9.狼と戦う少女たち
わたしの上空数メートルに浮かんだ水の塊が氷の槍に変化する。灰色狼が魔力を感知して避ける可能性も考えて、変化すると同時に灰色狼に向けて放つ。
体に傷がつきにくくするため、長さは1メートル超だけど、細さは数センチにした。表面を強化してあるから簡単には折れないと思うけど。
問題は、相手を確認しないで魔法撃っちゃったから、当たるか当たらないかは賭けなこと。さらに、当たった時どこに当たるかわからないこと。
内臓傷つけなきゃいいなぁ。
ところで、肝ってどこなんだろ。普通、肝臓だよね。それとも、灰色狼って肝と肝臓違ったりするのかな。聞いときゃよかった。
「いくよ。」
つまらないこと考えてたから、一瞬動くのが遅れた。
ファリナがカバーして、指示をだす。
ミヤが飛び出す。一歩遅れてわたしも続く。ファリナは、マリシアとフレイラの前で2人を守るため、やや遅れる。
あいかわらず、ミヤが速い。わたしを置き去るスピードで一気に駆け抜け、身長近くまで伸びた雑草を飛び越える。その向こうには灰色狼がいる草むらのはず。
ミヤとわたしで4匹全部倒せればいいな、と期待してわたしも雑草を飛び越える。
いた。灰色っていうけど、ほぼ黒いよね。尾以外の全長が1メートル超え。頭の高さはわたしの腰くらいかな。
突然の攻撃に慌てて散開したようで、辺りをきょろきょろ見回している。そこに、ミヤとわたしが突入する。
魔法で傷ついているのは2匹。1匹は胴に氷の槍が刺さったまま。もう1匹は、首から血を流しているが、貫通したのか槍はない。
2匹とも怪我はしているが普通に動けるよう。ただ、今はこちらを牽制している。
あとの2匹は、当たっていないようで、わたしたちを見るなり攻撃態勢になった。
ミヤが勢いを殺すことなく1匹に駆け寄る。
灰色狼もミヤに向かって走り出した。速い。1歩目でスピードに乗り、その速さでミヤに飛びかかる。
ミヤは正面から灰色狼を迎え撃つ。灰色狼の爪がミヤに届く瞬間、ミヤが体を捻って右側にかわす。灰色狼はジャンプしていたためどうすることもできず、ミヤの目前を通り過ぎる。その胴体を狙ってミヤは鉤爪で切り裂く。避けられない・・・はずだったのに、灰色狼は空中で胴体を捻るとミヤの爪をかわした。いや、さすがにかわしきれずにかすめたようで、腹から血が噴き出す。でも、致命傷にはなってないみたい。灰色狼は着地するなり、ミヤから離れる方向にジャンプした。ミヤが『へー』って顔で灰色狼を見ている。
わたしも、無傷のもう1匹の灰色狼に向かう。
剣でいけるかな。魔獣じゃないし、速くて牙や爪が鋭い程度でしょ、なんとかなるよね。
ミヤの動きを見ていたのかこいつ、まっすぐ来ないで、左右に飛び跳ねながら近づいてくる。
右に飛んで、左に飛んで、また右、ここで大きくジャンプ、来る!低い軌道で一気に距離を詰める気ね、と思ったらこちらではなく、わたしの左横に飛んでいた。
着地するなり、わたしめがけての低空ジャンプ。
正面から来るかと思っていたのに、左から猛スピードの攻撃。獣のくせにフェイント使いやがんの、こいつ。
ギリギリかわして、剣を走らす。けど、態勢が崩れていたので、あっさり剣はかわされる。
うん、ミヤがびっくりするくらいだもの速いよね。
灰色狼とは何回か戦ったことあるけど、いつもは2匹で、1匹はファリナが牽制、ミヤが横から切り裂き。もう1匹はわたしが燃やす、というパターンだったから、1対1で、まともに向き合ったの初めてなんだ、これが。
わたしとミヤが1匹ずつと正対する。
今まで傷ついていたため、様子を見ていた2匹が、1匹はわたしの左から、1匹はミヤの後ろから加勢に入ろうとする。そこにファリナらが乱入してきた。
「小火球!」
フレイラが、炎の魔法を放つ。
いきなりだったのと、腹に氷の槍が刺さったままで動きが多少鈍くなっていたためだろう。槍が刺さった灰色狼の顔面を火球が直撃する。致命傷ではないが、さすがに炎が当たったのだ。灰色狼が仰け反る。
