げていった。
これでやっとしばらく平和が続くというものだ。