「マリシア。」
ファリナの指示に素早く反応したマリシアが走る勢いと体重を剣に乗せ、灰色狼の首に突き立てる。暴れる灰色狼の爪を避けながら、剣をそのまま切り下す。
喉元を切り裂かれ声も出せずにもがく灰色狼だが、すぐに倒れたまま動かなくなる。
「そのままフレイラの護衛を。」
1匹倒れたのを見たファリナが、マリシアに指示をだすと、もう1匹の怪我した灰色狼に向かって走り出す。
倒れた仲間に驚きの目をやる灰色狼。よそ見なんかするから。
わたしとミヤは隙を見逃さないよ。
よそ見している隙に距離を詰められ、慌てる灰色狼を、わたしは正面から剣で頭を兜割に、ミヤは横に回り込んで鉤爪で首を切り裂く。
傷ついた灰色狼は、近づくファリナめがけて前足を振り下ろす。鋭い爪がファリナを切り裂く・・・寸前、ファリナはそれをかわすと、その前足を一刀で切り落とす。
灰色狼にすれば、攻撃したと思った次の瞬間、前足が無くなっていたわけで、攻撃の勢いのまま、前にもんどりうって倒れる。
横たわった灰色狼は、なすすべなくファリナに首を切り落とされた。
「よし、終わった。」
わたしとファリナは剣を鞘に納める。ミヤは一応周囲の確認。戦闘の音や血の匂いで他の獣とかが現れるかもしれないからね。
「こんなに簡単でいいのでしょうか・・・」
「え?マリシアはもっと苦戦がよかった?」
わたしは、1匹を残してあとは燃やしちゃって、もっと簡単に終了がよかったけど。
「想像していたのとちょっと違いすぎて。こう、もっと1匹倒すのに苦労して・・・みたいな?」
「みんな怪我することもなくすんだんです。よかったじゃないですか。」
フレイラがホッとした笑顔でみんなを見回す。
「そうですね。誰も傷つかず、欲しかったものが手に入ったのです。なによりです。」
マリシアも笑顔を見せる。
「フレイラがんばったね。最初の攻撃バッチリだったよ。」
わたしに褒められ、フレイラは真っ赤になって照れ笑い。
「はい、お嬢様のおかげで1匹倒せました。」
さらに真っ赤になるけど、役に立ててうれしそうなフレイラ。
「で、どうする?もっといく?」
「え?」
わたしの質問にフレイラとマリシアは疑問の表情を見せる。
「これだけでいいの?もう少し奥に行けば、あと何匹かは見つけられると思うけど。」
「そういうことですか。」
フレイラは考え込む。
「そもそも、これ1匹でどれくらいの量の薬ができるの?」
「肝の大きさにもよりますが、およそ1匹からは2,3週間分は作れるはずです。」
「4匹なら2か月分くらいか。ねぇ、取り分はどう決めたの?全部そっち?」
灰色狼を狩るという話しか聞いてなかったし、昨夜のファリナの話でもそのことはでなかったよね。
「そうですね。1匹狩れればいいと思っていましたから、何匹も狩れたときのことは考えていなかったですね。みなさんは、何匹か必要なんですか?」
フレイラが顎に人差し指を当てながら首をかしげる。
「えーと、ミヤをのせるのに肉で釣ったから、肉欲しいかなぁって。」
皮とかの素材もお金にはなるけど、今回はパーソンズ家の依頼で来ている。だから、狩った獲物はパーソンズ家に引き渡すことになる。その代りに報酬がでる。だから、欲しがっちゃいけないんだけど。ミヤには肉が食べられると言ってしまった。なくても怒らないだろうけど、しばらくネチネチ言われるよなぁ。
「だからね、もう10匹くらい狩ったら2,3匹余らないかな、とか。あ、肝は持っていっていいよ。」
フレイラがミヤをチラと見る。
人を見るなんてことが滅多にないミヤが、物欲しそうにフレイラを見ている。
「姉と相談しなければなりませんが、肉だけでいいのであれば、1,2匹分くらいは依頼料の上乗せ分として差し上げられると思います。」
ミヤの顔が笑顔になる。なんだろう、今日は今までに見たことないほどミヤの表情が豊かだ。
「なので、今日のところは一刻も早く帰って、肝を薬に煎じてもらいたいと思うのですが。よろしいですか。」
お金も肉ももらえるなら全く問題ありません。ファリナもミヤも文句はない。フレイラとマリシアは肝が手に入ったのなら、早く帰りたい。うん、それじゃ帰りましょう。
灰色狼を<ポケット>に収納。来た道を引き返す。途中までは。
黒の森を出たところで道筋の方角を変える。
「あれ、こちらから来ませんでしたか?」
初めて来た道なんだから覚えてなくていいの、フレイラちゃん。
「そっちから街道に出ると町まで遠くなるからね。この辺は狼か角ウサギしか出ないから白の森を突っ切って向こうから街道に出た方が速いわ。」
「あぁ、そうなんですね。」
疑いもなく信じるフレイラには悪いけど、朝来た道には見せたくないモノがあるかもしれないんだよなぁ。
エミリアのとげとげしい気配がしたんだよね。朝、盗賊と会った時。
あいつら、馬車見張っていたって言ってた。エミリアがそれに気づいて様子を見に来たと思うんだ。で、盗賊がいなくなったとたん、あいつの気配も消えた・・・ってことは、盗賊を追いかけて、ヤっちゃってるよね、あいつ。たぶん。
まぁ、それを期待してわたしも盗賊逃がしたんだけど。
もしもそうなら、フレイラには見せたくない。
森を抜け、街道に出たのは昼を過ぎたところ。
「正直、灰色狼より盗賊の方が時間取られましたね。」
とマリシア。
そうなんだよね。戦ってた時間はそんなに変わらないんだけど、盗賊の方は、その後どうするとか怪我直せとかで、かかった時間は倍以上。
「この時間だと、まだ馬車来てないんじゃないかな。」
ファリナがフレイラたちを見て言う。
半日以上歩き詰めのフレイラは疲労の色が隠せない。気丈に振る舞ってはいるけど、お嬢様。体力はそんなにないよね。
「大丈夫です。やっと灰色狼の肝が手に入ったんです。お母様やお姉様の喜ぶ顔が見れると思うと、あと何時間でも歩けます。」
「おぶってさしあげましょうか。」
「子ども扱いしないでください、マリシア。歩けます。」
プンとほっぺたを膨らませる。かわいいなぁ。
ロクローサの町の入口まで来ると馬車が待っていた。御者に聞くと、フレイラがいつ帰ってきてもいいように1日中待っているようリーアに命令されたという。
やっぱりお姉さん。心配だったんだね。
馬車に乗り、パーソンズのお屋敷へ。
屋敷に着き、門番が家の中に報告に走っていく。フレイラはその後に続いて走っていく。早く家族のみんなに知らせたくてたまらないんだろう。慌ててマリシアが後を追う。
わたしたちはのんびりと行く。許可もらってないけど入って大丈夫なのかな。玄関で待ってたほうがいいいよね。
奥からフレイラの声が、よほど嬉しいのか大きいよ。
「お姉様、ただいま戻りました。」
「フレイラ?もう戻ったの?なにかあったの?怪我してないでしょうね?」
リーアも声大きいよ。表まで聞こえるよ。
その後は聞こえなくなり、やや間があって玄関の扉が開く。
「みんな、なにしてるのですか。入ってください。」
フレイラが不満げにわたしたちを呼ぶ。
「いや、わたしたちにも平民としての立場があるから。門番さんもフレイラまでもが先に行かれちゃうとどうしていいのやら。」
あ、となるフレイラ。
「そうですよフレイラ。ディノが報告に行ったのなら、あなたがみんなを案内しないと。」
「ごめんなさい。」
たしなめるリーアにあやまるフレイラ。
流れ的に、ディノって門番さんのことだよね。
「まぁ、急ぐ気持ちもわかるけどね。よっぽどうれしかったのよね」
ファリナが、赤くなって俯くフレイラを見て言う。
「お入りください。なにやら予定以上に狩れたようで、欲しいものもあるのでしょう。ちょうど父も戻られました。詳しい話は中で。」
あぁ、そういえばお父様いるんだっけ。忘れてたわ。
貴族の当主か。やばいな、話のわからないやつだと燃やしちゃうな、わたし。